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Vol.269 時代錯誤の「日本医師会綱領」

医療ガバナンス学会 (2013年10月29日 06:00)


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健保連大阪中央病院顧問
平岡 諦
2013年10月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

これまで論じてきた日本医師会(日医)の医の倫理の問題点を一冊の本にまとめることができました。『医師が「患者の人権を尊重する」のは時代遅れで世界の 非常識;日本の医の倫理の欠点、その歴史的背景』(ロハス・メディカル、2013.7発行)です。出版直前の6月27日、日医は『日本医師会綱領』を発表 しました。これまでの医の倫理は「個々の医師としてのあり方」を示し、この綱領は「医師会としてのあり方」を示すという位置づけのようです。横倉義武・会 長が就任時(2012.4)に掲げた目標は「国民と共に歩む専門家集団としての医師会」です。その「あり方」を具体化したものと言えるでしょう。公益社団 法人に移行した日医が、移行後初めての理事会で定めた綱領です。
拙著で指摘したことは、これまでの日医の医の倫理が「時代遅れで世界の非常識」であること、そのために現在の医療問題である医療不信・医療崩壊をもたらし ていることです。残念ながらこの度の綱領も「時代遅れで世界の非常識」です。だから医療不信を解消できるとは考えられません。横倉会長がいくら頑張っても 「国民とともに歩む」ことは出来ないでしょう。これが結論です。

(1)『日本医師会綱領』について
『日本医師会綱領』の前文を示します。

■日本医師会は、医師としての高い倫理観と使命感を基礎に、人間の尊厳が大切にされる社会の実現を目指します。■

時代錯誤も甚だしい前文です。時代にマッチした綱領とするには、次のように言い換える必要があります。

■日本医師会は、医師としての高い倫理観と使命感を礎に、人間の尊厳に敬意を払い、患者の人権を擁護します。■

両者を見比べながら以下を読んでください。
「医師としての高い倫理観と使命感を持つ」ことは「個々の医師としてのあり方」の一般論としてまったく申し分ありません。一方、「人間の尊厳が大切にされ る社会の実現を目指す」という「医師会としてのあり方」は、(戦前ならまだしも)現在の日本においてはナンセンスです。なぜなら日本国憲法第三章、および 国連憲章・世界人権宣言で謳われているように、現在の日本(だけでなく世界のほとんどの国)はすでに「人間の尊厳が大切にされている社会」です。「大切に されている社会」だからこそ、それが傷つけられた時には人権問題・人権侵害事件となるのです。「大切にされている社会」において「大切にされる社会の実現 を目指す」と宣言することはナンセンス以外の何ものでもありません。時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ません。この綱領を考え、またそれを採択した日医の 人たちの、人間の尊厳についての考えが時代錯誤に陥っているのでしょう。
患者という状態の人間にとって、人間の尊厳が傷つけられるということは「患者の人権」が侵害されるということです(「人間の尊厳」と「患者の人権」との関 係については拙著参考)。「人間の尊厳が大切にされている社会」である現在の日本では、「患者の人権を擁護する」ことが大事になります。これまでの日医の 医の倫理は「患者の人権を尊重する」だけに留まっています。すなわち「時代遅れで世界の非常識」となっているのです。
患者の人権侵害に関しては、とくに次に述べる「医療の社会化」を考える必要があります。「医療の社会化」によって、第三者が引き起こす患者の人権問題・人 権侵害から「患者の人権を擁護する」ことが大事になっています。そのための医師集団(医師会)の「あり方」が求められているのです。残念ながら日医の考え 方、それによって決まってくる日医の「あり方」が「時代遅れで世界の非常識」であるために、現在の日本の医療問題を解決できないのです。

(2)「医療の社会化」について
たとえば、ドイツ・ナチス政権下で起きたホロコーストがあります。ここで起きた「医師による、患者への人権侵害」は、法や命令によって、すなわち「合法」 で行われました。法という国の意向が(法が非人道的であったため)、医師を介して、患者の人権問題をひき起こしたことになります。一般的な言いかたをする と、第三者(国や製薬企業など)の意向が、医師を介して、患者に大きな影響(患者への人権侵害)を与えるほどに、医療が社会的になってきたということで す。これが「医療の社会化」です。
世界医師会(WMA)は『WMA Medical Ethics Manual 2005』(p.65) で次のように表現しています(日本訳は日医発行の『WMA 医の倫理マニュアル』より)。

■Medicine is today, more than ever before, a social rather than a strictly individual activity.;今日の医療は、かつてないほど、厳密に個人的というよりも、社会的な活動となっています。(中略)The Hippocratic tradition of medical ethics has little guidance to offer with regard to relationships with society. To supplement this tradition, present-day medical ethics addresses the issues that arise beyond the individual patient-physician relationship and provides criteria and processes for dealing with these issues.:ヒポクラテスの誓いなどの伝統的な医の倫理は、社会との関係については、ほとんど参考になりません。この伝統的倫理を補完するために、今 日の医の倫理は、個々の患者・医師関係を超えて生じる問題に焦点を当て、これらの問題に対処するための基準と手順を示しています。■

