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Vol.47 現職が次々落選する福島県が教える”普遍的事実”

医療ガバナンス学会 (2014年2月24日 18:00)


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世界中で起きているリスクコミュニケーション問題に目を向けよう

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

相馬中央病院内科医
越智 小枝
2014年2月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


さる12月22日、福島県相馬市で市長選挙が行われました。当初の予測に反し、現職がわずか200票差の僅差で辛勝するという事態に、関係者は皆呆然とされていました。現在の被災地における政府コミュニケーションの難しさを実感する出来事でした。
実は相馬市長選の前、福島県では6市で連続現職が敗退するという「現職落選ドミノ」現象が起きていました。これは対抗馬と現職の争い、というより、住民の現状への不満が噴出した結果だと思われます。

●東日本大震災から1か月、各地で黙とう
「政府」という集団に対する不満は、福島に限ったことではありません。2011年6月に15歳以上の男女1200人に対し行われたアンケートでは、「災害時における情報源として最も信頼できないもの」につき、59.2%が「政府・省庁」であると答えています(*1)。
2010年の同じ調査ではこのように答えた人が22.7%でしかなかったことを考えると、福島第一原発事故が国民の政治不信に与えた影響の大きさがうかがえます。
この事態を傍観し、批判することは容易です。しかし人災であれ天災であれ、災害がある限り、私たちは何かを学ばなくてはいけないと思います。ではこの事件から私たちは何を学ぶことができるのでしょうか。

●福島におけるクライシスコミュニケーション
2011年3月11日15時27分、高さ15メートルの津波が福島第一原子力発電所に押し寄せた結果、1~3号機で電源が断たれ(4~6号機は定期点検 中)、緊急炉心冷却装置は機能を完全に停止しました。19時30分に東京電力(TEPCO)は「メルトダウンの恐れあり」との報告を政府へ上申していま す。
12日午前2時には1号機に続き3号機でも非常バッテリーが尽き、4時には炉心が完全に露出。15時36分に1号機、14日11時には3号機が爆発しました。
しかし政府は、3月11日16時55分の時点で「放射能漏れを認めず」と公表した後、沈黙します。19時3分原子力緊急事態宣言が発令されたものの、格納容器には問題がないとの公表を続けました。
3月14日の記者会見においても、炉心の異常があったことを認めたものの、「放射性物質が大量に飛び散っている可能性は低いと認識している」と発表を行いました(*2)。政府が公式にメルトダウンが起きていたことを認めたのは2カ月後の5月になってからのことです。
実際に原発周辺に住まれていた方の中には、12日、14日に、実際に爆発音を聞きながらテレビ画面を見ていた方もいます。
「飛び散っている可能性は低いと言ったって、あの音と煙で信じられるわけがない」
「安全だと言いながら『事情を聞きたい』と言って50キロ圏外まで呼び出されたら、信用できるものもできなくなってしまう」
「『福島に入った』ってアピールした人もいたけど、あれは山の向こうの中通りのことでしょう? こっち(浜通り)には来てないじゃないか」
当事者感の欠如した視察や報道に憤りを覚える発言は、いまだに現地で聞かれます。
クライシスコミュニケーションという点において、福島第一原発の事故後の政府対応が失策であったことは論を俟(ま)ちません。英国BBCはこのような日本 政府のコミュニケーションの失敗につき、日本特有の「盲目的服従、権力者に刃向かわない性質、決まりごとを尊重する風潮、ムラ社会、島国根性」という文化 が根本的な原因だと報道しています(*3)。
しかしこれは本当に日本特有の問題なのでしょうか。

●海外におけるクライシスコミュニケーション
世界の様々な事件において、政府のリスクコミュニケーションの失敗には驚くほどの共通点が見られます。例えば2010年のメキシコ湾原油流出事故においては、事故の数週間前から安全装置のオイル漏れが報告されていたにもかかわらず採掘が続行されたと報道されています。
85日にわたる原油流出が湾岸の漁業・農業へ与えた影響は大きく、今でも湾岸の被災地は失業・健康被害に悩まされています。
また2013年に米国東海岸を直撃したハリケーン・サンディにおいてはハリケーンの当初の進路予測が楽観的であったことにより、ニューヨーク市民、特に病院の避難が遅れ、想定以上の被災者を出しました。
このように過去の歴史を振り返ると、100%の予測が不可能な状況において政府が迅速に対応することは世界各国に共通の課題であるように思えます。私たちは過去の失敗を、声を大にして世界と共有すべきなのではないでしょうか。

