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Vol.233 医療の法律処方箋―医療安全記録流用禁止規則 

医療ガバナンス学会 (2013年9月30日 06:00)


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医療安全記録の裁判利用は禁止されるべき

この原稿はMMJ(The Mainichi medical Journal 毎日医学ジャーナル)9月号より転載です。

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2013年9月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.医療事故調の系譜「第四次試案」
医療事故調問題は今、第四次試案の段階にある。厚生労働省は、平成19年10月に第二次試案を発表し、平成20年4月に第三次試案を発表した。それらは医 療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案の形をとって法制化される寸前まで行ったが、結局、頓挫している。しかし、間は空いたが、その系譜は続き、今また 「第四次試案」として復活した。平成25年5月に厚労省とりまとめ(医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方)を確定し、今度は、医療法改正 の形をとって次の通常国会において法制化しようとしている。
今回の厚労省とりまとめは、装いを新たにはしているが、第二次試案・第三次試案の延長にすぎず、その実質は「第四次試案」と称してよい。

2.調査報告書の流用を肯定
たとえば、今回のとりまとめでは、やはり調査報告書の全面開示義務が定められた。「院内調査の報告書は、遺族に十分説明の上、開示しなければならない」と され、「第三者機関が実施した医療事故に係る調査報告書は、遺族及び医療機関に交付することとする」と定められている。ただ、調査報告書の使い方について は何も言及されていない。
第二次試案は、この点をきちんと明示していた。「調査報告書」は、「民事訴訟の証拠として採用」、「医道審議会における医師等に対する行政処分」、「刑事 手続で報告書が使用されることもあり得る」といった具合いである。第三次試案は、さらに踏み込んで定められていた。「調査報告書は、第三者による客観的な 評価結果として遺族への説明や示談の際の資料として活用されることが想定される。」「医療事故に対する行政処分については・・・・。このため、医道審議会 における審議については、見直しを行う。」「調査報告書については、公表されるものであるため、・・・捜査機関が調査報告書を使用することを妨げることは できない。」といった調子である。
今回の第四次試案は、民事手続での利用、医道審議会での利用、刑事手続での利用について、何ら定めていない。ただ、検討部会での議論の経過を見ても、各手 続への利用を当然の前提としていた。つまり、第二次試案や第三次試案と同じく、民事・行政・刑事の各手続での利用を肯定しているのである。
しかし、医療安全のための医療事故調という観点から見ると、調査報告書の利用は、利用というよりも流用と言った方がよい。

3.医療安全推進活動の記録
特にこの10年近く、医療事故の再発を可及的に防止すべく、医療安全の推進活動が活発化した。代表的なものは、院内でのインシデント・アクシデントレポー トの提出や安全研修の徹底である。これらは、各病院や診療所の実情に応じ、各医療者の創意工夫と日々の努力によって積み重ねられてきた。諸々の大量の医療 安全活動記録も蓄積されつつある。そして、これらすべてが医療者固有の用途に供するものであり、非開示であり、裁判などに利用されるべからざるものである ことは、当然の常識となっていよう。
しかし、今までは、この当然の常識には必ずしも確実な法的根拠はなかった。実際にこれらの記録が裁判などに利用されて散々な目にあう、といったような悲惨 な事例に遭遇しなかったからであろうか。日常さほどの必要に迫られてはいなかったから、敢えてきつい規則を設けてまで、法的安全弁を確保しようとまでは思 わなかったからといったところであろう。ただ、この間にも裁判実務では着々と浸食が進み、インシデントレポートに対する証拠保全決定くらいは当り前のこと となって来た。
そして、その裁判実務による浸食は、医療法改正に基づく医療事故調創設をきっかけとし、グレードを上げて一段と進んでしまうことであろう。医療安全推進のための活動記録が、近いうちに、次々と開示させられていくことが予想される。

4.医療安全記録の法的安全弁
医療事故調第四次試案の法制化が現実のものとなると、すべての病院・診療所・助産所に診療関連死の全例届出と院内調査の実施が義務付けられてしまう。ちな みに、診療関連死の全例届出の範囲は、各病院・診療所・助産所それぞれのアクシデントレポートの提出範囲とほぼイコールである。つまり、医療安全活動に熱 心な所ほど届出の範囲が広がってしまう。しかし、これでは矛盾である。さらには、院内の標準的水準の認定のための対比資料として、インシデントレポートや 研修での議論内容も芋づる式に引っ張り出されていくことであろう。
WHOドラフトガイドラインを持ち出すまでもなく、当然のこととして、医療安全活動の記録に対して法的な安全弁をセットしておかねばならない。1つのアイデアは、証拠制限契約であろう。わかりやすく表現すれば、医療安全記録流用禁止の院内規則の制定である。
残念ながら先例は無いに等しい。しかし、幸いなことに、少なくとも民事訴訟法専門の法律学者は皆一様に「証拠制限契約」の一般的な有効性を承認している。四病協の1つである日本医療法人協会も、医療事故調用にではあるが、証拠制限契約の院内規則のモデル文例を公表した。
もちろん、医療事故調の用途に限らず、医療安全活動の記録用全般へのアレンジが必要である。各病院・診療所・助産所の既存の院内の各規則との整合性をはか るための調節も必要であろう。さらには、いわゆる公立病院などの場合には、開設者の制定している情報公開条例などとの法的な調整も欠かせない。

5.医療安全記録裁判利用禁止の院内規則
諸々の課題はあるものの、通常国会での医療法改正がなされる前に、是非、証拠制限契約の導入を検討し準備しておくべきであろう。速やかに、すべての病院・診療所・助産所が、医療安全記録の裁判利用を禁止する院内規則を制定し、院内に掲示しておくことが望まれる。

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