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Vol.181 小高区再生プロジェクト:地元に若者を

医療ガバナンス学会 (2013年7月23日 06:00)


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南相馬市立総合病院・神経内科
小鷹 昌明
2013年7月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

この街で私は、医療の傍ら”木工教室”や”山登り企画”、”ラジオ・パーソナリティー”や”エッセイ講座”などの市民活動を展開し、そこからさまざまなことを学ばせてもらっている。

次に計画しているプロジェクトは、警戒区域を解かれたもののまったく復興の進まない、原発から20キロメートル圏内にある南相馬市小高区の再生である。驚 くべきことに、このエリアのほとんどは、いまだに下水道が整備されていないために、日中は入れるのだが夜の寝泊まりは禁止されている。このため、駅前通り に”ふれあい広場”という憩いの空間があるのだが、人の集いはまばらであり、陰鬱とした状況が広がっている。
水が使えないからこそ、私はそこで”調理教室”を開催することを考えた。すぐ真向かいには、そういう状況にもかかわらず床屋を再開させた住民がいる(もちろん、洗髪も可能にしている)。そんななかで、「水が使えなくては何もできない」という言い訳は通用しない。

前回でのこのコラムでも指摘したことだが、『男の木工』を開催していて感じることは、やはり「市民たちにとって重要なことは、熱中できることへの取り組 み」である。それは”山登り”の企画でも思ったことなのだが、男たちは、登山中から楽しそうにすることはあまりなく、やはり登頂した後からポツポツ会話を はじめるのである。
「コミュニティの創出」だとか、「ソーシャル・キャピタル」だとかいうものは、何かを仕上げた後についてくる付加的な現象なのである。まずは、「ここに居てやれること」、そして、「ここに居られる」という自信のための空間が必要なのである。
だがまあ、そういう意味のことを言うと、すぐに”産業”だとか”雇用”だとかという話になるのだが、仕事を変えなければならない人たちが、従来の仕事以外 に、いったい何に向いているというのだろうか。特に、この地域では、放射線などの理由から、無理矢理仕事を引きはがされた第一次産業に従事していた住民が たくさんいる。そういう人たちにとって、次の仕事など想像できるものではない。
だから、さまざまな作業に気兼ねなく、プレッシャーを感じずに、何となく参加できる場所と仕組み作りとを考えていくしかない。しかも、男性たちが気軽に立ち寄れるような世界である。

誤解のないように言っておくが、もちろん、それは女性を別視しようというものではない。女性との協働は、男性にとって、とてもとても重要なことである。
『男の木工』にも、女性メンバーが3人いるのだが、それが誠に良い循環を生み出している。だいたい男性5人くらいのなかに、女性はひとりいれば十分であ る。女性の明るさとパワー”1″に対しては、男性”5″くらいがいれば、丁度いい。くどいくらいに言い訳をさせていただくが、これは本当に男女差を強調し たいのではない。あくまで私が主観的に感じている危機感の打開のために提言しているのである。
もしかしたら、「被災地だからこそ」なのかもしれないが、女性の多い集団のなかに男性は入っていけない。仮設サロンに参加しているのは元気な女性だけで、シャイな男性たちの参加はほとんどない。こういう現場を見ていると、孤立していく男の再生が遅れていくのも無理はない。

水の出ないところで”調理教室”を開催する。それも『男(優先)の料理』教室である。それは、ものすごくチャレンジングなことかもしれない。しかし、けっ して、特別なことをしようというのではない。少しの知恵と、ささやかな協力者と、たいした度胸さえあれば誰にでもできる。
『男の木工』では、「男性の手作業といったら?」という問いを立てることにより、何となく自然発想的に「大工仕事」という活動内容は決定したが、本企画に おける最大の発想は、”トライアル”というか、”メッセージ”である。もっと言うなら、”声明”であり、”申し立て”であり、”陳情”である。すなわち、 「水が出なくともこれだけのことができる。だから、水が出ればもっとたくさんの愉しみを持てる」ということの意思表示である(まるで、砂漠で井戸を掘るよ うな気持ちになっているが)。
水が出ないからこそ、いろいろな意味で”ヤル意義”はひじょうに高いと思う。
幸い株式会社『味の素』からの協力を得られ、移動式キッチンカーによるボランティア支援を受けることができたし、街の栄養士会のメンバーや商工会の人たちも賛同してくれた。当院の管理栄養士と協議を重ねることで、メインレシピは、水をあまり使用しない”餃子”に決定した。

私が、このプロジェクトを計画するにあたり、もうひとつ願うことは、「若者の活性化を生み出すことができないか」ということであった。この街のこれからを考えた場合に、「若い世代に元気になってもらいたい」ということに、異論はないであろう。
昨年の10月より、当院の受付として勤務を始めた22歳の事務員がいた。彼女は、地元出身であったために、数年間は県外で仕事をしていたのだが、この地における暮らしの再生を願って帰郷してきた。
それを知った私は、それとなく「今度、小高区の水の出ないところで、あえて”調理教室”を開きたいのだけど、地元の再生のために手伝ってくれない? もち ろん、『調理指導をしてくれ』などという大仕事を頼むわけではなく、材料を運んだり調理器具を用意したりといった外回りなのだけど」という内容で、協力の 打診をしてみた。
早速いただいた返答は、次のようなものであった。

「”調理教室”の件ですが、私に何かできることがありましたら、喜んでお手伝いさせていただきたいです。また、それ以外にも私にできることがあるなら、い ろいろな活動に参加させていただきたいです。地元が大好きなので、少しでも何か力になれたらいいなとは思うのですが、私の力だけではどうしようもないこと だらけなので、ぜひ小鷹先生やみなさんの力をお借りして何かできたらいいなと思っています。」

何という優しくて嬉しい言葉だろうか。これは、この地区の再生のための重大ヒントになる。この街に戻ってくる若者たちに必要なことは、「仕事とさらにもうひとつ、ボランティアのような復興のための社会参加の両方に、しかも気軽に関与できる仕組み」なのではないだろうか。
この地域に、若者が好んで従事したいと思う魅惑的な産業があるだろうか。正直、残念だがあまりないと思う。だが、「地元に活力を取り戻したい」という潜在 的な気持ちは、皆あるであろう。だから、仕事に行き詰まったときにも参画できるような、”別の愉しめる何か”を用意しておく必要があるように思う。私がそ うであるように。
難しい話ではない。極めて単純な発想である。”仕事と復興”、この街に住んでいれば、自然とそのようなところに関心が向く。それをうまくシステム化すればいいのである。

けっして焦り過ぎず、そして、けっして甘え過ぎず。その間合いを見極めつつ復興を進める必要がある。どんな些細なことでもいい、ひとつずつ積み重ねていくことである。
被災者には、最初の一歩を踏み出すその入口案内と、ある程度の準備段階を経た人には、最後の一押しが必要なのである。逡巡していることに対して自信を持たせることであり、「いいからやってみよう」の一言がとても大切なのだ。
『男の木工』や『男の料理』が、そのきっかけになれば嬉しい。被災地というレッテルを早く払拭させ、自らの手で行動のきっかけを掴んでいってほしい。

“調理教室”の日程に合わせて、押し花アートの展示や詩吟の披露、似顔絵コーナーなど、さまざまな賛同が集まりつつある。小高区ではじめての大イベントが、9月8日(日)に開催される。

 

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