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Vol.121 事故調最終案について考える

医療ガバナンス学会 (2013年5月23日 18:00)


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秋田労災病院
中澤 堅次
2013年5月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


事故調最終案が検討部会の議論の前にオープンになった。患者死亡届全例義務化を基本とする新制度で、事故の要因を洗い出し再発防止につなげるという。検討 部会では予期せぬ死亡を全例届け出することで意見が一致したとされるが、私は届け出の目的を再発防止に限ることが条件だと述べ、一つの調査が二つの目的に 利用される問題を一貫して主張してきた。しかし、この案では一つの機構に二つの目的を持たせる事故調の伝統的なごまかしが改められていない。再発防止とい う誰もが納得する大義に責任追及を混同させ、診療と死亡という絶対に避けられない医療の問題を、担当者の過ちを検証することで改善を求める誤った方向性で ある。この仕組みは、事故死をとりまく複雑で深刻な状況をさらに悪化させる危険をはらんでいる。あらためてこの案の問題について意見を述べる。

混同の存在は本案の中核である第三者機関に集中する。第三者機関は民間の組織であるにも関わらず、医療機関全体に報告義務を課す権限を持つ。純粋な再発防 止が目的であれば、医療者の倫理と結びつくので医師免許を持つものの総意として義務化は可能である。しかし、日本医師会も日本医学会も任に堪える倫理的な バックボーンはなく、義務化は職能倫理とは無関係で、医療専門職団体の自律とも関係はない。義務化はやはり公的な規制と取れる。
法律で定められた権限は責任も伴うから、第三者機関は公的な強制権を持って医療安全に責任を持つことになり、一民間団体が作った安全委員会が、官の威を借 り個々の事例の再発防止に責任を持つという、世界にも前例のない安全対策組織が出来上がる。医療安全の調査の過程で把握した事実を、証拠として責任究明に 使用できる混同が許されているのであれば、第三者機関は裁判の行方を左右する司法手続きと同じ効果も持つことになり、医療側に二重のタガをはめつつ究極の 安全を要求する、いじめに近いシステムになる。

新提案では、安全対策立案の他に、院内調査への不満を受け付け独自に調査し、判断を下す仕組みを第三者機関の役割りとしている。医療者にとって再発防止の 安全対策は、最も重要な関心事だが、調査結果に不満を感じる事故被害者の関心事は、責任の所在を明らかにすることである。申し出を受け付ける以上、第三者 機関はこの二つのニーズに応えなければならない。結局第三者機関は、再発防止の目的で原因究明を行い、得られた専門的結論を、責任の所在を確定する目的の ために提供する役割を持つことになる。
また、新提案のシステムは、第三者機関に弁護士などの第三者が参加することを容認している。一見公平なようだが、第三者委員は安全対策の立案に責任を持つ わけはなく、結果的には担当者の責任をはっきりさせる役割になる。弁護士が安全対策立案に責任を持つといわれても困るが、正々堂々と目的が異なる調査の結 果を利用できる立場になっても困る。第三者機関が医療事故の良し悪しを判断する仕組みを持つのであれば、司法の仕組にてらして正当な理由がなければならな い。

性格がはっきりしない第三者に多くの権限を持たせ、安全対策に責任を持ってもらうことは、専門職である現場担当者の責任と自立を放棄することである。安全 対策は現実味のない形骸化した活動になり、失敗を題材とした自主的な議論はタブー視される。誤りに学ぶ改善は事実上不可能になり、改善に効果が上がらなけ れば、公的権限で義務化の範囲を拡大し罰則を強化する悪循環になる。技術改善に法的秩序を持ち込み問題の解決をはかることは見当違いといわざるを得ない。 この混同は専門的な科学技術に衰退をもたらす危険さえ持っている。

イメージ図 ( http://expres.umin.jp/mric/mric.vol121.pptx ) によれば、第三者機関は、院内調査の上層に配置され、一審と二審と位置付けられている。二審は裁判システムと連動するので、通常の裁判より一層多い構造で ある。なぜあえて人の死に関わった医療担当者だけが、通常の裁判を受ける権利を認められず、犯罪かどうかも分からない段階で、民間第三者による詮議を追加 して受けなければならないのか素朴な疑問を感じる。同じ疑問は、第三者機関により不当な判定を受けた被害者がいれば、同じ疑問を抱くだろう。三権分立の一 角を担う裁判組織を簡単にいじって改造し、一審増やすようなことが、民間の機構にでき、それを可能にする法律を行政が立案することが、国民の権利を守る三 権分立の理念とどうマッチするのか説明を求めたい。

