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Vol.93 厚生労働省医療事故調査検討部会における二つの流れ

医療ガバナンス学会 (2013年4月15日 06:00)


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医療制度研究会・秋田労災病院
中澤 堅次
2013年4月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」では今、大きな流れが小さい流れを飲み込もうとしています。大きな流れは第三者機関を設置し、 医療専門家を含む民間第三者機関が現場に介入して調査し最終的に判断を下す。原因の究明と再発防止を目的としていますが、現場への監視を強めることによ り、医療側の姿勢を社会にアピールすることにねらいがあるようです。
飲み込まれそうなもう一つの流れは、事故で失われた生命が取り返せないことを理解し、悲しい出来事に折り合いをつけてもらうために行うもので、事故の被害 者や家族に、医療側が直接説明を行い、非があれば謝罪や補償も含めて和解することを目的としています。2006年に公開されたハーバード病院のマニュアル は、同様のコンセプトで書かれており、日本語訳も東京大学医療政策人材育成講座有志により出され、日本でも全国社会保険協会連合会の事故対応マニュアルの 原型としてすでに行われています。1),2),3)

●第三者機関設置案に寄せられる期待
医療は死の回避を役割として人の死のすべてに関わっています。人は例外なく死を迎えるので、死に方が適正かどうか判断を求められれば、すべての死が対象と なり、その判断は医療者が行うことになります。故意の殺人など極端な例を除くと、死のほとんどは病死で、失敗も病気の治療中に起き、医療者でも死亡との因 果関係を確定することは困難な作業です。
第三者機関に寄せられる期待は、隠蔽・改竄、故意の犯罪などの摘発もありますが、最も大きな期待は、死に関連した医療行為の是非を専門家自身が判定する難 しい作業を行うことです。事故の被害者は、悪い結果に医療の失敗を疑い、すべての事例に専門第三者による明確な判断を求めます。また医療側には事故に関す るいわれのない訴追や、警察捜査を回避するため、同じ専門第三者にお墨付きを求めるという期待があります。
このように第三者機関設立に寄せる思いは、立場により異なり、求めるものも正反対ということになりますが、第三者に難しい専門的な結論を下してもらうとこ ろだけが一致し、大きな流れになってしまっています。しかし、死と医療との現実は変わるわけは無く、双方に不信感が大きくなればなるほど、第三者は深刻で 分かりにくい判別を無理に下さなければならないジレンマを抱えることになります。

●混同される原因究明と責任追及
第三者機関の目的は、いつの間にか原因究明と再発防止と決まっており、車の両輪と例えられることがあります。素直に読むと、再発防止のために、全例を報告 させ、原因を究明し、対策を講じ、公開することにより医療の質向上を図るという形になります。一見誰もが納得する内容ですが、原因究明のやり方を変える と、同じ第三者機関が、再発防止の大義で集めた調査結果を、公表することにより、そのまま処分につなぐことが出来ます。第三者機関に言わせれば、因果関係 を論じただけで断定はしていないと言うかもしれませんが、結果が公表されれば警察は合法的に取り調べが出来ると思います。検討部会では調査の精度を上げる ために、第三者機関に介入権限を要求し、使用したアンプルまで証拠として押収する意見もありました。弁護士の委員が死亡直後の全例調査にこだわる理由は、 疑惑の追及の証拠保全を迅速に行うことを想定していると思われ、再発防止の裏には根強い責任追及の思いがあることを理解する必要があります。
医療安全の常識から考えると、再発防止のための原因究明は、責任追及とは程遠いもので、間違いがあるかどうかは問題にはなりません。ヒューマンエラーは、 システムで回避するべき客観的事実として取り扱われ、可能性があれば実際には起きなかった事故も議論の対象になり、因果関係を想定できれば証拠はなくても 改善の対象にしなければなりません。根本原因検索は、調査のやり方も求めるものも、責任追及の調査とは違います。
再発防止は大義として権限行使を伴うことがあってもよいと思いますが、原因究明を目的にすると、権限行使により調査はあらぬ方向に引きずられる恐れがあり、現場の改善にはマイナスのベクトルとなります。

