1.「グリベック」の発見
白血病の治療薬「グリベック」は、韓国では患者が「発掘」した薬といっても
過言ではない。それ以前は骨髄移植だけが唯一の治療法であり、HLA型が一致す
るドナーを探し出して移植を受けることができる可能性さえ極めて低いというの
が現実であった。こような状況のなか、専ら死を待ちながら生きるしかなかった
白血病患者は、自らさまざまな経路を通じて治療方法を探してきた。
大学で材料工学を教えているカン教授*1も、そんな患者の一人だった。イン
ターネットを通じて常に慢性白血病治療の最新動向を把握してきた彼は、2000年
の秋ごろ、まだ正式に許可を受けていないSTI-571(グリベックの試験名)とい
う薬剤が、臨床試験で優秀な治療効果を示したという情報を得て、この事実を他
の患者にも知らせた。これに鼓舞された患者たちはSTI-571に関する情報を積極
的に集め、「セビッヌリ会(新しい光を浴びる会)」*2のインターネット掲示板
で情報を共有しながら新しい「希望」に対する期待に胸を膨らませた。しかし、
当時はグリベックがまだ世界的に市販される前であり、一部の患者が関心を持つ
だけで、患者が実際に服用する道は開かれていなかった。
そして2001年3月、STI-571が近いうちにFDAの承認を得ることになるという知
らせが舞い込んできた。すると患者たちはグリベックを韓国に早期導入させるた
め、本格的に活動を開始した。体調的に活動が制限されざるをえない患者たちに
とって、インターネットという媒体はとても重要で、有用なコミュニケーション
の手段であり、社会的連携のツールでもあった。
*1…慢性骨髄性白血病であった彼はグリベックに対する期待で骨髄移植を延期も
したが、2001年8月結局死亡した。
*2…現在、財団法人韓国血液癌協会に改称。血液疾患で苦しんでいる患者たちの
親睦を図ることや闘病情報提供を中心に活動している。
2.「グリベック・シンドローム」
外国のインターネットサイトには、「グリベック」のドラマチックな治療効果
*1が紹介されていた。また実際に、アメリカから薬を直接購入して服用した*2一
部の患者の病勢は、まるでその効果を証明するかのように急激に好転。患者たち
自身がこの様子を目の当たりにすることとなった。さらに、こうした薬効が民放
テレビ局MBCの時事番組「2580」を始め、各種の日刊紙や大衆誌を通じて広く報
じられると、グリベックは「奇跡の新薬」として注目を浴びるようになった。白
血病患者のみならず他のがん患者と希少・難治性疾患患者までが高い関心を寄せ
るようになり、社会的に「グリベック・シンドローム」を巻き起こった。
こうなると、患者たちの「グリベック待望論」は過熱しはじめた。まだ治験
(臨床試験)も終了しておらず、当然、正式な市販許可も出ていなかったが、日
々、自らの命を消費するかのように生きている患者たちには、「たとえ死ぬとし
ても、薬を試してから死にたい」というのが唯一の目標になった。とはいえ当時、
患者たちは、薬がどんな経路を通じて輸入され、許可されるのか、またどんな手
続きを通じて保険適用になるのかなどについて、全く知識をもっていなかった。
そんな状況ながら、ある日、やはり慢性骨髄性白血病で移植を受けたある患者
*3がインターネット掲示板を通じて、「一人デモでもやってみようか」という提
案をした。求心力を見出せずにまとまりのなかった患者たちは、これをきっかけ
に更に具体的に論議を始めることになった。切迫した状況が、自らこの問題を解
決するべく彼らを後押しし、それぞれの闘病生活を越えた協働のあり方を模索す
るきっかけとなった。
最初は漠々としていたが、患者たちはノバルティス社や保健福祉部 (現、保健
福祉家族部)、食品医薬品安全庁(食薬庁)などに対して公開請願を行い、一つ
ずつ状況・事実を把握していった。こうした活動を通して他の患者たちの反応も
劇的に変わっていった。2002年3~4月ごろには、患者たちは自ら率先して、大統
領府、保健福祉部、食薬庁などの「グリベック」関連各所へ、インターネットを
通じて請願を集団で提出し始めた。患者たちの要求は非常にシンプルであった。
それは「グリベックの早急な許可」、すなわち、「なるべく早く薬を服用したい」
――これが全てであった。
*1グリベックは誘導ミサイルのようにがん細胞だけを選んで破壊するため、既存
