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Vol.232 DERMA試験の失敗で知るがん治療ワクチン療法夜明け前

医療ガバナンス学会 (2013年9月29日 06:00)


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血液・腫瘍内科医
小林 一彦
2013年9月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●はじめに
筆者は2000年より久留米大学にてがん治療ワクチン療法の開発研究に携わり、国立がん研究センターで抗がん剤の開発治験業務に触れた後、市中病院に勤務しながら進行期がんの臨床に従事している。
そういった経歴が珍しいのか、抗がん剤治療を専門としながらも、がん免疫療法について相談されることがしばしばである。患者よりむしろ医師からの方が多い のだが、残念なことに同僚からの相談はほとんど実りのある議論にはならない。これは、結核菌熱水抽出物、いわゆる丸山ワクチンの薬事承認をめぐる騒動から 始まり質の保証がない免疫療法クリニックの隆盛に至る、我が国のがん免疫療法が歩んだ独特な歴史故と思われる。我々ががん免疫療法を論じようとするとき、 どうしてもこの不幸な歴史から影響を受けてしまい議論が両極端に振れてしまいがちだ。がん治療ワクチン療法などのがん免疫療法について考える場合には、歴 史のバイアスが存在していることを肝に銘じておかなくてはならない。
昨年から今年にかけて、がん治療ワクチン後期臨床試験の結果が相次いで公表された。いずれも第1エンドポイントを達成出来ておらず薬事承認には直結しな かったが、ワクチン投与群にのみ免疫学的反応者が存在し、その反応者の一部が長期生存を達成するなど、今まで偶発的に症例報告されているに過ぎなかった現 象が前向き試験でも観察されており意義深いものがあった。本稿では、DERMA試験の失敗とその後のがん治療ワクチン開発について論じたい。

●DERMA試験の失敗
2013年9月5日、GSK社はMAGE-A3抗原特異的がん免疫療法の無作為化二重盲検第III相臨床試験であるDERMA試験において、第1のエンドポイントである無病生存期間(DFS)の有意な延長を示せなかったと公表した。
MAGE-A3は進行期悪性黒色腫患者の約65%に発現し正常細胞には発現しない腫瘍特異抗原であり、DERMA試験とは肉眼的リンパ節転移を伴う IIIB/C期の悪性黒色腫に対し、外科的に腫瘍を完全切除した後MAGE-A3遺伝子が陽性だった場合に術後補助療法として遺伝子組み換えMAGE- A3タンパクをワクチンとして投与するという治療法だ。当初、このDERMA試験にかけられた期待は大きかった。DERMA試験が計画された2008年当 時は、悪性黒色腫に対するMAGE抗原を標的とした治療は”約束された”治療と見なされていたからだ。

現在まで続く免疫療法の嚆矢は、米国国立がん研究所のローゼンバーグ博士により90年代に行われた一連の腫瘍組織浸潤リンパ球療法ということになる。
ローゼンバーグらは、リンフォカイン活性化キラー細胞療法(LAK療法)のつまずきを元に腫瘍組織浸潤リンパ球療法(TIL療法)を着想し、転移のある悪 性黒色腫を対象に、免疫抑制を目的とした抗癌剤投与と全身放射線療法を併用したTIL療法にて、完全寛解16.0%,部分寛解56.0%, 反応率72%という驚異的な治療成績を報告した(JCO 2008;26:5233)。しかし、全身転移を伴う固形癌患者に対して骨髄移植なみの前処置を施す事にそもそも無理があったのだろう、他施設ではその治 療成績を再現することができず、TIL療法の汎用性に疑問符がつくことになった。
TIL療法がなぜ有効なのか、その効果の源泉はTILに含まれる腫瘍抗原MAGEに反応した細胞障害性T細胞(CTL)であることが判明し、MAGEタンパクによるワクチンでCTLを誘導すると抗腫瘍効果を得る事ができるのではないかと期待されたのである。

