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Vol.180 医療の値決めに無頓着な日本

医療ガバナンス学会 (2013年7月22日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2013年7月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

アメリカでは医療費、特に大腸内視鏡検査について「高額である」との議論が涌き起こっています。
6月1日のニューヨークタイムズの社説

http://www.nytimes.com/2013/06/02/health/colonoscopies-explain-why-us-leads-the-world-in-health-expenditures.html

では、大腸内視鏡検査の値段は、アメリカ全体で一番安いボルチモア州で19万円、いちばん高いニューヨーク州では85万円と報告されています。
日本では、医療費の単価についての議論がマスコミで真剣に行われることはほとんどありません。しかし、医療を成長戦略の一部として掲げる以上、”医療の値決め”は避けて通れない検討課題です。
私は、日本の医療は価格の議論を避けて、”格安”で”最高の医療”をという幻影を追い求めているために、成長産業と成り得ない不毛地帯に陥っている気がして仕方がありません。
今、アメリカにおいて、医療価格についてどのような議論がされ何が問題点なのかを理解することは、決して無駄ではないはずです。

●アメリカの大腸内視鏡検査価格の問題点とは?
大腸内視鏡価格における論点を、ニューヨークタイムズは3つ指摘しています。
1つ目は、同じ大腸内視鏡検査なのに、どこで検査を受けるかで価格が変化するということです。記事内では、同じ医師の大腸内視鏡を病院で受けた場合の検査代金は91万円だったのに対して、診療所で受けた場合は53万円と価格が大幅に変わる事例が挙げられています。
これは、わざわざ病院で受ける必要のない検査・処置ならば、診療所で受けた方が施設設備代金を大幅に節減できることを示しています。
2つ目は、本当に医学的に必要な処置内容なのかを見直すことです。
例として取り上げられた大腸内視鏡検査代金「63万円」の内訳は、29万円が設備施設利用料金、24万円が麻酔代金、10万円が医師の技術料となっています。ここで問題となるのは24万円の麻酔代金です。大腸内視鏡に本当に全身麻酔が必要なのでしょうか?
全身麻酔を行えば完全に”無痛”で内視鏡検査を行うことは可能です。けれども、本当に24万円もの金額に見合う価値のある処置なのか、そして、仮 に静脈麻酔が必要だとしても、麻酔科医師ではなく一般の医師が行うことでコストの節減が可能な可能性を指摘しています。つまり、処置や検査のパッケージ全 体にかかるコストの内訳を分析することで、必要でない部分の節減、または、ほかの安価な代替手段の検討が可能になるのです。
そして3つ目は、日本の皆保険制度のように国家全体での統制価格がアメリカでは存在しないということです。そのため、同じ大腸検査でも州により19万円から85万円もの差ができてしまうのです
アメリカの医療価格は、実際の処置内容に沿って決められているというより、金額を取れるだけ取ろうとする医師と病院と保険者間の無数の交渉により決まっていて、そのメカニズムに問題あり、と指摘しています。

●大腸内視鏡検査の「質」こそが一番大切な要素
この議論の高まりに対して、アメリカの消化器病学会(AGA)は、声明

http://www.gastro.org/news/articles/2013/06/10/nyt-editorial-board-addresses-colonoscopy

を出し、「コストを議論する際に最も重要なのは”検査の質”である」と説明し、「”医療の質”こそが何よりも真っ先に議論されるべきである」と指摘しました。
そのためには、「医師の技量を含めたさらなる情報開示、そして、実際の診療においてどれくらいの費用がかかるのかを事前に明示する努力が必要である」と自分たちで認め、その役割を果たしたいとしています。
そして、学会が策定している大腸内視鏡検査代金の「参照均一価格」が、医療費をコントロールする上で、重要になると説明しました。
学会が提示する均一価格は、(1)検査前診察と検査前処置代金、(2)検査代金(医師の技術料・麻酔代金・施設設備代金・病理検査代金)、(3)検査後診察代金と検査に伴う合併症や再検査に要する代金、を考慮して決定するとしています。
要するに、検査代金を決める際は検査の質が最も重要であり、検査前後の診察処置代金まで含めて価格を決めるべきであるということです。
マスコミの指摘に対して、専門集団としてきちんと答え、より深い議論内容を提示したと評価してよいでしょう。

●適正価格の議論によって成長戦略のヒントがつかめる
日本においては国民皆保険制度のもと、すでに”全国均一価格”が実施されており、日本の大腸内視鏡検査代金は約2万5000円と先進諸国の中では 最も安く設定されています。しかし、安すぎるのも問題です。なぜなら”医療の質”を保つことができなくなるからです。安いから価格の議論をしなくてもよ い、ということでは決してないのです。
細々とした価格を計算比較することは、非常に地味で目立たない作業です。”電算化されたレセプトのビッグデータを用いて医療を改革する”とか言っ ておいた方が聞こえは良いでしょう。しかし価格の中身を細かく見て適正かどうかを検討することによってこそ、成長戦略のヒントが生まれてくるのだと思いま す。
アメリカでは厳密なコスト計算をすることにより、大腸内視鏡は、”病院で受けるか診療所で受けるか”と”麻酔を使用するかしないか”がコスト削減のキーポイントであることが判明したのです。
6月初めに安倍内閣が打ち出した医療における成長戦略は、結局のところ”一般医薬品のネット販売解禁”と”抗がん剤への先進医療(保険外併用療養)適用”の2点でした。
薬のネット販売は販売チャンネルが変わるだけです。また、抗がん剤先進医療適用においても抗がん剤価格決定権を民間に任せるだけなので、”適正価格”の議論は行われていません。
閣議決定された”安全・安心な生活の実現”が、もしもどことなく実現の可能性が薄そうに見えたとすれば、それは医療価格の議論を避けて戦略を打ち出しているのが1つの原因であることは間違いありません。

 

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