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Vol.19 大震災が人材を流動化させ、地方を活性化させ始めた

医療ガバナンス学会 (2014年1月27日 06:00)


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世界を渡り歩いた内科医が見た躍動する被災地

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

相馬中央病院内科医
越智 小枝
2014年1月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


いわゆる「田舎」で総称される都会の外の地域において、若者が都会へ流出することが社会問題となっています。しかし一方、都会にいながら田舎へ流出しない都会の若者の意識はあまり取り上げられません。
震災をきっかけに、若者が都会から田舎へ、田舎から都会へと流動するようになりました。これは震災における「正の遺産」の1つなのかもしれません。

●浜通りの高校生の変化
「うちの息子が、『俺は福島で生まれ育ったから、福島県以外の大学で学んでから戻ってくることに意義がある』って言っているんだよ」
先日お話ししたある医師から聞いたお話です。親御さんとしては頭の痛い話かもしれませんが、高校生でありながらこのような視野を持てる息子さんが素晴らしいと思います。
昨年のことになりますが、相馬高校から12年ぶりに現役東京大学合格者が出ました。震災という事件を機に相双地区へ入るようになった塾講師の先生方や東大教授、進学校生徒たちの結んだご縁に依るものが大きかったようです。
一流の教育を受けたから、という見方もありますが、一番大きかった変化は意識の持ち方だと思います。
この学生さんの学力は元々高かったけれども、進学先は東北大学しか考えていなかった、と言います。学問を修めることだけを考えれば、東北大学でもよかった のかもしれません。しかしこのニュースの大事な点は、1人の学生が有名大学に入ったという事実ではなく、関東へ出るという選択肢を考えた、その一事に尽き ると思います。
相馬高校だけを見ても、関東の大学の受験を考える高校生は、徐々に増えているそうです。先日剣道のご縁で知り合ったある学生さんも、関東へ進学する1人です。
「お母さんの経営する幼稚園を手伝いたい」という思いから担任の先生と一緒にインターネットを検索し、神奈川県の大学の子ども未来学科という学科への進学 を決意、見事に合格しました。インターネット社会の影響もありますが、学ぶために外へ出る学生が増えている証拠だと思います。
人口減に悩む相双地区の人々から見れば、これは憂慮すべき事態かもしれません。県外への大学受験者が増えれば、過疎化はさらに進むのではないか。そういう意見も聞かれます。
しかし子供たちはおそらくもっと柔軟です。子ども未来学科に合格した彼女も、「暮らすなら田舎の方がいいです。便利かもしれないけど、人にぶつかりながら 毎日歩くなんて」と、特に都会への過剰な憧れを持っている様子もありませんでした。実際、外へ進学した後に故郷に戻ってくる若者は少なくありません。
むしろ彼女が驚いていたことは、「ここの大学の生徒は自宅から徒歩通学する人が多いらしい」という事実でした。
「子ども未来学科は日本でも唯一の学科。いろいろな地域から来てもおかしくないと思うのに」
ここには、「田舎に流出しようとしない都会人」という、もう1つの像が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

●地元大学に進む医学生たち
O先生の息子さんのように「広い知見を得るため」という理由で地方の医療系大学を目指す東京の高校生はまだまだ少ないでしょう。私自身の経験からもそう思います。
実は、留学前まで私は関東を離れて暮らしたことがありませんでした。それどころか中学・高校・大学・職場まで、ほとんどの期間を御茶ノ水近辺で過ごした超地元民です。
理由は、祖母が私の一人暮らしを嫌がったこと、両親も同じ大学を出ていたこと、特に外に出る理由がなかったこと。ほかの地元進学生と何も変わりません。
私は当時、自分の住んでいる地域が一番便利で情報の集まる日本の中心だ、と思っていました。また同級生も8割以上が関東の出身者であったため、そのことにさほど違和感も覚えませんでした。
都心の生活の方が便利で優れている――。
私と同じ迷信に囚われた都会の子供が視野狭窄に追い込まれている可能性はないでしょうか。地域の人々が視野を広げて地元を飛び出す一方で、都心偏重主義によって関東が「大きな田舎」になってしまわないか。自省も含め、東京出身者として少し心配になります。

●震災という撹拌作用
この視野狭窄を打開するきっかけが、震災にあると感じます。例えば今、相馬市には全国のあちこちから医療系学生が見学にやって来ます。大学の実習では得られない現場感を学べるからです。
先日も滋賀医科大学や北海道大学から学生さんたちが訪れ、相馬中央病院の看護師さんや事務さんにお話を聞いて帰っていきました。仮設住宅や南相馬市立病院も訪問し、もちろんお酒も食事も堪能して帰られたようです。
また私の大学の後輩でもある医学生は、こちらで勤務している若手医師たちに感銘を受けて単独相馬中央病院に乗り込み、3カ月の間こちらに住み込んでホールボディカウンター室でお手伝いをしています。
合間に東海村に見学に行ったり、天体観測をしたり、農家の方々と仲良くなったり、隠れた銘菓を探し当てたり・・・最近の言葉を使えば「リア充」というものだそうで、私などより余程忙しい日々を過ごしているようです。

