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Vol.212 カネボウ美白化粧品問題、「花王の判断」は正しかったのか?

医療ガバナンス学会 (2013年8月30日 06:00)


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この原稿は「郷原信郎が斬る」より転載です。

http://nobuogohara.wordpress.com/

郷原総合コンプライアンス法律事務所
弁護士 郷原 信郎
2013年8月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


花王の100%子会社のカネボウ化粧品が、美白化粧品で「肌がまだらに白くなる」などの被害が報告されたために、同社が製造・販売する多数の製品の自主回 収を行うことを発表した「カネボウ美白化粧品問題」、発表時点では、カネボウ化粧品が調査で確認したとしていた発症事例は39件だったが、自主回収の発表 以降、問い合わせは10万件を超え、6808人から症状や不安を訴える申し出があり、うち2250人は、症状が重いとされている(7月23日時点)。

カネボウ化粧品は、自主回収の発表時の記者会見で、2011年ころから発症事例がお客様窓口に報告されていたが、使用者側の病気(持病)であるという(窓 口担当者の)思い込みのために問題の認識が遅れたとして、対応の遅れを認めた上、 「当該製品を使用し、白斑様症状を発症したお客様には、完治するまで責任をもって対応する」という基本方針を掲げている。つまり、会社側としては、全面的 に非を認めた上で、「カネボウの美白化粧品を使用し、白斑様症状を発症したお客様」に対しては、治療費その他の費用を負担するだけではなく、すべての責任 を負う方針を明らかにしたということだ。

自主回収の発表後、被害申告が予想以上の数に上ったことから、今回の自主回収の決定は当然で、むしろ、もっと早期に自主回収を行うことで被害の拡大を防止 すべきだったという声が高まっており、2011年の時点で自主回収を行い、ブランドイメージの毀損を防ぐべきだったとの意見もある。

当初、受動的・消極的な姿勢に終始していたカネボウ化粧品側の対応が、全面的に非を認めて自主回収を行うという、顧客保護の方向に一気に転換したのは、親会社の花王の主導によるもので、まさに、花王グループとしての決断によるものだったのではないかと思われる。

「企業は、利潤追求だけではなく、ステークホルダー、消費者にも真摯に向き合い、要請に応えていくべきだ」というコンプライアンスの観点からは高く評価すべき企業の対応ということになるであろう。

しかし、自主回収の発表直後に出した拙稿【カネボウ美白化粧品回収、「コンプライアンスの失敗」か「クライシスマネジメントの失敗」か】でも述べたよう に、今回の自主回収等の措置は、そのように単純に評価できるものとは必ずしも言えない。自主回収の発表後、被害者数が予想を超える数に上っている現状が、 この自主回収の措置が、いかに重大な判断であったかを物語っている。

今回問題になったのは「ロドデノール」という美白成分を含有する化粧品であるが、その成分と「白斑様症状」との因果関係は全く明らかになっていない。因果 関係が明らかになっていない以上、その症状で生じた被害について、化粧品メーカー側が責任を負うべき問題なのかは、わからないはずである。また、カネボウ 化粧品と「白斑様症状」との因果関係が不明なのであるから、例えば、別の美白成分を含む化粧品についても同種の症状が発生している可能性もある。今回のカ ネボウ化粧品の対応を前提とすると、同種の発症事例に対して他の化粧品メーカーがどのような対応をとるべきなのかも、極めて困難な判断となろう。

今回のカネボウ化粧品の自主回収の措置を受けて、日本皮膚科学会において「 ロドデノール含有化粧品の安全性に関する特別委員会」が設置され、「美白成分ロドデノール含有化粧品使用後に生じた色素脱失症例 医療者(皮膚科医)向けの診療の手引き」が公表されている。それによると、「現時点で病態はまったく解明されていない」とのことであり、薬剤性の光線過敏 症など、鑑別の難しい事例があることも指摘されている。

また、同手引きでは、他の美白化粧品との関係について、「同じ作用機序を有する美白化粧品の安全性についての情報はまったく得られておらず、安全であると も、危険であるとも言えない状況であり、診察においては、美白化粧品では本剤のみならず他の製品の使用歴についても必ず聴取する必要がある」とされてい る。

皮膚科学会としては、「白斑様症状」について、カネボウ化粧品のロドデノール含有化粧品によるものと決めつけないで冷静に対応することを呼びかけているわ けであるが、当事者のカネボウ化粧品側が、全面的に非を認め、該当する化粧品の使用者で「白斑様症状」を発症したすべての使用者に対して責任を負うとして いるのであるから、「被害者」の範囲はどこまで拡大していくのか計り知れない。