「医療の社会化」に対応するために、WMAは「患者の人権を擁護する」ための医の倫理を形成してきました。まず、ジュネーブ宣言(1948)(特に第 9,10項が重要)、医の国際倫理綱領(1949)で「患者の人権を擁護するための、個々の医師としてのあり方」を示しました。しかし、第三者(国や製薬 企業など)の意向が強いと個々の医師の力だけでは「患者の人権を擁護する」ことは困難です。医師集団(医師会)としてバックアップする必要があります。そ のような「医師集団(医師会)としてのあり方」を示したのがマドリッド宣言(2009)です。「患者の人権」の具体的な内容を示すリスボン宣言 (1981)を含めて、WMAはこれらで「医学・医療全般における倫理原則」を示したことになります。WMAは各国医師会にこれらの受け入れを推奨し、多 くの国が受け入れています。しかし残念ながら、つぎに述べるように日医は受け入れていません。これまでの日医の医の倫理は「医療の社会化」に対応できてい ない医の倫理という事になります。日医が受け入れない理由、そのために起きている医療問題の構造については拙著を参照してください。

(3)これまでの日医の医の倫理について
これまでの日医の医の倫理は『医の倫理綱領』(平成12年4月)および『医師の職業倫理指針』(平成20年6月改定)です。その中の患者の人権の扱いはつぎのようになっています。
■『医の倫理綱領』:医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し(以下略)。『医師の職業倫理指針』:その倫理は、1)患者の自立(autonomy)の尊重(中略)を基本にし(以下略)。■

これまでの日医の医の倫理は「患者の人権を尊重する」と言っていることになります。これでは、WMAが形成してきた「患者の人権を擁護する」ための医の倫 理を受け入れていないことになります。なぜなら「尊重する」と「擁護する」には決定的な違いがあるからです。「擁護する」には医師・患者・第三者の関係が 示されています。しかし、「尊重する」には医師・患者の関係しか示されていないのです。「患者の人権(自己決定)を尊重する」だけでは「時には、第三者の 意向を優先する」ことにもなるからです。
これまでの日医の医の倫理は「医療の社会化」に対応できていないという事になります。そのために、「医療の社会化」による「患者の人権問題」が起きてきま した。その典型例が、ハンセン病患者の「要らぬ長期隔離政策」です。国の意向が、国会証言までした専門医師たちを介して、「患者の人権問題」となったので す。日医はこの「患者の人権問題」に対応しません、できませんでした。その結果が医療不信に繋がるのです。
「患者の人権を尊重する」だけのこれまでの日医の医の倫理は、「人間の尊厳(患者の人権)を大切にしていない」医の倫理という事になります。『日本医師会 綱領』の前文が「人間の尊厳が大切にされる社会の実現を目指す」となったのも、時代錯誤の甚だしい日医の考え方が背景にあるからなのでしょう。

(4)もう一度、『日本医師会綱領』について
上述の前文に続き、以下の項目が挙げられています。

■1.日本医師会は、国民の生涯にわたる健康で文化的な明るい生活を支えます。2.日本医師会は、国民とともに、安全・安心な医療提供体制を築きます。 3.日本医師会は、医学・医療の発展と質の向上に寄与します。4.日本医師会は、国民の連帯と支え合いに基づく国民皆保険制度を守ります。以上、誠実に実 行することを約束します。■

前文から予想されるように、ここには「第三者による患者の人権問題」への対応が含まれていません。『日本医師会綱領』は、これまでの日本医師会の医の倫理 と同様に、WMAの示す「患者の人権を擁護するための医師会としてのあり方」にはなっていないのです。したがって「医療の社会化」によって生じる医療問題 は今後も生じるでしょうし、日医はそれに対応ができず、医療不信は解消しないでしょう。「医師としての高い倫理観と使命感を礎に」、現場の医師は誠実に働 いているのです。それでも医療不信が消えないのは「時代遅れで世界の非常識」である考えを日医が変えないからです。
医療再生(医師にとっては医術の実施が喜びであり、患者にとってはそのような医師から受ける医療に納得・満足でき、その医師を信用できる、そのような医療 への再生)のために、WMAの「患者の人権を擁護する」ための医の倫理を、日医が少しでも早く受け入れることを願っています。そのためには、『日本医師会 綱領』の前文を次のように変更すれば良いのです。そうすればジュネーブ宣言の第9,10項を取り入れたことになります。

■日本医師会は、人間の尊厳に敬意を払い、患者の人権を擁護する、そのような会員医師を支援・擁護します。■

「医師としての高い倫理観と使命感」とは、すなわち「人間の尊厳に敬意を払い、患者の人権を擁護する」ことですから、綱領から省くことになります。「人間 の尊厳に敬意を払う」ことが次に示すジュネーブ宣言の第9項に、「患者の人権を擁護する」ことが同第10項に相当します。
I WILL MAINTAIN the utmost respect for human life.;私は、人命に対し最大限の敬意を払い続ける。
I WILL NOT USE my medical knowledge to violate human rights and civil liberties, even under threat.;私は、たとえ脅迫があろうとも、人権や国民の自由を犯すために自分の医学的知識を利用することはしない。

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