以上の論点は医療事故の問題解決に複数の目的があり、それが互いに相いれないものも含むことに起因している。相いれない目的は切り離して機能させ、混同を許さないシステムを作ることが重要である。この目的のためには、病院の組織図を作る原則が参考になる。
病院の組織図では、最上層に病人を位置づけ、その直ぐ下の層に現場の技術者を置き、中間管理者、さらに管理者と逆ピラミッド様に第二第三と層を下に付け加えてゆく方法である。病人権利擁護が組織の理念であることを示す上で有効な方法である。

この原則に従えば、事故調イメージ図における第一層には、事故被害者と診療を担当した施設が入り院内調査がステージの中心になる。第三者機関はその下の第 二層に位置付けられる。イメージ図の最上層は国家の三権で、第一層の院内調査の上に位置付けられ、司法においては最高位に最高裁が配置されることは言うま でもない。

第三者機関の立ち位置は公的な裁判組織から分離され、当事者間の交渉を下層から支える支援組織となる。医療安全のための改善を行う機能と、院内調査に納得 行かない医療者や家族の駆け込み寺の機能は、機構の内部であっても、別組織として分離し機能させればこの位置では問題を生じない。ただしその権限は、調査 の不備を指摘し、再調査を勧告し、議論を現場に戻す役割となり、個々の医療行為に対する良し悪しの判断を避け、院内調査の可視化や精緻化に貢献するが、裁 判所のように判断を下すものではない。これが文字通り事故の解決を、現場にゆだねる運用になる。精緻化された院内調査によっても解決しない場合は、上層の 裁判組織が問題を解決にあたることは、通常の裁判の仕組みと変わらないが、事故の本質はかなり可視化され、双方に共通した理解を多く含むものになっている はずである。

弁護士の立場は現場からの要請にこたえて、顧客の利益を代表する本来の業務を行えばよい。もちろん批判は大切なことであるが、第三者の実務に介入したり、調査に実権を握ると、弁護する立場により見解が相反するわかりにくい存在となる。

第三者が医療事故の問題解決を支援する中央組織として位置付けると、他職種のサービスにおけるリスクについて、同様なかかわりを持つことが出来るようにな る。この部分は、医師、看護師、介護士、診療関連の専門職という職種の議論、医療の中でも、医師会、大学病院、市中病院など、役割の異なる医師団の議論 で、それぞれが各々の立場を主張するわかりにくい構造になっている。病人権利擁護は医療に関わる職種すべてに共通する理念であり、事故の問題解決も、職種 を超越し、理念を共有する方向性が見えてくる。現場の上に配置すれば第三者機関は中央管理の先兵だが、現場の下に配置すれば理念を共有し、現場をさえる新 しい組織になる。

絶対に避けることのできない人の死と、完全無欠はありえない人間が携わる医療現場で事故は起きる。現場と無関係な第三者の調査にも誤りはついてまわる。ほ とんどの死には病気が関係し、病気には医療者が必ず関わっている。ミスの存在と死の因果関係を確定することは難しく、事故の大多数は因果関係を特定できな いグレーゾーンに属している。再発防止の改善は原因が確定しなくても可能だが、グレーゾーンに責任の所在を決めることは簡単ではない。二つの目的の混同を 許すことがそれぞれの問題の解決を妨げることになる。

複数の問題解決は、流用ではなくシステムで分離し、それぞれ独立させて機能させなければならない。第三者機関の役割は、病人権利に基本を置き、問題解決に 責任を持つ現場の取り組みをサポートすることである。難しい責任の判定から分離されることで、事故の全貌をそのまま明らかにすることが出来、理念が共有さ れれば分析や指導も円滑に行われ、悲しい出来事を通じて新しい和解も見出すことが出来ると思う。医療事故による死亡は、被害者や担当者個人に大きな痛みを 強いる、医療の中では最大の難題といえる。一方で再発防止の改善は、多くの関係者が利用するシステムや、診療動作に関連する問題まで、日常的であり、多岐 にわたる。事故の再発防止で医療事故の問題がすべて解決するわけではない。問題の解決にはまだ別の議論が残されており、第三者機関の役割も今後新たなもの が生まれる可能性もある。

2013.5.20

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