また、この震災による撹拌作用を着実に利用し、学んでいるのが、私が入るよりずっと前からこちらに勤めている先陣医師たちです。
相馬中央病院にやって来た内科の坪倉正治医師と西川佳孝医師は関西出身、整形外科の石井武彰医師と麻酔科の岩本修一医師は九州出身。皆それぞれにいろいろな地域を転々としてきた人たちだからこそ、そのうえで相馬の魅力を認識しています。
そんな彼らの今の悩みは、自分たちが感じる現地の魅力が外部に伝わらないことです。
「これまで放射線被害の少ないことや避難生活の健康被害について発信してきた。今後は暗い話題でなく、震災の『正の遺産』という側面から今の相馬市の発信をしていきたい」というのが彼らの目下の目標です。
実際に震災の一番辛い時期を体験していないからこそ目をそらさずに震災と向き合うことができ、そこにポジティブなものを発見できる。このように考えることのできる彼らこそ正の遺産ではないかと思います。

●「田舎」の魅力
何がこのような医師や医学生たちを相馬に惹きつけるのでしょうか?
理由は様々ですが、どれも中に居る人にはピンとこないかもしれません。多くの魅力は「外」と比較して初めて分かるものだからです。
私がボストン・ロンドン・ジュネーブを転々とした際に感じたことは、海外の公衆衛生の視点で見た日本は、
「ソーシャルキャピタル(*1)の発達した国」
「キャリアウーマンよりも農村女性の平均寿命の方が高い国」
「塩分をたくさん摂るのに寿命が長い国」
「災害教育もないのに災害対策の発達した国」
という不思議な国だということです。つまり、日本では田舎のコミュニティーの方が、公衆衛生の面ではよほど興味深いということです。これが私がここに来た1つの理由です。

もう1つの魅力には、浜の女性たちのタフさと柔軟さがあります。漁師町の女性たちは、男が漁に出ている間は「家長」です。男性と争うことはあまりしないのですが、長年陸を守っていた歴史があります。
そうした文化のためなのか、病院にも、一国の主のような看護師さんや秘書さんが大勢、病院を守っています。塾の講師や旅館の女主人なんかも同様です。
男性社会で肩ひじを張って生きている者からすれば、風土に培われた彼女たちのたくましさをいつも羨ましいな、と思ってしまいます。女子学生たちが当院の女性陣の元を繰り返し訪問するのも、彼女たちが知らなかった女性像に触れる楽しさがあるからなのでしょう。

*1=ソーシャルキャピタル:人々の協調活動(人づきあい、助け合いなど)は、人・モノ・カネと言われる人的資源・物的資源などに並ぶ、もう1つの資源である、という考え方。

●大切なのは混ざること
そして穿った見方をすれば、東大進学率が低い、ということは、裏を返せば東大に行くだけの地力がある人々が地元にとどまっている、と言い換えることもできます。
このポテンシャルの高い人々が、外から学びに来ている人々に確実に何かを伝えています。例えば生きていくための頭脳、特に楽しく生きていく能力。もしかしたら医学生を惹きつけ、今の相馬市の復興を支えているのはこのような地力を持った方々なのかもしれません。
もちろん誰にとっても田舎が素晴らしい、と言うつもりはありません。また家庭的・経済的・職業上の理由から外へ出られない方々もたくさんいますし、外に出たことがなくても広い視野を持っている方も大勢いらっしゃいます。
それでも東京に出てきた人たちは、東京と故郷を比較して故郷の魅力を初めて学ぶのだろうと思いますし、同様のことを他の地域から福島に出てきた人たちも思うのだと思います。
その結果地元に戻る人も、戻らない人もいるでしょう。動けば動くほど、自分に合った場所を見つける機会は増える。それは福島に住んでいても、東京に住んでいても同じことなのかもしれません。
復興の中で最も重要なのは、人の復興です。しかしインフラとは異なり、人の記憶や傷痕を消し去って震災前と全く同じ状態に戻すことは不可能です。相馬市が 変化すること、相馬市が他の人を変化させること。人の復興とは1つの名詞で終わるものではなく、動詞で語られるべき過程を指すのではないでしょうか。
以前も書かせていただいたのですが、文化は混ざることで発展すると思います。以前ロンドンの人々の話を元に被災地の印象を書かせていただいた時、「ボランティアと観光客を区別しないで受け入れてほしい」ということを書かせていただきました。
今は、「福島と同じ視野を私の地元(東京)の子供たちにも持ってほしい」というものに変化しつつあります。このように私自身、これまでとは違う文化の中で日々変化しています。成長する相馬の高校生に負けないよう、今後も研鑽を積んでいきたいと思います。

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