●DERMA試験の失敗は、臨床試験のデザインにある
がん治療ワクチン療法は、現在世界中で開発競争が激化し日進月歩の分野である。2008年には期待されていたMAGE蛋白ワクチンも、以後小規模ではあるが多数の早期臨床試験による知見が集積するにともない、専門家の間では急速に楽観論が消えていた。
特に2009年にFDAによる「がん治療ワクチンのための臨床的考察−企業向けガイダンス」が発表されてからは、1) がん治療ワクチンは効果発現までの時間に個体差が大きく、2) 治療効果は対象となる患者の固有の条件(免疫反応を誘導しうる状態かどうか、一般に担がん状態では低下する)に大きく左右される、といったがん治療ワクチ ン特有の性質が広く認識されるようになった。また3) がん治療ワクチン療法の場合、DFSと全生存期間(OS)が必ずしも比例せず、その有効性はOSで評価しなければならない、等の点がコンセンサスになるに つれて、DERMA試験の結果に関しては悲観的な見方が多数を占めるようになっていた。MAGE蛋白のCTL誘導能に関しては疑う余地がないが、患者の免 疫力に個体差が大きすぎるため、DFSをエンドポイントとした場合にシンプルな二重盲検試験では有効性を検出する事ができないのではないか、と懸念されて いたのである。

2012年2月に公表されたオンコセラピー・サイエンス社による膵臓癌を対象としたペプチドワクチン療法も、2012年12月のメルク/セラノ社による非 小細胞肺癌を対象としたMUC-1ペプチドワクチン療法も、第1エンドポイントであるOS延長を示せなかった。しかし、試験薬投与群の約1割に皮疹などの 遅延型免疫反応を呈する群が存在し、そういったサブ・グループではOSが有意に延長されるという現象が観察された。例えばエルロチニブのような一部の分子 標的薬に似て、治療開始早期に皮疹など免疫学的な反応が見られた群はがん治療ワクチンの効果が発現し長期に生存しうる可能性が高いのかもしれない。がん治 療ワクチンに反応する群が予め選別できる可能性が示されたのである。
今回のDERMA試験でも、第1エンドポイントを達成出来なかったにも関わらず、独立データモニタリング委員会が満場一致で試験の継続を推薦している。これも同様の現象が認められたからだと漏れ聞いている。

そうなれば今後の課題はがん治療ワクチンに反応する群を如何にして早期に選別するかであり、そのための免疫学的モニタリング手法やサロゲートマーカーを急 ぎ開発しなければならない。がん治療ワクチン療法の特性に根ざした臨床試験のデザインを工夫すれば、有効性の証明が期待出来るだろう。

●がん治療ワクチン療法夜明け前
現在はがん治療ワクチン療法夜明け前と言えるだろう。がん治療ワクチン療法の夜明けは、モニタリング手法や精度の高い免疫学的サロゲートマーカーの開発に 始まり、マーカーの推移に伴いペプチドを変更し、免疫賦活剤あるいは免疫抑制剤の種類や程度を調整し、併用療法を最適化してゆくような医療の個別化によっ てもたらされる。一連の治療の流れを解析しうる臨床試験のノウハウも必要となり、なにより膨大な症例数を要するため、臨床試験の大幅なコストダウンが不可 欠である。

また、そもそもなぜ臨床試験を行うのか、その目的を真摯に考え直す必要もある。進行期がん治療の現場では、臨床試験が単に薬事承認を目指すためのものでは なく、患者にとって日々生きてゆくために不可欠な希望として捉えられている。臨床試験に参加する機会に恵まれない場合には、既存の抗がん剤を次から次へと 使用することになるが、後から使用する抗がん剤には奏功するエビデンスはない。無効であるばかりか、副作用で命を縮めることになりかねないのが現実だ。そ うであれば、免疫療法クリニックに駆け込む心情も批判はできない。
未承認薬を使用すべく先進医療制度を利用しようとしても、規制当局の審査は薬事の観点から行われるため、現場のニーズと全く乖離しており使いものにならな い。商業最優先としか思えない免疫療法クリニックの横行と、活用できないよう設計された先進医療制度とは同じ問題の表裏であり、これこそが我が国の免疫療 法が不幸な歴史を歩まざるを得なかった理由だと思われる。新規医療技術のエビデンスを確立することと、死に直面したがん患者のニーズを満たすこと、背反す る二者の止揚こそが必要であり、これを実現し得るのは臨床現場にいる患者と医療者のみである。現場に則した制度設計が求められる。

夜明け前が一番暗いと言う。DERMA試験の失敗で技術上の課題は明らかとなったが、免疫療法が辿った不幸な歴史の解消なくして夜が明けるはずもない。がん治療ワクチン療法の夜明けに向け、臨床医、研究者、製薬企業、行政当局が一丸となった取り組みを期待したい。

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