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Vol.267 現場からの医療改革推進協議会第八回シンポジウム 抄録から(12)

医療ガバナンス学会 (2013年10月26日 18:00)


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セッション12: 教育
11月10日(日)17:00~18:30

*このシンポジウムの聴講をご希望の場合は事前申し込みが必要です。

2013年10月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


教育
司会:鈴木寛
安藤勝美
稲村建
遠藤直哉
松浦三郎

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●相馬高校における教育支援と成果
安藤 勝美

東日本大震災以降、福島県立相馬高校に教育支援させていただくようになり3年目になる。1年目は京大・一橋大をはじめとし国公立大42名合格という素晴ら しい実績が出た。例年の国公立大30名に比べると40%増である。2年目の高3生は相馬高校始まって以来の出来が良くない生徒たちとも言われていた。合格 数では昨年のような結果は望むべくもなかったが、幸いにも東大志望の稲村建(いなむらたける)君という優秀な生徒がいる。何とか稲村君を東大合格に導いて インパクトを与えたい、そう思った。東大合格者が出れば、相馬市にとって明るいニュースになるはず。結果は見事合格! 相馬高校からは12年振り、戦後3 人目の東大現役合格の快挙だった!!さらに良い意味で予想に反して国公立大に32名合格、過去12年間で4番目の合格実績!まさに受験は個人戦であると同 時に団体戦である!!

3年目の今年は思うところあり「偏差値70突破するように授業展開する!!」と生徒たちに宣言し、相馬高校に頻繁に足を運ばせていただいた。夏休みには 90分の授業を22コマ行った。今年になってからの授業を加えれば難関国公立大に合格するのに量質共に十分な授業を8月17日までに完了したことになる。 既に結果が出始めており、200点満点の模擬試験で80点程の得点だった生徒が、同タイプの模擬試験で連続して150点以上取れるようになったとか、東大 を目指す生徒が東大の過去問を使って私が講義した日の夜に、先輩の稲村君に嬉しくなるような宣言をしたとのことだった。

私としては生徒たちに教えるべきことは教えた、いわばボールを投げたという感じである。言うまでもなく「教育」とは「教え育む」だが、「育」という字は 「子供が肉を食べて成長するのを見守る、の意味である」と教職の授業で習った(教員免許は数学)。今まさに「教える」から「見守る」へと段階を経たと感じ ている。生徒たちからどのようなボールが返ってくるのか、楽しみにしている。来春も相馬高校に関わった方々で祝杯をあげ、勝利の美酒を味わいたいものであ る。

●福島の高校生が感じる教育問題から教育問題を考える
稲村 建

今年の福島県からの東大合格者は11名だった。これは全国的に見て非常に低い値である。また、同じ旧七帝大の一つである東北大学への進学を見ても、東北六 県の中で福島県からの進学は極端に少ない。東日本大震災以降、福島県の浜通りを中心に多くの学生が恵まれない環境で勉学に励んでおり、そのような学生に対 する支援の活動も行われている。私自身もそのような支援活動へ参加をしているが、その中で見えてきたのは、「自分たちは都会の高校生よりも劣っている」と いう思い込みに似た意識だった。事実として存在する環境上の不利に上乗せするように、そのような意識が彼らの不利を強めてしまっているのではないだろう か。

ここで私自身のことを顧みると、上記のような意識を強く持っていたことが思い出される。私は福島県立相馬高等学校の理数科に進学し、入学当初から東北大学 の理学部へ進学しようと考えていた。これは、小さい頃から父親に「東北大に行くといい」と言われていたからで、深く考えることもなく東北大学に行こうと決 めていた。そんな中クラスの友人にしばしば「東大に行こうと思わないのか」と言われていたのだが、それでも私が東北大学にこだわったのは、「東大は都会の 人間が行くような大学だから自分が行けるはずがない」と勝手に決めつけていたからだ。そんな思い込みが解かれたのは東日本大震災後のことで、東京大学によ る被災地支援で東大が相馬高校に歩み寄ってくださり、私自身が東大というものを直視するようになったからである。

卒業後も足しげく相馬高校に通い後輩たちと接する中で、多くの相馬高校生が似たような考えを抱いているのではないかと思うようになった。「自分たち田舎の 高校生は都会の高校生よりも劣っている」というような負の意識を払拭しなければ、いや、払拭できる環境を作らなければ、福島県の教育は低水準で止まってし まうことだろう。

