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臨時 vol 136 「開業医の給与は高すぎる?」

医療ガバナンス学会 (2009年6月11日 12:35)


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          とどまるところを知らない医療費削減
           武蔵浦和メディカルセンター
               ただともひろ胃腸科肛門科
               多田 智裕
  このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)に掲載されたものを転載したものです他の多くの記事が詰まったサ
イトもぜひご覧ください
URLはこちら → http://jbpress.ismedia.jp/

 プライマリーバランスの黒字化に向け、社会保障費(医療費)を今後も年に
2200億円削減し続けていくという政府の方針が明らかになりました。
 5月26日、財務相の諮問機関である財政制度等審議会が、2010年度予算編成に
向けてまとめる意見書の原案を公表しました。その議事要旨には次のような発言
が記載されています。
 「皆保険制度は世界に誇るべき制度であり、維持していく必要がある」と認め
る一方で、
「医療コストの節減も必要ではないか。レセプトのオンライン化や後発医薬品の利用拡大に積極的に取り組むべき」
「医療の再生には、ただ金を積めばよいということではなく、地域の病院と診療所の連携が必要」
「国民感情からすると、医師の給料は高いと思っている人がほとんどであり、不況下で民間の給与は下がるのに診療報酬を引き上げるのは、理解できない」
といった意見が出されたようです。
 要するに、「日本の医療制度はすばらしいが、その維持のために予算を増やす
つもりはない。今後も削減を続けますよ」ということです。今回の決定が医療現
場の疲弊に追い討ちをかけるのは間違いないでしょう。
開業医と勤務医の格差こそが解決すべき課題?
 医療費削減の続行に加えて、もう1つ決定したことがあります。
 それは「開業医と勤務医の報酬格差」に関する事柄です。
 「医療費の水準が問題なのではなく、配分が問題である。中でも、開業医と勤
務医の格差こそが解決すべき課題である」と全会一致で合意されました。その結
果、開業医の報酬を引き下げて勤務医に回すことが決定したのです。
 この決定は、2009年4月に財務省が、「病院勤務医の平均年収が1415万円、開
業医の平均収入が2804万円」と発表したのを受けてのことだと思われます。
 この数字だけ見ると皆さんは、「開業医はなんて儲けてるんだ。けしからん」
と思うことでしょう。でもこれにはトリックがあります。
 実は、この数字は勤務医の給与収入と、診療所の事業収入の比較なのです。
「開業医の平均収入」というのは、事業収入から年金や退職金を引いたり、 年
齢構成の違い(開業医は50~60代が多く、勤務医は30~40歳代が多い)、借金返
済リスクなどを加味して補正した数字ではないのです。
 それと、「平均値」と「中央値」「最頻値」の違いというトリックもあります。
日本の世帯あたりの平均貯蓄額が1624万と言われてもピンと来ないのと同じです。
勤務医とは違い、同じ開業医でも収入は10倍以上の格差があります。高額な収入
の人が少しいるだけで、平均値は高くなってしまうのです。ち なみに診療所の
事業収支差額の最頻値は1400万です。
 とはいえ、こんなことは私が指摘するまでもなく、優秀な日本の役人は百も承
知のことでしょう。また、審議会のメンバーも最初からそのことは分かっていた
のではないでしょうか。その上で財務省のデータを検証しなかった可能性が高い
気がしてなりません。
 審議会では、実情を反映したデータで判断してほしいという医師会の訴えや、
医師会が提出した「診療所の33%が赤字」というデータは、「(開業医の給与が
高いか安いかは)神学論争ということにならざるを得ない」と無視されたのでし
た。
 診療報酬の配分見直しは姑息な手段でしかない
 結局、前回の改正に引き続いて開業医の診療報酬を削減するという方針は決定
されてしまいました。
 でも、前回改正後の2008年度の診療所の損益分岐点比率は98.9%でした。わず
か1年で2.7%も悪化しているのです。今回さらに診療所の保険点数引き下げを行
えば、相当数の診療所が損益ラインを割り込むのは間違いないでしょう。
 一般には、診療所は増え続けていると思われがちです。確かに2006年度に開業
した診療所は4819件、廃業した診療所は3757件で、差し引き1062件の増加でした。
 しかし、2008年度は新規開業数が500件近く減少して、その一方で廃業数が500
件以上増加しました。東京都をはじめとする半数以上の都道府県で、診療所は純
減に転じているのです。
 政府は医療資源の効率的利用のために、高度な医療を必要とする人は病院受診
を、日常的なかかりつけ医に診察してもらう場合は診療所受診を、という政策を
進めてきました。
 それなのに診療所が減ってしまっては、病院にしわ寄せがいってしまい、勤務
医の負担は増すばかりでしょう。
 さらに言うと、地域の診療所が使う医療費は医療費の総額の2割に過ぎません。
それを削減して、勤務医の待遇改善に回すといっても、十分な金額は捻出できな
いでしょう。
 その上、回された金額の大部分は病院の赤字補填に使われてしまい、勤務医の
元まで届かないと思うのです。事実、病院に手厚く医療費を配分した2008年の診
療報酬改正の後に、基本給が増えたという病院勤務医はわずか7%しかいなかっ
たのです。
 そもそも、勤務医の待遇を改善したいのであれば、そのための予算をつけるべ
きです。事業形態の違う開業医の保険点数を削るのは、何の関係もないはずなの
です。やはり診療報酬の配分見直しは、姑息な手段でしかないと私は思います。
政治家は国民に十分な説明を
 高齢化が進む以上、そして医療の高度化を求めるならば医療費が増えていくの
は当たり前のはずです。
 それなのになぜそんな当たり前のことが無視されて、議論が進むのでしょうか?
 今回の審議会では「医療は金だけでは再生できない」と指摘されました。その
意見には100%賛同します。また、私は無駄な部分の節減に反対したいわけでも
決してありません。
 それでも、十分なスタッフ配置や医療機器の更新、消耗品や処置器具の購入な
どを円滑に行なうためにはある程度のお金が必要なのも、リアルな現実なのです。
 医療費が増え続けては困るという理屈も分かります。それならばせめて、予算
決定権を持っている政治家たちが「医療費は増やせません。迷惑をかけるかもし
れないが、国のために我慢してください」と国民に呼びかけて、コンセンサスを
得てほしいと思います。
 現場の医師たちは、誰もができる限りのベストの治療をしたいと思っています。
予算を付けないで、現場の医師たちだけに「これはできません」と断る役目を押
し付けるのは、あまりにひどいと思うのでした。
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