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Vol.215 勤務医はジョーカーを切れるのか

医療ガバナンス学会 (2013年9月4日 06:00)


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~法曹界を味方につける逆転の発想

つくば市 坂根Mクリニック
坂根 みち子
2013年9月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


参院選が終了し本格的に安倍政権が始動した途端、社会保障費削減の大合唱である。
日経新聞は選挙直後の1面で既得権益を守ろうとする業界として医師会を挙げた。さらに連日、成長の本丸は混合診療の解禁などの規制改革であり、社会保障費の抑制でも本気で負担増などに踏み出せば医師会などの利害とぶつかる と早速医療界の動きをけん制していた。

いまだ嘗て「既得権益」の恩恵にあずかったことがない大方の医師にとってはこういうステレオタイプの報道による刷り込みが、医療を破壊する一端であると感じている。
医師たちは長年、日勤-夜勤-日勤という過酷な連続勤務を通常業務と思ってこなしてきた。先人たちの教育の成果か世間知らずだったのか、これがどれだけ異 常なことか医師はあまり言わないできた。もちろん労働基準法違反だし夜勤を当直と称してその分の賃金も払われていない。これが今も多くの病院で続く日本中 の病院の慣習なのだ。

「権利は主張して初めて問題になる」という法曹界の常識に則り、奈良県立奈良病院の産婦人科の医師たちがこれを訴え、2013年2月に判決が出て勝訴し た。全国の医療機関が大転換を迫られる出来事であった。今後は訴えられれば病院は負ける。でもその分の賃金を払えば、今の診療報酬では倒産するところが続 出である。労働基準法違反を是正しようにも夜勤明けに帰るために必要な医師は医師不足で手当てできない、いずれにせよ「正しく」是正すれば医療機関はたく さん潰れる。
生き残れるのは体力のある病院のみである。

勤務医中心の団体である全国医師連盟では、「医療崩壊」は「医療の正常化」であると指摘し(1)1病院当たりの医師数が増えれば、交代制勤務導入など、労 基法遵守が容易になる、(2)長時間勤務の防止による安全性向上が望める、(3)専門医の集約化による医療レベルの向上が期待できるという観点から、急性 期病院の集約化を提言している。

ただし、急性期病院の集約化は、どれだけ話し合ってもまとめることは極めて困難と言わざるを得ない。
まず、設立母体が異なる病院間の合併は過去の例を見ても明らかなように上手くいく例はほとんどない。医師を集められない病院は撤退するしかないので、経営 者側からの反対は大きい。医師会も 開業医団体と思われているが、幹部の多くは中小病院の経営者であり、自分の病院が淘汰の波にさらされることになり集約化を積極的に勧めるとは考えにくい。 自治体にとっては、集約化により住民の利便性が悪化する可能性があり進めにくい。地域の政治家にとっては全く票につながらないところか、票を失う政策であ る。そして、勤務医自身にとっても、熱心なドクターほど自分の病院に対する思い入れが強く、淘汰される側の病院にいれば、集約化には反対するであろう。
今一番苦しんでいるのは末端の医師達だが、医療政策を決める場所には、医師会であろうと、全国病院長会議であろうと現場の意見を吸い上げるシステムがな く、現場感覚と乖離した議論が多い。そのために末端の医師たちの声が制度に反映されることはなく、長年医師たちの過酷な労働環境は放置されたままなのであ る。

国は急性期病院の集約化を進めようとしているが、よほどの経済的インセンティブをつけない限り実現は難しい。社会保障費を減額せよという経済界からの強い 圧力のもとでそれを実現するには相当なリーダーシップが要求されるが、今回の選挙を見てもわかるように、医療に詳しい議員は何人も落選の憂き目にあってお り、現安倍政権は「医療を正常化」できる力が十分とはいえない。
現在の制度が、医師の過重労働を前提に出来上がっており、ここから一時的にでも後退するような変革は、勤務医以外誰も望まないからである。

結局これを進められるのは勤務医しかないが、勤務医の声を反映する組織がない以上
最後の手段は裁判である。先ほど述べたように、最高裁の判例も確定している。
ところが、現実の勤務医はあまりに忙し過ぎて疲弊しており、訴訟に持ち込む時間とエネルギーがない。更にある年齢以上の医師は「ノブレス・オブリージュ」の精神が叩き込まれていて、裁判に訴えることに抵抗を感じる。
さてどうすべきか。このまま医療が崩壊していくのを手をこまねいて見ているわけにもいかない。
ヒントは意外なところにあった。
過日次のようなニュースが配信された。
・・ブラック企業対策に全国弁護団 連携して被害者支援へ
長時間労働や過剰なノルマなど、法律を度外視した働かせ方で労働者を酷使する、いわゆる「ブラック企業」の被害者を支援する弁護士の全国ネットワークが今 月下旬に発足する。使い捨て同然の目にあっても泣き寝入りすることが多かった働き手が、相談して声をあげやすくすることで対策を強める・・・

では病院はブラック企業か。答えはイエス。ただし、通常の企業と違って自分たちで原価計算から医療の値段が決められない。サービスを価格に反映できない。 国から箸の上げ下ろしまで指図される特殊企業なので、ブラックの原因は病院だけの責任とは言えない。永年の低医療費政策、医師数の抑制は国の責任でもあ る。それでも「ブラック企業」の問題がクローズアップされると、医師たちの間では、病院は「ブラック」だらけだと話題になっていた。

法曹界に対する医師の不信感は根深いものがある。医療に対する理解が不足したままで訴訟に持ち込まれるために、最終的には勝訴しても(勝訴率7,8割)そ の間キャリアは奪われ、プライドは傷つけられ医師として一番大切な数年間を無駄にして、人生の方向性が変わってしまうことが多い。さらに裁判官の判断にも 問題がある。諸外国では当たり前であるシステムエラー、つまり医療事故の一因として長時間労働による判断力の低下や、人出不足による事故というシステムの 問題を裁判官が取り上げてくれたことがどれだけあったであろうか。
今検討されている医療事故の調査機関も、法曹界出身の委員の理解不足で、WHOのガイドラインも無視した加罰的な制度設計がなされようとされている。

医事関係訴訟は、異常死の定義についての理解やメディアの論調の変化で年々減っていたが、2012年は刑事事件立件件数が大幅な増加(2011年54件 →2012年93件)を認めている。また民事訴訟も増加に転じている。サラ金の過払い金請求事案に一服感があり、弁護士の矛先が今後医療に向かうだろうと 言われている。
弁護士の仕事は真実を明らかにすることかと思っていたらそうではなかった。アメリカ型でクライアントの利益のために働くことが当たり前なようだ。食べるた めには仕方がないというべきか。せめて医療を崩壊させる方向に加担しないで欲しい。折角なら医療再生のためのハードランディングに手を貸して欲しい。
誰も支援してくれない勤務医の立場を改善してくれることは、一時的な社会の混乱は引き起こすが、結局は医療崩壊を食い止め、国民のためにもなり正義である。一考に値しないだろうか。

勤務医側にも覚悟が要る。今働いている病院を訴えるのである。大学病院にはタイムカードさえ存在しないが、その時に備え日々の勤務状況を記録する必要がある。
権利は主張して初めて問題になる。
さて勤務医は唯一の手持ちのカードであるジョーカーを切れるのだろうか。

(参考)
メディカル トリビューン7/11 2012年医療事故統計
2013/6/9 第6回全国医師連盟集会プレスリリース
2013/7/13 朝日新聞デジタル

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