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Vol.279 医療安全活動資料の非開示を院内規則に補充

医療ガバナンス学会 (2013年11月12日 06:00)


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この原稿は月刊集中10月末日発売号より転載です。

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2013年11月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1. アメリカの「患者安全と質改善法」
アメリカでは「患者安全と質改善法2005」(PATIENT SAFETY AND QUALITY IMPROVEMENT ACT OF 2005)という法律が2005年に制定された。「患者安全活動資料は、機密特権を与えられ、連邦、州、もしくは地方政府による民事訴訟、刑事訴訟、行政 訴訟、もしくは行政審判手続上における証拠とすることを認めない。医療機関に対するこのような手続においても同様である。」「患者安全活動資料は秘匿性を 有し、開示されない。」(注・下線は筆者)というものである。日本では「医療安全」といい海外ではおおむね「患者安全」というが、違いはない。つまり、ア メリカでは、医療安全活動資料は、訴訟使用禁止(証拠制限)であり、非開示(秘匿)である。
残念ながら、日本では盛んに医療安全推進とか再発防止とかいいながらも、医療安全活動資料を法律を制定してでも守ろうという動きはない。本来ならば、厚労 省医政局総務課の医療安全推進室が音頭をとって立法すべきところであろう。しかし、そういう気配は全くなく、むしろ否定的でさえある。

2. WHOのガイドライン
活動資料の訴訟使用禁止と非開示は、アメリカだけではない。世界標準としても、WHOドラフトガイドラインがある(患者安全のための世界同盟 有 害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン 情報分析から実のある行動へ 監訳・一般社団法人日本救急医学会と中島和江。へるす出 版)。
「患者安全に関する報告システムとして成功するものは、次の特性を備えています。
・報告することが、『報告する個々人にとって安全』でなければなりません。」
「『非懲罰性』
患者安全に関する報告システムが成功する上でもっとも重要な特性は、そのシステムが『懲罰を伴ってはならない』ことです。報告者とその事例にかかわった他の人々のいずれについても、『報告したために罰せられることがあってはなりません。』」
「『秘匿性』
患者と報告者の身元は、いかなる第三者にも『決して洩らされてはなりません。』医療機関のレベルにおいては、訴訟で使われ得るような公開される情報は作成しないことで秘匿性を保ちます。」(注・『』は筆者)
残念ながら、厚労省医政局の総務課は、これに対しても、「ドラフト(草案)であってルール(規則)ではない」などとして採り入れようとはしない。しかし、 自ら積極的に採り入れようとはしないけれども、医療機関が自主的に院内でルール化(規則化)することまでは否定していないようである。

3. 医療安全情報非開示規則とは
訴訟使用禁止規則とは、医療安全推進のための諸活動の資料・記録(医療安全担当者の証言も含む。)を、患者や家族にも開示せず、また、民事訴訟での使用・利用を禁止することを定める院内規則をいう。医療安全情報非開示規則といってもよい。
インシデントレポート、アクシデントレポート、医療安全管理委員会議事録、院内医療事故調査委員会議事録、院内医療事故調査報告書、院外医療事故調査委員 会作成の議事録や医療事故調査報告書、その他の医療安全推進のための各種資料や記録の全部または一部を、患者やその家族も含めて院外への開示を禁止し、ま た、民事訴訟での証拠としての使用・利用を禁止する法律効果を持つ。医療安全管理の担当者が証人として法廷に呼び出されるのも阻止する。
証拠保全手続での証拠保全決定や文書提示命令の発令を防ぎ、民事訴訟手続での文書提出命令や医療安全管理担当者の証人採用決定の発令も防ぐ。

4. ドイツと日本での証拠制限契約としての承認
訴訟使用禁止規則とか医療安全情報非開示規則とか呼ばれるものは、一般の法律用語では「証拠制限契約」という。たとえば、ドイツでは一般に証拠制限契約の有効性が、判例・学説で承認されている。そのドイツ法を継受した日本の民事訴訟法学においても、同じといってよい。
たとえば、東大法学部の民事訴訟法の歴代の教授らは一様に、その有効性を認めてきた。「証拠方法契約(証拠制限契約)の有効性は、弁論主義の修正としてど の程度までの職権証拠調べが認められるかによって制約されてくる面があることは否定できないが、一般的にはこれを有効として差しつかえあるまい。」(三ケ 月章「民事訴訟法」弘文堂・第3版〔1992年〕439頁)、「証拠制限契約に反する証拠方法の申出は、証拠能力に欠けるものとして却下される。」(伊藤 眞「民事訴訟法」有斐閣・第4版〔2011年〕350頁)などとして、証拠制限契約の有効性を認めていたのである。もちろん、新堂幸司教授、高橋宏志教 授、そして、兼子一教授も同じであった(それぞれの著書を参照)。

5. 医療安全情報非開示規則のモデル文例
以上のとおり、アメリカ・WHO・ドイツ、そして日本の民事訴訟法学のいずれにおいても、その有益性と有効性が承認されている。そこで、各医療機関において早速、医療安全情報非開示条項を、それぞれの院内規則の中に1項目だけ、どこかに補充すべきであると思う。
最後に、筆者の私案ではあるが、そのモデル文例を示すので参考にされたい。
<医療安全情報非開示条項(モデル文例私案)>
「医療安全管理委員会(院内医療事故調査委員会も含む。以下同じ)の収集情報・調査・議論等の一切(医療安全担当者の供述も含む。以下「医療安全活動資 料」という)は、専ら医療安全推進を目的とし、いずれも本院内部のためだけのものであり、医療安全推進の目的で連携する院外医療事故調査委員会その他の第 三者機関の医療安全活動資料も同じく本院内部のためだけのものとなり、いずれも患者とその家族も含め本院の外部に開示してはならず、本院も患者とその家族 も民事訴訟法第2編第4章に定める証拠とすることができない。」

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