●専門的第三者機関が、事故調査を行うことで生じる問題点
専門第三者が判断を下す調査には、このほかにいくつもの問題があります。一つは調査にあたる第三者が誤った判断を下す可能性、二つ目は第三者機関の関与が 事故被害者の直接的な問題解決にならないこと、三つ目は調査の責任は誰がもつのかという問題、四つ目はシステム上に医療者全体の人権に関係する問題を含む ことです。この問題の根源は、病人権利擁護によらず、医療者の職能だけに問題の解決を求める、上層からのシステム構成にあると思います。医療にとって敏感 な部分に関係する大掛かりなシステムだけに、少なくとも、目的に混同がありえないくらいはっきりしていること、法律的に矛盾のないものでなければなりませ ん。

●第三者機関が誤った判断を下す可能性について
通常診療は一対一で行われ主治医がすべての責任を持っています。事故も一対一の関係の中で起き、どれ一つとして同じ事故はありません。したがって真実を最 も知る立場にいるのは診療を担当した医療者です。大野病院事件、東京女子医大事件はいずれも現場担当者の意見を無視して調査報告書が作成され冤罪を生みま した。現場担当者が医師以外の職種であった場合はもっと問題が深刻になると思われます。
その場にいない第三者は、臨終に駆けつけた遠くの親せきが犯す同じ過ちを犯します。彼らは、病気で変わり果てた肉親を見て驚き、肉親の死に侵襲的に関わっ ている医師を見て、医師に殺されたと感じやすく、時には暴力行為に及ぶこともあります。また、相撲の行司は初めから土俵上にいますが、第三者は勝負が終 わってから外部から呼ばれ、きわどい判定を砂の付き具合で下すような立場になります。第三次試案のモデル事業では院内調査が参考になったというコメントが あり、担当者以外が真相をつかむことの難しさを物語っています。また、第三者機関の言う公平は、現場から距離を置くことだと考えているふしがあり、現場の 医師の発言権を認めないと明言している案もあります。現場を離れれば離れるほどバイアスが大きくなることは、第三者機関の克服しなければならない重大な欠 点であると思います。

●第三者機関は和解を目的としていない
信頼関係の危機にある現場では、人の生命が失われたことの責任をはっきりさせなければならず、迅速な調査と真摯な説明が必要です。しかし、第三者機関の調 査は原因追及と再発防止が目的と言われ、和解の交渉には参加しません。きわどい結果が示されれば和解は困難を極めると予想されます。また、報告書作成まで に平均10カ月と時間がかかり、早いタイミングで病院が責任を認めても、第三者の結論が出るまで謝罪も補償もできません。医療にとって最も重要な信頼関係 の修復は不可能になるでしょう。

●第三者調査の責任の所在
第三者機関の調査は、日本医療安全調査機構が行うか日本医療機能評価機構が行うか、合体して行うかなどの議論があります。公的な資金が投入されているので 国が責任を持ちそうですが、実際に行うのは専門家の団体で民間に委託という形を取ります。また、医療団体が設立を要請しているので、医療団体が国に委託し ているようにも見えます。
調査の結論が公的な効力を持つのであれば、調査報告書には少なくとも責任者の名前が書かれると思います。その名前は調査を行った学会の長なのか、日本医師 会の長なのか、日本安全調査機構の長か、医療機能評価機構の長になるのか、厚生労働大臣なのか、裁判所長官なのか、責任の所在が法的に定義されることが必 要だと思います。医学的判断に責任を持つなら学会の長が、医の倫理には医師会の長、行政が責任を持つなら厚生労働大臣、裁判なら裁判官というのかもしれま せん。全部まとめて機構の長という強力な権力構造もありなのかも知れませんが、機構が代表する立場は病人の権利擁護か、医療者の職能を取り締まる立場か、 医療者職能の利害に沿うものか、理念がはっきりしなければ、どの立場にも立ちうるので、信頼感は薄くなり重大な任務には力を発揮できないものになるでしょ う。院内調査の場合は、責任者は現場担当者であり病院なので、この点は分かりやすいと思いますが、理念を明確にすることは院内調査でも同じと思います。