の抗がん剤とは違い正常細胞の損傷が少なく、副作用が軽微で治療効果も優れる
という結果が伝えられた。
*2彼らは国内の医師に処方箋をもらい、アメリカに住んでいる知人にファックス
などで処方箋を送って薬を小包でもらう形(いわゆる個人輸入)で購入した。60
錠入りのグリベック一日4錠を基準にすると、一ヶ月120錠。これを400万ウォン
を払って購入した。
*3の書き込みをした人はその後、白血病患者のグリベック闘争で代表を務めたガ
ンジュソンだった。彼も慢性白血病患者で、すでに骨髄移植は受けた状態だった。
3.「奇跡の薬」から「絶望の薬」へ
2001年4月20日、ノバルティス社が、韓国内の重篤な慢性骨髄性白血病患者の
うち約150人にグリベックのカプセルを無償で寄贈することを表明すると、食薬
庁は市販許可前の投与の可否を検討した。その結果、急を要することが認められ、
特別措置で患者たちに投与された。国内で公式に市販許可が出る前に患者に治療
薬が投与されたのは、臨床試験を除き、当該事例が初めてである。
これは患者の同意と専門医の判断に基づき、市販前に治療機会を提供する措置
(未承認薬利用範囲拡大措置、expanded access program, EAP)だった。患者た
ちは確信のない中で続けてきた自分達の活動が期待通りの成果を収めるにつれ、
歓喜の声を上げた(それも暫くの間だったが……)。一方、医療界では、食薬庁
が大統領府の「協力要請」に性急に決定したとの見方が少なくなかった。
そして5月10日、アメリカ合衆国のFDAはついに「グリベック」を承認し、これ
に鼓舞した患者たちの請願活動も功を奏し、2001年6月20日、食薬庁は韓国ノバ
ルティス社の慢性骨髄性白血病治療薬「グリベック」を第III相臨床試験条件付
ながら国内市販の許可に至った。スイスに次いで世界で3番目だった。当時、最
終許可された効能・効果は慢性期を含むすべての慢性骨髄性白血病であった。
FDAでは加速期と急性期に対し、既存治療剤であるインターフェロン・アルファ
(interferon alpha)が適応的でない場合に限ってグリベックを使用する許可が
出た(つまり、慢性期初期患者は除外)が、韓国の食薬庁では慢性期を含めたす
べての白血病に対して許可を出した。当時、食薬庁はFDAとは違う結論を出した
が、患者たちからの質疑に回答した答弁を調べると、保険適用範囲については相
当、右往左往したように見える*。
しかし患者たちの喜びもつかの間、法外に高い薬価が現実的な問題として突き
つけられることとなった。患者たちは、以前から「グリベック」の薬価が非常に
高いという情報を得ており、また保険適用問題に躍起になっていたため、セビッ
ヌリ会を通じてノバルティス社を訪問、薬価の値下げを訴えるなどの行動に出た。
にもかかわらず食薬庁の許可が下りてから1週間後の6月27日、ノバルティス社は
1カプセルあたり25,005ウォン(月300~600万ウォン相当)としてグリベックの保
険収載を申請。希望に胸を躍らせていた患者たちは、絶望の中にまっ逆さまに落
とされることとなった。
*…FDAの基準と国内の基準が異なるという点については以後、続いて問題になり、
許可が下りた11月には、政府はFDAの基準に合わせて保険適用の基準を縮小、変
更した。
4.署名運動の展開と「患者・医療者連帯」の形成
絶望的な状況ではあったが、「グリベック」の韓国内導入のための請願活動か
ら、ある程度の自信を得ていた患者たちは、より積極的な対応が必要だという認
識を持ち始めた。力を合わせて対応を模索しなければならないという主張ととも
に、患者団体であるセビッヌリ会にそうした中心的役割を担ってほしいという要
求が相次いだが、セビッヌリ会は患者の切迫な期待に応えるまでの動きを見せな
かった。患者たちの苦しい心情は、しばしばセビッヌリ会に対する不満となって
表れた。
自分達の立場を代弁してくれる適当な組織がないということに気づいた患者た
ちは、「(仮称)グリベック保険適用のための慢性患友会(患友会とは、日本の
患者会に相当)」を作り、代表を立てながら今までとは違うやり方で対応を模索
した。まず「白血病患者の訴え」という文書を作成し、初めて患者全体の公式的
な立場を表明した。この訴え状は内容を若干変えながら、保健福祉部、ノバルティ
ス社、国会保健福祉委員らにも送られた。患者たちの要求事項は、1)韓国の経