●英国の狂牛病事件
上記のように報道した英国でも、東日本大震災の約15年前にヨーロッパを震撼させた英国の狂牛病問題で致命的な失態を演じています。狂牛病事件とは、牛の 脳が侵される牛海綿状脳症(BSE)、いわゆる狂牛病が食肉を介して人にも伝染し、クロイツフェルト‐ヤコブ病という致死性の脳疾患を引き起こし得る、と いう報告がなされた事件です。
最初のBSEの報告は1986年に遡ります。翌87年には狂牛病の原因として家畜の死体を材料にした肉骨粉飼料が同定され、88年に英国政府は補償金を出してBSEに罹患した牛を屠殺することを推奨しました。
しかしこの補償金が損益分の50%でしかなかったため、業者はその後もBSEの存在を隠して牛肉を販売し続け、これは1996年にEUが英国の牛肉輸入禁止令を出すまで続いたといいます。
1996年に人への感染を政府が認めるまでのおよそ10年間にわたり、英国政府は「牛肉を食べることによるリスクは低い」と公表し続けました。英国の牛肉 産業への影響、多額な賠償金の国庫負担への懸念、英国農林水産省の利権などがBSEに関する情報開示を阻んだとも言われますが、詳細は明らかにされていま せん。

●狂牛病事件と福島の類似点
英国の狂牛病事件にまつわる記録を眺めてみると、今回の福島の原発事故には驚くほどの共通点があることが分かります。
第1に、事件の中心となる産業が多大な国益をもたらす産業であったこと。当時の英国において牛肉は重要な輸出産業でした。一方日本において東京電力がもたらす国益に関しては言うまでもありません。
第2に、政府の政策策定に協力した科学者が必ずしも十分な専門知識を持っていなかったこと。BSE報告の翌年に設立された作業部会には実地の研究者は1人 も含まれていなかったといいます。また日本の事件においても原発事故の後、首相官邸に呼ばれた科学者の中には原発設備の専門家は含まれておらず、映像から 原発の状況を判断できる専門家は存在しませんでした。
そして第3に、どちらの事件においても、情報が出揃うまで政府が安全性を強調し続けたことです。政府が安全だと発表すればするほど、現地には「政府に見捨てられた」、という不満が募る結果となりました。

●情報開示は魔法の杖か?
「もっと早くに情報が手に入っていれば・・・」
「最初から線量が示されていれば避難しなかったのに」
原発事故直後の混乱について被災地でお話を伺う時、ほぼすべての方から聞かれる意見です。不十分な準備のまま避難された人々の間では、特にその不満が強いようです。
これは狂牛病事件の後でも同様でした。ある米国研究者は英国政府の対応の中で、
(1)情報が広く共有されなかったこと
(2)最先端の専門家が参加しなかったこと
が失策の原因ではないか、と考察しています(*4)。
しかし前述したメキシコ湾やハリケーン・サンディの事件とも併せ、本質的に似通った事件はどの国においても繰り返されています。情報が十分に透明化され、 曖昧な情報を「科学的」に正しく解析しただけで政府と住民のコミュニケーションは改善する、という推測は少し楽観的すぎるのではないでしょうか。

●「科学的根拠」の落とし穴
科学的根拠に基づく政策(science-based policy)は耳に優しい言葉ですが、実はそこにはいくつもの落とし穴があります。
まず、どのような科学者が信頼できるかという判断は主観的であり、この価値基準は国ごと、あるいは政治家個人によっても大きく異なります。
例えば米国では知識の豊富な専門家が招聘されることが多く、英国ではこれまでの社会貢献度の高い者が御用聞きとなる傾向が高いといいます(*5)。また日本においては、原発事故の参謀が最初首相の人脈のみで構成されたという報告もあります(*6)。
さらに、「信用のおける科学者」を選定した結果、そのグループの利権に不利な研究は発表されない、あるいは行われないという結果が生じます。福島原発の 後、英国のネイチャー誌に掲載が決まっていた「放射性物質の海洋環境への影響」に関する論文が、所属機関長の許可が下りずお蔵入りとなったことは有名な話 です。

