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臨時 vol 99 「はっきり言おう、医師の労働環境は劣悪だ」

医療ガバナンス学会 (2009年4月30日 11:51)


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           武蔵浦和メディカルセンター
               ただともひろ胃腸科肛門科
               多田 智裕
 このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)に掲載されてものを転載したものです。
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 今年3月から日本医師会の新しいテレビCMが放送されています。初めて見る人
にとって、その内容は衝撃的なものと言えるのではないでしょうか。
 CMには、当直勤務が月に4~6回、そして睡眠時間は3時間くらいという医師が
登場します。その医師は決して特別な存在ではなく、4人に1人の勤 務医が過労
死基準を超える時間外労働をしていることがナレーションで語られます。さらに、
産婦人科医の1カ月の勤務時間は平均341時間・・・。医師の労働環境が想像を絶
するほど劣悪であることを、CMは訴えています。
 そんな中の3月25日、産婦人科の最後の砦である24時間対応の「総合周産期母
子医療センター」指定病院の1つ、愛育病院(東京都港区)が、東京都に指定の
返上を申し出るという事態が発生しました。
 きっかけは、労働基準監督署から是正勧告を受けたためでした。勧告に従って
医師の勤務時間を週40時間、月160時間程度にまで減らすと、当直体制が維持で
きないということなのです。
 医師の過重労働問題は今に始まったことではありません。でも「医師なのだか
ら(それくらい働いて)当然」とする発想の中、これまで誰も手を付けてこなかっ
た問題だったのです。そして、いつしか、この問題は決して開けてはいけない
「パンドラの箱」と化していたのです。
 今回はこの医療界の「パンドラの箱」と形容される医師の過重労働問題を考え
てみたいと思います。
医師の残業代はきちんと支払われているのか
 まず問題となるのは、医師の時間外労働代金がこれまで十分に支払われてこな
かったという実態があることです。
 多くの病院で、時間外労働代金はすべて支払われているわけではありません。
時間外労働については「勤務時間」と記載した書類を提出し、その中で時間外労
働と認められた部分のみが支払われるのです。
 この手続き自体は合法なのでしょうが、現実問題として医師の1カ月の平均勤
務時間は約250時間です。とすると、残業時間だけで月平均90時間近 くになりま
す。その全部を支払っている病院はほとんど存在しないでしょう。所属長の権限
で無難な残業時間(月20~30時間程度)のみを時間外労働として支払っている場
合が大半なのではないかと思います。
 私がかつて勤務したことのある病院では、医師の出勤簿は出勤日の欄に印鑑を
押すだけで、タイムカードは使用していませんでした。うがった見方をすると、
医師から「支給してくれ」と言われた時に言い逃れできるようにするための事務
方の策略だったのかもしれません。多くの公立病院では今もタイムカード がな
いのではないでしょうか。
 医療機関では、深夜の急患に時間外診察をすると、通常の給与の5割増し以上
の支給が必要になります。これを法令通りに支払うとすると莫大な金額が新たに
発生します。
 滋賀県立成人病センター(守山市)では医師の残業代を規定より少なく算定し
ていたとして、県病院事業庁と幹部らが書類送検されました。未払い残業代金の
総額は合計で約6億円でした。
 でも、支払うことができる病院はまだましな方です。ただでさえ医療費削減政
策の下、2008年度調査では8割近くの病院が赤字で、その平均赤字額は過去最大
の100床あたり月1300万円に達している状況なのです。何億円にもおよぶ正規の
残業代金を支払う余力のある病院は少ないでしょう。
 実際に3月10日 沖縄県立八重山病院は2月分以降の時間外勤務手当を当初予算
