医療ガバナンス学会 (2014年1月31日 06:00)
※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。
http://jbpress.ismedia.jp/
山形大学大学院医学系研究科准教授
成松 宏人
2014年1月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●山形と「おしん」
おしんは、山形の最上の寒村に生まれ、貧困のために庄内地方の酒田に奉公に出て、様々な経験をしながら成長していく女性の一代記だ。
筆者は山形に住んで4年になるが、あの「おしん」が山形発なのは、実は中国の知人に教えてもらった。おしんが自分で人生を切り拓いていく姿が、急速に発展する社会で同じように頑張っている中国の女性に圧倒的に支持されたそうだ。
●医師のキャリアパス
筆者は医学部の教員であり、学生にキャリアの話をする機会も多いが、医学生にとっておしんのように「自分で人生を切り拓いて」いくようなキャリアを積むの は今でも簡単ではない。一人前の医師になるための「修業期間」が長く、ある程度「決められたレール」を進むことが必要だからだ。
例えば、国家試験に合格して医師になると、まず2年の臨床研修がある。それが終われば、それぞれの専門科(循環器内科や消化器外科など)の研修がある。その途中で、大学院に入学することもある。
これらの教育のほぼ大半は大学医学部の臨床講座(医局)ごとで行われており、専門科と所属する大学医局を決めればほとんど決められたコースでトレーニングを積むことになる。
このシステムはある一定のレベルの医療技術や知識を身につけるためには非常に有効で、筆者もその恩恵にあずかった1人である。ただ、その方法も現代の医療の進歩に合わなくなってきており、最近は様々な改革が行われている。
●本当に大事な能力は?
診療に必要な医療技術や知識を得ることは医師としては必須である。しかし、高い価値を生み出すような医師になるためにはそれだけでは十分ではない。
医学・医療の進歩は速い。キャリア初期で受けた受け身のトレーニングで得た知識や技術は時代遅れになってしまうこともしばしばである。
では、高い価値を生み出し続けるような医師になるにはどのような能力が必要なのか? 筆者は、「自分の頭で考え、主体的に行動する力」だと思う。リーダーシップとも言える。
●「したっぱ」にこそリーダーシップが必要
医学部を卒業して医師免許を手にしたとしても、長い長い下積み生活が続く。先輩や上司の下で、修練を積むが、そこで上の指示を忠実に実行するだけのトレーニングを積んでいては、本当の意味で成長することはできないだろう。
現代の医療はチーム医療である(実は医学研究も同様だ)。様々な職種や職位の医療従事者がチームを組んで治療に当たっている。もし、職位が上の医師の指示を受動的に行うだけなら、そのリーダー医師個人の能力以上の成果は出ない。
しかし、研修医だとしても、その立場から患者さんへの治療効果の最大化というチーム共通の目標の達成のために主体的に貢献することで、チーム全体の生産性 を高めることができる。そのためにはチームの構成するメンバー一人ひとりが自分の頭で考えて主体的に動くことが必要である。
例えば、知識や経験は指導医には及ばないにせよ、指導医が得られないような患者さんや他職種の医療従事者からの情報をチーム内で共有するための役割や、逆に患者さんとの医療知識の共有をスムーズにするための役割といった、その立場でしか果たせない貢献もある。
この能力は、自分自身のキャリアパスを考える上で極めて重要だ。「自分の頭で考え、主体的に行動する力」は座学のみでは身につかない。スポーツの練習のように何度もの試行錯誤を繰り返すことで初めて身につく。
医学生に将来の進路について相談を受ける機会も多い。
どこで研修すればいか?
○○科に進もうと思うが将来性はどうか?
○○大学の医局に入りたいのだがどうだろうか?
自分のキャリアを誰かに面倒を見てもらうことで満足できるキャリアを築くことは、医療を巡る環境の変化がますます速くなる今後はますます難しくなるだろう。
医療を巡る環境の変化に惑わされずに満足できるキャリアを築くのに重要なのは、自分のキャリアに「自分の頭で考え、主体的に」向き合えるかどうかだと思う。どこでトレーニングをするかは、キャリアを作る道具に過ぎない。
●つぎの「おしん」はあなただ
医療は間違いなく成長産業である。今後、新しい付加価値やサービスを生み出す余地は非常に大きい。しかし、それは、「先人の真似」から生まれるのではなく、いままでとは違った発想から創造されるものだろう。
「自分の頭で考え、主体的に行動する力」を持つ医療人が1人でも増えれば、医療全体の生産性が上がり、日本を支えるような成長産業へとなるだろう。筆者はこの点は少し楽観的だ。
この文章を書こうと思ったのは、「『自分で考えられない大人』にならないために」(参考1)という、コラムを読んだのがきっかけだ。筆者の粒良夏未氏は看護医療学部の学生で、学生の目線から自分の頭で考えて発信することの重要性を説く。
私の担当している医学部1年生のセミナーでは、最初にリーダーシップ論として本稿のような話をすると多くの新入生たちは目を輝かせ、そのあとの課題に主体的に嬉々として取り組む。
「おしん」は今の時代でも生まれるだろう。そして、その「おしん」たちが日本の医療を光り輝くものにしてくれることを教育に関わる者の端くれとして確信している。
参考1:http://medg.jp/mt/2013/12/vol301.html