済事情に見合った現実的な薬価策定、2)グリベックに対する保険全面適用、3)
希少疾患・難治性疾患の場合、これまで30%だった18才以上の成人の自己負担率
を、20%に軽減してほしいということだった。
こうして作成された訴え状を携え、7月1日、果川(ガチォン)ソウル大公園*1
に、患者とその家族、ボランティア約40人が集結。「セビッヌリ会」の名で訴え
状を朗読し、約2時間かけて署名運動を展開した。インターネットという空間か
ら飛び出し、初めて開かれたオフライン活動で、あっという間に約2,000人もの
市民から署名を集めた。この署名活動を通じて患者たちは更なる自信を得ること
ができた。この運動はインターネットを通じても引き続き行われ、マスメディア
と国民の関心を集めた。そうするうちに各市民団体も患者たちの立場を支持し、
協力を申し出はじめた。
7月4日、最初に「キリスト教社会連帯」が街頭記者会見を通じてグリベックの
保険適用のための声明書を発表。これを皮切りに、「人道主義実践医師協議会(
人義協)」と「健康な社会のための薬師会(健薬)」が結束して、「グリベック
の薬価値下げと保険適用拡大のための患者・医療者連帯(略称;グリベック連帯)」
を結成した。このように患者だけの戦いは「患者・医師・薬剤師」の連携へと繋
がっていった。そして連帯活動を通して患者たちは、「薬価の値下げと保険の自
己負担率の問題を解決するために戦わなければならない」という結論を出した。
グリベックの輸入販売許可は既に出ていたので、予想より薬価決定が早く決定さ
れるだろうという推測のもと、迅速に行動すべきという意見が主流になった。
そのような状況認識のもと、「グリベック連帯」は7月13日から7月20日まで、
「白血病患者は生き続けたい。ノバルティス社はグリベックの薬価を引き下げろ。
患者の生命より利益が先なのか。ノバルティス社はグリベックの薬価を引き下げ
ろ」という要求を掲げ、患者服の姿でヨイド(汝矣島)ノバルティス社の前でデ
モを敢行した。彼らの姿が報道を通じて知らされると、多国籍製薬企業のノバル
ティス社は”不道徳な企業”として世論形成され、薬価の決定は順調に進まなく
なった。また、患者たちは25,000ウォンを越える薬価を保険薬価に申請した韓国
ノバルティス社*2に抗議し、薬価を下げろという要求を伝えた。
一方、政府は希少・難治性疾患患者の自己負担を低くすると公言したが、実際
は小児白血病の通院患者の自己負担だけ50%から20%にして、成人の希少・難治
性疾患の通院患者の自己負担は50%を維持した。「グリベック連帯」は、7月19
日から薬剤審議専門委員会*3が行われる健康保険審査評価院(略称:審評院)の
前で政府の約束違反を批判し、「通院自己負担率20%の適用範囲を、小児のみな
らず成人の希少・難治性疾患全体に拡大すべきである」と要求した。保険が適用
されない場合、薬の値段が少しくらい値下げになったとしても、高すぎる自己負
担額によって到底治療を続けられないからである。
患者たちは、デモのみならず、薬価審議委員会の会議内容について情報公開を
要求し、薬価を決定する過程に患者本人らの意見を反映できるよう意見書を添付
して薬剤専門委員会に提出した。患者たちは「わが韓国はOECD諸国と比べ、GDP
が3分の1水準なので、薬の値段もこれらの国の3分の1水準であるべきである」と
して、一錠あたり8,000ウォン程度を提示した。市民団体は一錠当り11,000ウォ
ンを提示した。問題は「薬の値段がいくらか」ということより、適切な根拠によっ
て消費者である患者自身が納得できる合理的な薬価決定、消費者の意見が反映で
きる薬価決定構造が、なされていないという現実だった。
*1…この場所を選んだのは、日曜日に人たちが多く集まる所で、スピーカーが使
える、また患者も楽しめながら活動できる、という理由だった。
*2…ノバルティス社はグリベックを1カプセル当り25,005ウォンで申請した。ス
イスのノバルティス本社は各国のGDPを考慮して国別に異なる薬価を策定してい
た既存の慣行を無視し、全世界的に同一月300-450万ウォンの薬価を厳守しろと
いう指示を各支社に伝えたためである。この高額な薬価が徹底できない場合、市
販を諦めると宣言したことがある。
*3…薬剤審議専門委員会の構成を見ると、患者たちの意見が反映できるルートが
元から断たれたことが分かる。