●震災後の福島県における教育の取り組みについて
遠藤 直哉

震災と原発事故によって、福島県から一万人以上の子どもたちが県外へ避難した。
私が勤務する高校のある福島市でも、人口流出こそ止まったものの、現在でも多くの子どもたちが戻ってきていない。

この震災によって失ったものは多いが、得たものも多い。私自身、避難所の運営、津波の被災地への訪問、そして福島復興をテーマにした教育を通して、多くの知識と経験、そして人脈と協力を得た。そのような中で、人生観も教育観も大きく変わった。

しかし、震災と原発事故を正確に理解している子どもたちは非常に少ない。福島高校の生徒でさえ、福島第一原発の何号炉が爆発し、何号炉でメルトダウンが起き、なぜ未だに冷却し続けなければならないのか、それを知る生徒は一割もいないのが現状だ。
この知識のなさと風化には危機感を感じている。このままでは、福島の復興に関わる人材の育成ができない。

そこで始めたのが、大学・企業・行政の力を借りて行っている事業「高校生による福島復興プロジェクト」である。生徒を被災地に連れて行き、被災者の話を聞 かせ、必死で地元を復興させようと努力している人を見せ、それでも解決できない深い問題があることを学ばせた。その上で、何ができるのかを考えさせ、企画 立案から実現までをすべて生徒に任せるのだ。内容は多岐に渡り、地元温泉の復興企画や日中友好をこの福島の地で実践する企画、9割も落ち込んだ教育旅行を 誘致する企画等々、これらすべてが実現へ向けて動いている。行動までを目指して事業を組み立ててきたが、想像を遥かに超える成果を生徒たちは残してくれて いる。

誰かが福島の閉塞感を変えてくれる、震災を経験した福島の子どもたちは福島の問題に向き合い主体的に行動するようになる、それは幻想である。子どもたちが 福島の現状を理解し、主体的に行動する人間に育つためには、大人たちの見えざる手の存在が不可欠なのである。その努力を私たち大人が怠った時、福島は内部 から崩壊すると思っている。これからの福島をどうするのか。
福島の教育は今、大きな課題を突きつけられている。

●相馬での実験
松浦 三郎

1980年代、臨教審が示した学校改革案が30年後の今日動いている。この間、高度情報化が進み、多様な学習ツールが開発され進化し続けている。高等教育 でのオンライン教育、スガタ・ミトラの実験、カーンアカデミーの展開など。学校教育は大きな転換期に差し掛かっているようだ。

2013年5月、生徒が主体的に学ぶをテーマに相馬高校での実験が始まった。

2006年秋、開成中高と一燈園中高の教師が意気投合した。東大合格者数日本一、人間教育日本一と称される学校の出会いだ。
夏期学校「大愚塾・夏安居」の企画が提案された。講師への授業奉仕の呼びかけに、「生徒のみなさんとの出会いの中で、一燈園の教育環境は〈何のために学ぶ のか!〉〈何のために生きるのか!〉という命題にも引き合わせてくれるでしょう」と記されている。2007年から始まった夏期学校は島根や札幌などにも広 がり、この夏は6カ所、延べ90名程の講師が関わった。生徒対象に講演や授業奉仕をさせてもらっているのだが、大きな成果を手にしているのは実は講師自身 のようだ。新しい出会いによって、講師間ネットワークが生まれ、日常的な情報交流の場が育ってきている。

この経験が相馬高校での授業奉仕に繋がり、土曜特別講座(年間10回・高1対象)となった。相馬高校での実験は生徒が自らの意志で講座を選択し、講座担当 講師は全国から集い、多様な学習の場を共につくり出そうという試みだ。この講座展開には次の点を意識した。1)Teachingモデルから Learningモデルへ、、2)個人的学習から仲間との協調的学習へ、3)知識獲得偏重から知識運用重視へ。何より生徒自身が学習の面白さに気づいてく れることだ。この講座は現在進行中だが、生徒のアンケートを見ると5段階評価で〈とても良い〉&〈良い〉が96.5%に達している。講座を受講した生徒数 は計115名。今後の課題は(1)講座の認知度をあげ、生徒の参加をさらに促す。(2)講師数を増やし、多様な講座を開講する。(3)相馬の教師と講師と の情報ネットワークを構築するなどが思い浮かぶ。

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