●福島のガン発症率は上がるのか、下がるのか?
さらに言えば、情報がすべて開示されたとしても十分な合意形成ができるとは限りません。そこには確率や身体影響は技術さえ十分であれば定量できる、という迷信がいまだ根強く残っていると感じます。
例えば福島において、放射線被曝量だけ測定すれば住民のガン発症率が推定できるのでしょうか?
被災地で現在問題になっているのは、放射能だけではありません。風評被害や避難生活による精神的ストレス、失業や収入減、食生活の変化(魚と野菜の摂取の 低下)、飲酒量の増加・・・被災に伴うすべての状況が発ガンのリスク因子となり得ます。つまり放射線被害によらず被災地のガン発症率は上がる可能性がある のです。
一方で、震災を生き残った方々は、これまで平均よりも体が丈夫、つまり健康な方が多い可能性もあります。その場合には「健康バイアス」がかかり、被災地の住民の健康状態が一見改善し、病気の発症率が下がったかのように見える可能性もあります。
このように曖昧な状況で科学者全員から同意見を得ることは不可能だと言えるでしょう。逆に言えば、その曖昧さの結果、参加者にとって都合の良いデータのみが選択され、「科学的根拠」として公表される可能性もあるのです。

●リスクと文化
政府と呼ばれる組織が共通して抱えるこのような問題を改善するためには、何が必要なのでしょうか。何よりも重要なのは、人々が科学とコミュニケーションについて正しい知見を得ることだと思います。
特に、リスク認識とは万人に共通なものではなく、総合的な判断結果であり文化や歴史の影響を強く受けるという点は留意されなくてはいけません。
例えば、福島原発事故は、同じ原発事故であっても1987年に旧ソ連で発生したチェルノブイリ原発事故とはその背景が大きく異なります。
第1に、日本人にとって放射能とは広島・長崎の原爆や第五福竜丸事件にまつわる即死とのイメージと直結します。相馬地区でも、80歳以上の人々の中に、今回の被曝について非常にネガティブに捉えられる集団があるそうです。
つまり日本では他国よりも放射能に関する冷静なコミュニケーションを取ることは難しかった可能性があります。
第2に、福島原発の事故は大地震と巨大津波によって壊滅的な被害を受けた地域を襲った2次災害でした。既に多くの知己を失い物流と情報網も断たれた被災者にとっては、複合災害のすべての憤りが東京電力と政府へと向かってしまう結果となったのではないでしょうか。
また、複合災害は単独の原発事故以上に市民の間に不公平感を生じさせます。例えば、家を津波に流された家族と家は無事だが放射線から避難した家族が同じ仮 設住宅で生活することにより、「あちらは家が残っている」「あちらは帰る土地がある」という心理的な軋轢を生むことがあるようです。
このように、文化・歴史的背景を踏まえた上で福島のリスクコミュニケーションについて述べている論文・論説は、メディアの報道に比べ驚くほど低いようです。特に政治科学者による発信・解析はわずかしか行われていません(*7)。この背景には、
「政治的判断に関わるのは我々の仕事ではない」
という多くの人の思い込みがあるように感じます。

●「私たち」の役割
今回の原発事故という重大事故において、その責任を未熟な政府、日本文化の欠点、東京電力の利権などに結びつけて批判することは容易なことです。しかしここで議論を止めることは将来に何も生み出さない責任放棄なのだと思います。
狂牛病やハリケーンだけでなく、オゾンホールに対するフロンガス規制や鳥インフルエンザ対策など、将来の展望が不確実な物事に対して政府の迅速な対応が迫られる状況は、決して稀なものではありません。
政府でなくとも、コミュニケーションに関わること、コミュニケーションを改善するための議論をすることは、誰にでもできます。災害大国に生まれてきた者として、私たちには来るべき災害へ向け常に考えていく社会責任があるのではないでしょうか。
人災・天災にかかわらず、すべての災害は万人にとって災厄であると同時に貴重な学びの機会です。私自身も含め、震災の3年間に終わらず学び続けていくことが、震災を正の遺産にするための任務であると思います。

参考文献
(*1) 国の情報、最も信頼できず:災害アンケートで59%.共同通信 2011年8月29日
(*2)http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201103/14_a3.html
(*3)BBC. BBC News Asia. Fukushima report: Key points in nuclear disaster report.
(*4)Janakoff S. Civilization and madness: the great BSE care of 1996.Public Understand Sci 1997;6:221-232.
(*5)朝日新聞特別報道部.プロメテウスの罠.学研パブリシング 2012: p118-212.
(*6)朝日新聞特別報道部.プロメテウスの罠.学研パブリシング 2012: p84-102.
(*7)Svendsen ER. A new perspective on radiation risk communication in Fukushima, Japan. J Natl Inst Public Health 2013;62:196-203.

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