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Vol.277 「学歴エリートは暴走する」止まらない厚労省の暴走

医療ガバナンス学会 (2013年11月8日 06:00)


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医療事故調の法制化 この国にガバナンスはあるのか

坂根Mクリニック
坂根 みち子
2013年11月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


医療事故への対応が何年にもわたり議論されてきた。医療現場で何が起こったか知りたいと思う遺族に対して、裁判では答えが出ないどころか双方に深い傷を残 して終わることが多かった。そこで裁判ではない方法も含めあらゆる解決法が模索されてきた。ところがいよいよ大詰めを迎えた最終案を見て驚愕した。いつの 間にか多大な予算と人と時間を必要とする「火事場の焼け太り」のような制度が作られようとしていたのである。しかも裁判を誘発するような時限爆弾も仕込ま れていた。いったいこれは何のため、だれのための制度なのだろうか。

まず現在の日本での死の扱いを知ってほしい。
日本は先進国でまれに見る死因不明社会である。
今日本で人が亡くなると:亡くなった場所が医療機関だったら問題にならない。病院外でもかかりつけ医がいて予想された死の場合は、その死から24時間以上経っていても死亡診断書が作成される。それ以外の死はすべて検死の対象となる。
問題はこの先である。今の法律では検死の結果「外表に」(ここが肝心)異常がある場合は、異常死として24時間以内に警察に届けなければいけない(医師法 21条)。ということは体の表面に異常がない場合は、異常死として届け出るかどうかは検死した人の胸先三寸というお寒い状態にある。体の表面に異常がなく ても犯罪が絡んでいる死は容易に想像できるだろう。日本での総死亡に対する解剖率はたった2~3%である。いま日本は多死社会に突入し、今後毎年何十万人 の人は病院や施設で死を迎えることができなくなることが予想されている。したがって、何処で亡くなろうが予期せぬ死を拾い上げ死因を究明することは大変重 要なことである。これが死因究明の土台部分である。

ところがその部分については制度を整えることなく、診療に関する死に関してだけ「予期せぬ死を全例届けさせて」死因の究明と再発防止を法制化するという。これが今後国会で審議される予定の医療事故調査法制化案である。
同制度は、診療行為に関連した予期しない死亡事例が発生した際、
・全医療機関に院内調査と被害者への説明を義務付ける。
・第三者機関(民間)を新設し、再発防止と原因究明を目的に全例を報告させる。
・院内調査には専門の第三者の参加を原則とする
というものである。
厚労省の事故調検討部会に医師側委員として参加した秋田労災病院内科 中澤 堅次氏は、「高齢化が進む日本では、病気と死の間はさらに狭くなり、技術の進歩とともに今までにないリスクを産んでいる。病気による死亡と、医療が関わる 死は、渾然一体となって判別することは難しい。過誤と死との因果関係は、よほど明らかなものを除けば大部分ははっきりしないグレーゾーンに属する。どんな 専門家が関わってもこの事実は変わらない」1)と述べている。医療に携わる者からすると腑に落ちる常識的な感覚であるが一般の方にはこれが伝わるだろう か。以前90歳の方が肺炎で死亡したことで遺族が病院を訴えた事例や高齢者が転倒して骨折、死亡したために家族が施設を訴えた例があったが、自宅で起これ ば受け入れられることでも、病院で起こると「予期せぬけしからん事故だ」ということで訴えられることもある。ちなみに福祉先進国スウェーデンでは高齢者が 亡くなることはどんな理由であれ当然のことであり、高度な医療を安価で提供する制度を継続させるためにはこういった事例に慰謝料が支払われることがないと いう。つまり制度設計の入り口の「予期せぬ死」の定義からして、医療者と遺族・法曹界のみならず、他国と比べても大きな認識の違いがある。

医療機関での死については医療関係者による犯罪が関与するものはまずない。従って不幸にして起こった医療事故への対応となる。これには医療者による「迅速 で」丁寧な対応が不可欠である。医学会が中心となって、H17年度より診療行為に関する死因究明のためのモデル事業が実施されたが、年20件ほどの取り扱 いで、報告書が出るまでに1件平均10カ月、1件当たり95万円の費用がかかったが遺族の満足度が満たされたとは言い難い。現在もこの事業は国(日本医療 安全調査機構)に引き継がれているが、年1億2年万円もの予算をかけて、年間20例から30例の事例に対応しているに過ぎない。どう考えても予期せぬ死亡 全例対応は不可能である。
それならば、まず犯罪の関与の可能性のある死を見逃さない制度の構築が優先であろう。そして医療事故に対しては、死亡事故だけでなく障害が残った事例も含 めて当事者が迅速に対応するフットワークの良い組織作りの提案が多くあり、そちらで対応したほうが迅速性や予算の問題だけでなく利用者の満足度もあがる。 法制化や重い組織は要らない。