●第三者機関によるシステム上の問題点
第三者機関中心のシステムでは、医療事故の疑いがあるものをできるだけ広く届け出て、その中から故意の殺人や悪質な失敗をスクリーニングする形を取りま す。第三者機関が事故の存在を知るためには届け出によるしかなく、このような篩い分けシステムになるのですが、予期せぬ死亡が起きるたびに殺人の先入観を 持たれて篩の中に入り、そこから抜け出すためには自身の弁明ではなく、得体の知れないお墨付きを得なければならないというような例えも浮かびます。医師の 人権もさることながら、事故の報道に接する世間は、医療者の多くが篩にかけられるのを見て、医療事故と殺人の区別がつかなくなるに違いありません。第三者 機関が関わるなら、少なくとも権利の侵害を受けた事故被害者の申し出により動くという原則が取られるべきと思います。
目的が異なる調査の結果を、法的手続きの証拠に転用できることも問題です。医師が再発防止のために自分の失敗を公表すれば罪人の証拠とされ、科学の進歩と ともに変化する医学常識やガイドラインが法律同様のルールとして使われれば、医療の科学的な思考そのものを否定することになってしまいます。

●小さな流れは病人権利に基づく院内調査を基本とする
飲み込まれそうな小さな流れは、インフォームドコンセントの合意内容に含まれない予期せぬ出来事について、医療機関が自らの責任で事故を調査して説明し、 問題があれば謝罪も補償も行い、事故被害者の納得を引き出すことが目的です。因果関係がはっきりしないグレーゾーンには問題点を絞って専門第三者の意見を 求め、院内調査の精緻化を図ります。最終的な結論に至らなくても、事故被害者が折り合うことが出来る線を探ります。一対一の調査は他の事故には通用しませ んが、何回もやり取りを重ねて理解を得られた真実は、絶対的なものでなくても、その時点での真実として扱うことは許されると思います。再発防止も現場に近 いところで行われ、良い悪いを言わなければ多職種を交えた、純粋な改善議論がやりやすくなり、公開にも抵抗はありません。教育効果も現場に近いほうが高い に違いありません。
医療事故調査に係るこのようなやり方は、アメリカのハーバード大学の関連病院で行われ、効果を上げていることが最近のアメリカの有力医学雑誌に掲載されて います。一連の考え方は、診療の連続として一対一の関係だけに通用する一見小さい流れですが、一つ一つ納得が積み重なれば大きな流れとなり、病人権利擁護 に基本を置くことは、基本的人権という世界的な理念共有につながるので、大海に流入する大きな流れとなる可能性も秘めています。

<参考文献>
1)ハーバード大学医学部関連病院の医療事故対応指針
[When Things Go Wrong] Responding To Adverse Event

http://www.macoalition.org/documents/respondingToAdverseEvents.pdf

2)日本語版(東京大学医療政策人材養成講座修了生有志チーム訳、2006年翻訳)

http://www.stop-medical-accident.net/html/manual_doc.pdf

3)全社連版の指針「医療有害事象・対応指針」~真実説明に基づく安全文化のために~

http://www.zensharen.or.jp/zsr_home/risk/zsrwtgw/zsrwtgw.pdf#search=’%E5%8C%BB%E7%99%82%E4%BA%8B%E6%95%85+%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89%E5%A4%A7%E5%AD%A6+%E8%AC%9D%E7%BD%AA’

4)Allen Kachalia, MD, JD; Liability Claims and Costs Before and After Implementation of a Medical Error Disclosure Program;Annals of Internal Medicine;17 August 2010,vol 153,No4

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