しかも、現時点での会社の対応は、「白斑様症状」の確認や治療に関する相談等が中心だが、「被害者」側からの要求は今後、様々な内容に発展していく可能性 がある。「白斑様症状」による精神的損害や、それが就職、結婚、家庭生活等に与えた影響も含めて「被害」ととらえることになれば、「被害」の範囲は無限に 拡大し、慰謝料を含む賠償の総額が膨大なものになりかねない。

さらに、同社は対象製品を台湾、香港、韓国など海外10カ国・地域で販売していることから、今後、海外からも被害申告、賠償要求が押し寄せる可能性があ る。文化的、社会的背景の違いもあり、要求が国内より激しいものとなる可能性もあるが、不当、過剰な要求があった場合にどう対応ずるかは困難な問題であ る。国内の「被害者」と異なった対応をすれば、国際的なトラブルに発展する可能性もある。

このような美白化粧品使用による「白斑様症状」について、国内、海外からの様々な賠償要求に対して、カネボウ化粧品として、花王グループとしてどの範囲ま で応じるのか、最終的には民事訴訟による解決に委ねざるを得ない事例も出てくるように思える。訴訟に持ち込めば、当該美白化粧品と症状との因果関係が明ら かになっていない以上、カネボウ化粧品側の勝訴の可能性が高いが、そうなると、発症者が完治するまで全面的に責任を負うとの会社側の方針に反することにな る。自主回収に伴って、会社として非を認め、全面的に責任を負う方針を公表したことで、今後の対応は非常に困難なものとなりかねない。

他の美白成分を含有する化粧品に与える影響も深刻である。美白成分には様々なものがあるが、他の美白成分の中には、漂白作用が強く、長期的な使用によって「白斑」が生じた事例の発生が指摘されているものもあった。

厚生労働省は、そのような美白成分を含有する「美白化粧品」も含め、医薬部外品として承認してきたわけであるが、今回のカネボウ化粧品の自主回収を受け て、美白成分の承認を見直すわけにもいかず、対応に頭を抱えていることであろう。今後、「被害」「被害者」の範囲をめぐってカネボウ化粧品と使用者との問 題が訴訟に発展した場合、承認を与えた厚労省に対しても、国家賠償請求が提起される可能性もある。問題が他の美白成分を含有する化粧品にも拡大すれば、厚 労省による美白成分の承認そのものの是非が問われることにもなりかねない。

このように、製品の全面的な自主回収という「市場対応」を行い、該当する化粧品の使用者の発症に対して全面的な被害回復措置をとる方針を示したことによって生じる、経営への影響、社会的影響は、予測困難な面がある。

薬用化粧品は、その効能と安全性について、動物実験等の根拠に基づいて厚労省が承認を行っている商品であり、「医薬品的要素」を有している。効能の発現の 仕方については個人差があり、表示された効能がほとんど表れない人もいれば、予想以上に効能が表れる人もいるであろうし、効能の表れ方が、使用者の意図に 反する結果になることも完全に防止することは困難である。

そういう薬用化粧品の使用の問題についての従来の化粧品会社の対応は、持ち込まれたトラブル、症例について、商品の使用方法や使用中止の助言を行ったり、 医師を紹介したりするという個別対応が中心であり、今回のような全面的な「市場対応」というのは稀なケースだと思われる。

カネボウ化粧品の対応に関しては、最初に症状の発生について報告があった2011年の時点で情報として集約し、美白化粧品の使用との関連性について検討 し、情報提供や注意喚起を行うことが必要だったのではないか、今年5月に皮膚科医からの報告があった時点でも、早期に調査に着手し、速やかな対応を行うべ きだったのではないか、などの問題があり、自主回収までの対応が全体として緩慢であったことは否めない。しかし、それが、薬用化粧品をめぐる化粧品会社の 一般的な対応から逸脱していたとまでは言えないであろう。

むしろ、親会社の花王主導で行われたと考えられる自主回収と被害回復措置を中心とする対応の方が、従来の化粧品会社の対応とは、かなり異なったものだったと見るべきではないだろうか。

個別事例への受動的対応から、積極的な市場対応という方向に大きく舵が切られたことの背景には、花王という会社の歴史と沿革と企業グループ全体の事業内容が関係しているように思える。

花王は、明治20年(1887年)に石鹸製造会社として創業し、生活用品を中心に事業を展開してきた企業である。カネボウ化粧品の買収によって、ビュー ティーケア商品の売上構成が4割を超えたが、「花王ソフィーナ」ブランドで本格的に化粧品事業に進出したのは1982年と、比較的歴史が浅い。