5.保健福祉部とノバルティス社との力競い
2001年7月19日、審評院の薬剤専門委員会はグリベックの保険上限額を暫定的
に、17,055ウォンに決定した。「グリベックは、薬剤上限金額の算定基準に照ら
して、既存医薬品と比べ費用や効果の面ではっきり改善された薬剤として評価さ
れる。しかしながらノバルティス社が提示した金額は、他の国に比べ薬価の高い
スイスとアメリカを基準にしており、我が国の経済水準では無理がある」と認定
されたからである。薬剤専門委員会では、一般的な新規薬剤の上限金額算定方式
の相対比較価の150%水準(17,055ウォン)の価額を提示。ノバルティス社の実務
責任者を会議に出席させ、これを通告した。その後、もしノバルティス社がこれ
を承諾した場合に、更なる薬剤専門委員会の追加開催なしに上記価格を保健福祉
に報告し、公示できるよう、保健福祉部に建議しようとした。
しかしノバルティス社は、一次審議で提示された薬価に対する答弁を拒否。事
実上の承諾拒否の意思を表明した。8月8日、保健福祉部や審評院との面談で、ノ
バルティス社の担当部長は薬価値下げを承諾しないとの意思を伝え、その補完策
として、経済力のない患者に対して無償供給プログラムを運営するという意思を
提示した。しかし、保健福祉部では無償供給プログラムと薬価の決定は関連事項
ではないと表明。8月22日、薬剤専門委員会二次会議で、グリベックの保険薬価
を17,862ウォンに決定し通告したが、今回もノバルティス社は承諾不可を固守し
た。
その頃、ブラジル政府は抗エイズ薬「Nelfinavir」に対する「強制実施」を発
表した(8月22日)。医薬品強制実施権とは、当該国が特許権者に特許使用料を払っ
て第三者にその商品を生産できるようにする権限である。ブラジル政府は、エイ
ズ薬品の無償供給のため、知的所有権を前面に掲げた多国籍製薬企業と正面から
対峙したのである。スイスの多国籍製薬企業ロシュ社(Roche)が特許権を有して
いるNelfinavirは、エイズ治療に使用されている革新的な薬剤で、ブラジル政府
はその価格を落とすためロシュ社と協議したが、これが決裂に終わり、「強制実
施」という決断を下したのである*1。ブラジル政府のこうした試みは私たちにも
示唆するところが大きく、保健医療団体連合、IP-left(情報共有連帯)、民議連、
社会進歩連帯などの団体が、ノバルティス社の特許権について再検討を要求する
集会を開き、グリベックの薬価引き下げと保険適用拡大について声明を発表した。
こうした対外的状況とは別に、ノバルティス社の承諾不可の方針に対してなん
の実質的対応もできずに手をこまねいていた政府は、2001年10月27日、保険薬価
を17,862ウォンで公示するとした。一方、ノバルティス社は、韓国の現行保険制
度のもとでは患者たちの自己負担額が高すぎる点を勘案し、白血病財団を作って、
低所得層患者に対してはノバルティス社が本人に代わって自己負担金を支払うも
のとする代案を、保健福祉部に提案した。しかし、政府はこれを患者に対する
「リベート」と位置づけ、この案を拒否した。
すると韓国ノバルティス社は、保健福祉部の公示価格が「G7平均薬価算定の基
準」を違反する場合*2、通商問題に発展する可能性があると指摘。さらに駐韓米
大使館も保健福祉部に対し、「G7平均薬価が決定される時まで」価格公示を延期
することを要請した。アメリカ通商代表部(USTR)および韓国多国籍医薬産業協
会(KRPIA)も保健福祉部と外交通商に公文書を送り、韓国が自ら決めた新薬の薬
価算定基準を守らないことで発生する通商摩擦への深刻な恐れを表すなど、多角
的に政府へ圧力を加えた。
*1…現在、安いジェネリック医薬品が存在するに至った経緯には、ジェネリック
の抗エイズ薬を購入できるようにしたブラジルの力が大きかった。ブラジルはジェ
ネリック医薬品の販売市場を形成できるよう、供給者側をサポートした。こうし
て生産されたジェネリック医薬品は、アフリカの最貧国にも供給されることとなっ
た。インドで生産するグリベックのジェネリック薬「ビーナット(Veenat)」は、
グリベックの薬価の20分の1の水準である。
*2…G7加盟国は、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、日本、イタ
リアだった。
次号に続く