額超過のために支給しないという事態に陥っています。
さらに深い闇、「宿直」という問題
 時間外労働賃金が満足に支払われてこなかったという問題だけであれば、一般
企業でもよくある話なのかも知れません。しかし医療機関の場合、それで話は終
わりません。
 医師の仕事には、「宿直勤務」という規定があります。病院に入院している人
たちが急変した時のために病院内に夜間待機する勤務のことです。本来は日勤の
医師からの申し送りをチェックしたあと病院内で寝るだけで、基本的に医療行為
をしないことが宿直の定義になります。
 しかしながら冒頭の愛育病院では、夜間救急対応に当たる医師たちを「宿直」
勤務扱いにしていました。労働基準法に則った「夜間勤務」としての処理をして
いなかったのです。病院管理者は順当な訴訟と裁判がなされれば、刑事罰を受け
ること必至でしょう。
 日本で最も条件が良く、秋篠宮妃紀子様が悠仁様を出産された産科病院ですら、
そんな状態なのです。事実、総合周産期母子医療センターの97%の施設が、愛育
病院と同様に夜間勤務を「宿直」扱いとしているのです。産科病院に限らず、日
本の病院で救急対応に当たる医師たちを「夜間勤務」として扱っている病院は皆
無に等しいでしょう。
 でも法律に反しているとはいえ、懸命に救急医療を支えてきた医療機関のトッ
プを軒並み刑事罰に処するのはあまりにも理不尽すぎます。この騒動、いったい
どのように落としどころをつければよいのでしょうか?
 医師の過重労働問題が、決して開けてはならない「パンドラの箱」に例えられ
る理由が分かっていただけたのではないかと思います。
東京都が示したあまりにも「先送り」の解決策
 こうした騒動のさなか、東京都は「医師の当直中の仮眠時間などは時間外勤務
に入れる必要はなく、労働基準監督署の勧告の解釈を再検討すれば、当直体制の
維持は可能」と指導したと報道されています。
 例えば、夜7時から翌朝8時まで宿直勤務をしていたとします。宿直中の夜11時
から1時間、そして夜中3時から30分間だけ救急車や急患の対応を したとします。
その場合、勤務形態はやはり「宿直」のままにして、救急車や急患の対応をした
1時間30分のみを時間外勤務としてカウントしろということです。
 現実問題として、一刻を争うような救急患者の対応に当たると、睡眠時間は細
切れになって、とてもまとまった時間は眠れません。こうした場合は宿直勤務と
はしないのが当然ではないかと思うのです。
 ところが東京都の職員は、「宿直」扱いのままで処理するよう指導したわけで
す。何のことはない、はっきり言ってしまえば、面倒な騒動を引き起こすパンド
ラの箱のふたを閉めて、違法行為を継続するように圧力をかけたということです。
 東京都は目先の書類のつじつま合わせをすることが最優先なのでしょうか。医
師の過重労働という本質的な問題については知らん顔を決め込み、睡眠不足によ
る医療事故の誘発を抑えるという行政責任を果たすつもりも全くないようです。
舛添大臣は圧力に負けずにパンドラの箱を開けられるか
 では、今までと同じようにパンドラの箱は開けられないまま、「大人の解決」
として先送りされてしまうのでしょうか?
 そう思った矢先の4月14日のことです。舛添要一厚生労働大臣が厚生労働委員
会で、次のように答弁しました。
 「(宿直規定を含めた医師の過重労働問題という)『パンドラの箱』を開けよ
うとした時に、『閉めろ』という、ものすごい圧力がある。しかし、この問題は
国民のためを考えて、きちんとやりたいと思う」
 パンドラの箱を開けてしまえば、時間外労働賃金を支払うことができずに倒産
する病院や、そして当直医師を確保できないために救急医療を中止する病 院が
発生してしまうかもしれません。でも、いくら働いても残業代はつかないし、深
夜勤務も宿直扱いで労働時間にはカウントされないという状況が改善されないま
までは、じわじわと医療現場の荒廃が進むだけだと思うのです。
 舛添大臣にはぜひとも「閉めろ」という圧力に負けずにパンドラの箱を開いて、
政治でしかできないリーダーシップを発揮し、解決に当たってくれることを望み
ます。パンドラの箱から一番最後には「希望」が出てくるはずなのですから。

 

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