もともとの花王の主力製品であった生活用品は、大規模小売店、量販店等を通じての大量流通販売が中心であり、品質保証体制も、マスとしての消費者からの直接の情報提供に基づく画一的・統一的対応が中心となる。

花王は、ホームページで公開している、「よきモノづくり」という企業理念に基づく商品の安全性と品質保証への取り組み( http://www.kao.com/jp/corp_csr/safety.html )の中で、「安全性はもちろん、消費者・顧客が安心して使える商品をお届けする」との基本方針を示し、「発売後の安全管理基準」の中で、「万一、重大な問 題やそのおそれがあった場合には、安全性を最優先に、消費者の皆さまへの告知や商品回収等の必要な措置を速やかに講じるために『緊急・重大トラブル対応体 制』を定めており、顧客への責任、社会的責任、説明責任を明確かつ迅速に果たせるよう、社内関連部門だけでなく、行政や関連機関、流通との連携も含めた体 制を整えています。」という対応方針を明らかにしている。

花王は、このような方針を徹底するため、消費者から直接情報を収集し管理する品質管理体制の整備を行っており、このような、花王の消費者の安全・安心に向けての取組みは高く評価されている。

このような花王グループの品質保証の基本方針を、医薬部外品としての薬用化粧品の品質問題という極めて微妙な問題においても徹底すれば、原因や、因果関係が不明のままでも自主回収・被害回復措置を行うという今回の対応につながる。

それは、法令に基づくものでも、監督官庁の命令や指導によるものではない。まさに、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書:2007年)などで私が提 唱してきた、「法令上の義務に従うだけではなく、積極的に社会の要請に応える」というコンプライアンスの方向に沿うものと言えるであろう。

しかし、この「『法令遵守』を超えて社会的要請に応える」というコンプライアンス対応には、常に、「法的責任による逆襲」のリスクが付きまとう。その対応 が、社会的責任のみならず法的責任を認めることにつながり、それが、当該組織に辛辣に襲い掛かり、ダメージを与えることは予想しておかなければならない。 不祥事を起こした企業にとって、発生した問題、不祥事を真摯に受け止め、再発防止のために積極的な措置をとることは不可欠だが、その問題についての法的責 任を認めることにつながる対応については慎重な検討が必要となる。

今回の美白化粧品の問題についても、薬用化粧品という商品の特質を考えた時、自主回収・被害回復措置という積極的なコンプライアンスが、花王グループに、化粧品業界に、そして、薬用化粧品という商品と社会の関係にどのような影響をもたらすのか、予測は困難である。

その点に関して、花王側の対応で一つ気になる点がある。花王グループは、カネボウ化粧品以外に、花王本体でも、ソフィーナ等のブランドで化粧品を製造・販 売しているが、カネボウ以外の美白化粧品についてのホームページでのコメントは『花王の美白化粧品には、医薬部外品有効成分「ロドデノール」は配合されて おりません。』という極めて簡単なものにとどまっている。

「白斑様症状」が「ロドデノール」に特有のもので、他の美白成分にはその恐れはない、というのであれば、上記のコメントも理解できる。しかし、そうではな いことは前記の皮膚科学会の「手引き」からも明らかだ。そうだとすると、花王グループの基本方針からすれば、他の美白成分についても、「白斑様症状」など の使用者の肌トラブルが発生しているのか否か、積極的な情報の収集・開示や対応を行うのが当然ということになろう。

花王のカネボウ化粧品以外の美白化粧品への対応が、そのようなものになっていないのは、自主回収公表後、これほどまでに被害申告が拡大することを予想していなかったからではなかろうか。

花王・カネボウ化粧品の自主回収・被害回復措置の公表で示した製品の品質保証に対する積極的姿勢、全国の「被害者」に対して膨大な労力をかけて行っている 訪問調査などの努力が前向きに評価され、「被害者」の理解・納得が得られて、花王グループに対する消費者の信頼が一層確かなものになるという「コンプライ アンスの成功」につながるのか、それとも、原因・因果関係不明なまま責任を認めたことによる「被害」及び「被害者」の拡大が、花王側の想像を遥かに超えた ものとなり、その要求に対応できず、方針の不徹底、混乱を招いて「コンプライアンスの失敗」に終わるのか。

薬用化粧品について原因・因果関係不明のまま自主回収・被害回復措置の公表という大きな決断を行った花王グループにとって、これからが、まさに正念場である。

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