インフルエンザの大流行に関する記載は、御存知のように古文書にも多く、と
くにわが国では歴史資料が豊富なことから興味深い発見をすることがあります。
平安時代に書かれた「三代実録」は清和天皇・陽成天皇・光孝天皇の御世につい
て記載された国史書ですが、この中で貞観 14 年(872 年)の記載として、
正月二十日辛卯、是日、京邑咳逆病発、死亡者衆、人間言、渤海客来、異土毒
気之令然焉
とあります。渤海は当時、満州地方から朝鮮半島北部ロシア沿海地方に存在し
た国で、渤海使という使節が 30 回以上もわが国に訪れています。しかし、その
ように国交のある場合でも、京都に “咳逆病” が流行すると “異土毒気” が
持ち込まれたと考えられたようです。グローバル化したはずの現代日本にあって
も、残念ながら、同様の “島国根性” が散見される場合があるように思います。
この文書は 2009 年 6 月 11 日に記載しています。多くの皆さんの御努力に
よってわが国での新型インフルエンザの流行状況も明らかになりつつありますが、
やはり蔓延していると考えざるを得ない状況だと判断しています。対策を立てる
ためには現状を正しく把握することが必要であり、定点の充実でも地域限定のイ
ンフルエンザ様疾患クラスターサベイランスでも、より多くの情報が入手できる
枠組みが必要であると思います。この際、季節性インフルエンザも含めて情報が
得ることが出来ると臨床の現場でも大変に有用なデータになります。個人的には
5 月下旬以降から New York 市で重症例が少なからず報告されている状況から、
とくに市中起因病原体不明重症肺炎についてすべての症例を対象に新型インフル
エンザの関与が検討されるべきであると考えています。
従来、インフルエンザは感染拡大力が著しく、封じ込めるのではなく、流行を
遅らせることを目的に対策が立案されていたはずですが、何となく “蔓延させ
るとはけしからん” という雰囲気が醸成されているのが気になるところです。
現場へのリソース配備が不足していることから rRT-PCR 検査をそれこそふんだ
んに実施することが出来ないこともあり、実際には報告されている患者数よりも
多くの症例数が見込まれてしまっていることもあって、状況がより一層に複雑に
なっているのかもしれません。極めて散文的な主張ではありますが、新型インフ
ルエンザを適切に検出するということ、その体制と能力は、公衆衛生行政を含む
国力の証しであると思います。新規患者が報告されるたびに、”封じ込めに失敗
した” というような反応が出てくるのは残念です。まして患者さんや関係者に
対するいわれなきバッシングは目に余ります。わが国においては、感染症が
stigma ではないことをまだまだ啓発しなければならないのかもしれません。