医療ガバナンス学会 (2013年7月19日 06:00)
この原稿は月刊集中7月号より転載です。
井上法律事務所 弁護士
井上 清成
2013年7月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
1. 5月29日の厚労省とりまとめ
5月29日、厚労省の意向を受けて、「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」は、山本和彦座長(一橋大学大学院法学研究科教授)の強硬 な職権進行の下、諸々寄せられた反対意見を無視する形でとりまとめを行い、終了した。何としてでも、秋の臨時国会での医療法改正につなげたいらしい。
医療事故調は本来ならば法的には、厚労省令(医療法施行規則)の改正だけで足りる。それにもかかわらず、法律(医療法)の改正まで必要としている理由は、 煎じ詰めれば、能動的な事故調査権限を有する第三者機関の創設と、届出不遵守や調査不協力に対する制裁のためであろう。それ以外は、特に法律改正は要らな い。
2. 6月20日の無過失補償検討会も終了
もともと医療事故調検討部会は、いわば親会である「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」の下部部会の一つとして始められた。無過失補償制度創設の一環として、医療事故調が位置付けられていたのである。
しかし、厚労省とりまとめを受けて6月20日に開催された無過失補償検討会は、同日、あっけなく終了した。厚労省の総括によれば、求償のための過失・無過 失の認定に資する医療事故調とならなかったため、「無過失補償制度の検討の前提にできる仕組みとはならなかった」からだと言う。
つまり、産科医療補償制度(補償認定のための審査委員会、事故調査・原因認定のための原因分析委員会、求償認定のための調整委員会の三本立て)と同じモデ ルを指向して開始された無過失補償検討会ではあった。しかし、甚だ遺憾なことながら、実質的には院内調査中心となってしまって第三者機関が骨抜きとなって しまったため、原因分析委員会のようには事故調査と事故原因認定のための一律かつ強力な権限を振るえない。そこで、一気に無過失補償制度を創ることは、財 務省が首を縦に振らないので予算をつけてもらえないから、当面は見送ることとする。そのような趣旨であろう。
3. 6月20日の社会保障審議会医療部会
無過失補償検討会が終了したのと同じ日に、医療法改正のための社会保障審議会医療部会も開催された。今回の医療法改正は盛沢山と言ってよい。病院・病床機 能の分化・連携(病床の機能分化・連携の推進、在宅医療の推進、特定機能病院の承認の更新制の導入)、人材確保・チーム医療の推進(地域医療支援センター の設置、看護師復職支援のための届出制度、医療機関における勤務環境の改善、特定行為に係る看護師の研修制度等)、臨床研究中核病院の位置づけ、外国人医 師等の臨床修練制度の見直し、持分なし医療法人への移行の促進などである。
その一つとして、医療事故の原因究明・再発防止(医療事故に係る調査の仕組み等の整備)が付け加えられた。正直、他の課題の深刻さと比べると、重要度は低 い。それにもかかわらず強引に医療法改正にまで持って行く必要はないと思う。同日の社会保障審議会医療部会でも、日野頌三委員(日本医療法人協会会長)が 医療法改正反対の意見を表明している。ただ、全く逆に、産科医療補償制度原因分析委員会か昔の第三次試案を彷彿とさせる意見もあった。たとえば、奈良県知 事の荒井正吾委員は、「医療事故の原因究明、再発防止のためには、医療事故が発生した場合、その原因を絶えず調査し、調査結果を収集・集積し、原因を調査 する独立性の高い、中立的な常設機関が必要と考えます。」との私見を提出している。
4. 厚労省と医療関係諸団体との対立
厚労省は、秋の医療法改正に向けて暴走している。たとえば、医療関係諸団体が一致して唱えている「有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン」の重要項目にも一顧だにしない。
日本医事新報4650号(2013年6月8日号)6頁「調査報告書の訴訟使用制限なし」によれば、厚労省医政局の「吉岡総務課長は検討部会終了後、記者団 に対し『(訴訟では)あらゆるものを証拠にすることができ、最終的には裁判所の判断になるので、(報告書の訴訟使用制限は)できない』との見解を示し た。」とのことである。要するに、「WHOガイドライン」は「ドラフト」(草案)に過ぎず「ルール」(規範)ではないのだから、守らなくてよいとでも言う のであろう。
しかしながら、この1月の四病協合意、2月の日病協合意、5月の全国医学部長病院長会議見解、そして、6月の日本医師会答申のいずれも、「WHOドラフトガイドライン」を基軸としている。その中核は、「非懲罰性」と「秘匿性」にほかならない。
医療事故調を巡っては、結局、WHOドラフトガイドラインも含めて諸々、厚労省と医療関係諸団体が対立してしまった。逆に、医療関係諸団体は一致している。厚労省対医療界といった様相と言えよう。
5. 秋の陣に向けて
そもそも昔の第三次試案(行政組織としての医療安全調査委員会)を民間組織版にしただけなのが、産科医療補償制度の原因分析委員会(日本医療機能評価機構 が運営)と言ってよい。ただ、全国の全診療科にわたるので財源(原因分析委員会でさえ年間補助金8000万円)が無いので、原因分析委員会方式よりは節減 する必要がある。そのために、実質的に院内調査中心としたに過ぎず、院外事故調査機関も中央に唯一ある第三者機関の下請けに過ぎない。さらに、既存の民 法・刑法の現行実務を口実にしてでも、WHOドラフトガイドラインは無視する。つまり、厚労省とりまとめは結局、第三次試案や原因分析委員会と変わらな い。
それに対し、四病協・日病協、全国医学部長病院長会議、日本医師会、その他の医療関係諸団体は、WHOドラフトガイドラインを中心にして、自律的な院内事 故調と各団体ごとの特色ある院外事故調を組織し、それら皆が地域の実情に応じ緩やかに連携する自主的体制を構築していくべきであろう。
医療事故調・秋の陣に向けて、医療各界の準備作業が望まれる。