死因不明社会の対応については、東京や大阪等の大都市5か所では、「死因の明らかでない死体について、その死因を明らかにするため監察医を置き解剖させる ことができる」という監察医制度があるが、それ以外のところでは一般の医師が検死をし、外表異常がある場合と犯罪が明らかである場合を除いて、解剖するに は家族の承諾が要るのだ。例えば虐待が疑われる子供の死でも、監察医制度のある地域以外では、見た目に異常がなければ親の承諾がなければ解剖できないが、 虐待した親が承諾するだろうか。
すべての死体を解剖するのは、事実上人的資材も予算も圧倒的に足りず不可能である。法医学者は全国に1500人程度しかおらず、ほとんどの解剖は大病院の 病理医が担っているが、その病理医も2000人程度で日常臨床の病理診断だけでもすでに全く足りていない。しかも解剖されたからといって、死因が特定され るわけではない。
作家で医師の海堂尊氏は以前から死後CTやMRI等の画像診断(Ai)を用いて死因のスクリーニングを行い、不明な場合は解剖するという2段階の死因究明 制度の構築を訴えており、厚労省の検討会でも2年も前にAiの活用を推進するよう答申、特に死因不明の小児の死亡に関してはまず全例画像診断を勧めてい る。日本は医師数では先進国最低でも、CTとMRIの数では断トツ世界1なのである。これを使わない手はないが、厚労省は遅々としてこれを進めてこなかっ た。亡くなってから病院に搬送されてきた人の死因を究明するのに医療保険は使えない。家族の了解を得て数万円の費用を払っていただいてAiを施行するか、 病院の持ち出しである。システムとして成り立っていない。
つまり、死因不明社会の改善が急務であり、必要な死因の究明は遺族の承諾なく出来るようすること、限られた人と予算の中では、Aiを活用することが理に適っていることがわかる。
ところが、である。世の中に死因がわからないままの死が多数存在するというのに、厚労省は何を血迷ったか診療に関する死に関してだけ「予期せぬ死を全例届 けさせて」再発防止と原因究明のために報告書を作り、しかもその報告書を死因について納得しない遺族が裁判の資料として使う可能性も否定しないという。
医療関係者は、事故の再発防止を目的とする制度作りのためにはWHOのガイドラインドラフトにあるように、非懲罰(Non-punitive):報告者や 関係者が報告の結果処罰を受ける恐れを持たないようにすべきであると再三訴えてきた。これは再発防止を目的とする場合の世界の常識であり、航空事故 鉄道 事故どこの分野でも安全なシステムを構築する場合の普遍的な考え方である。
また、同じくWHOガイドラインドラフトでは
・監督官庁や司法機関などから独立(Independent):報告制度は処罰権限を持つ当局から独立していなければならない→厚労省からの独立した機関であること
・迅速な対応(Timely):報告は即座に分析され、勧告は迅速に関係機関に周知されなければならない。
・Systems-oriented:勧告は個人の能力ではなく、システム、プロセス、最終結果がどのように変えられるかに焦点をあてるべき→事故はシステムエラーとして考えるべきで、一個人の問題として原因究明してはいけないこと
がうたわれているが、現在の案ではこれらが担保されていない。

国が滅びても医療は残る。犯罪目的ではない医療事故で医療者が処罰されないことは、次の世代に残すためのシステムとして考えた場合どう考えても譲れない一線なのである。
だが厚労省はどうしても医師に対する懲罰的な組織を作りたいらしく、政権が代わり、組織が代わり、人が代わり、医療者側も何度も瀬戸際で押し返したが、最 終的に当初の厚労省の意向通りに原因究明が制度の目的に盛り込まれた。しかも医療者にとっての予期せぬ死だけでなく遺族にとっての予期せぬ死も含め全例の 報告が法律によって義務づけられ、報告書が裁判に使われる可能性も残された。これを強力に推し進めた委員を選んだのは厚労省である。委員会の人選には必ず 省の意向が反映され自分たちの意図する方向に誘導するための人選をする。

なぜ厚労省はここまで頑ななのだろうか。なぜ私たち医療者は、本来なら自分たちをバックアップしてくれるはずの組織とこれだけエネルギーを費やして戦わなければいけないのだろうか。
東大教授の安富氏は、官公庁に入った東大出身の「学歴エリート」は、空気を読む能力に優れ、気の利く事務屋としてその能力をフルに発揮し、立場に忠実な下 僕として暴走すると著書2)で述べているが、今厚労省がやっていることは、メディアと世間の雰囲気を読み、財務省の意向をくみ、今ある組織(診療行為に関 連した死因の調査分析モデル事業実施主体である日本医療安全調査機構)の存続を目指すことが主眼で、医療の未来を考えているとはとても思えない。

医療者側にも、良心的に医療を提供し真摯に対応すれば刑事訴訟になることはあまりないはずとか、報告書が謙抑的に使われるはず等と言っている方もいるが、 そんな甘い判断で後世に禍根を残す制度を作ってはいけない。制度設計当初の雰囲気が伝わるのはそのシステムを作った経緯を知っている時代だけであとは制度 が独り歩きする。自分たちの世代で起きたことはその時代の中でけりをつけなければいけない。

医療環境は年々厳しさを増している。私たち臨床医が監督官庁からのいわれなき圧政から解放され医療に専念できる日はいつか。厚労官僚と政治家の方々には、 医療者の悲鳴が届かないのだろうか。願わくは、法制化する前に今一度この制度の問題点をよく考えて審議して頂くことを切に願う。

<参考>
1)医療事故調査法制化に向けての準備(2) 院内調査とはどのようなものか 中澤 堅次 2013年8月21日 MRIC http://medg.jp
2)「学歴エリート」は暴走する 安富 歩 講談社

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