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Vol.46 25年のリーダーたちへ(4) ~知的刺激のある学会を目指して

医療ガバナンス学会 (2014年2月24日 06:00)


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この原稿はキャリアブレイン CBnewsマネジメントより転載です。

http://www.cabrain.net/management/

公益財団法人がん研究会理事
土屋 了介
2014年2月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●学術集会の運営の在り方、総会で学会長に直訴
医学学会では、毎年の学術集会期間の1日目に30分から1時間の学会総会が行われる。最近はNPOなどに法人化される学会があるが、以前は任意団体が多 く、学会の運営は学術集会の前日に行われ評議員会によって決められていた。従って、学会の1日目に行われる総会は、スライドでは見えないような小さな数字 が並ぶ予算や決算の報告、次期副会長などの選出結果の報告(選出は評議員会)が行われ、慣習的に進行されていた。評議員にしてみれば、既に報告内容を知っ ているので出席することはほどんどなく、評議員以外の若手は学会運営に関心がないので、やはり出席する者は少なく、「学会の規約にあるから総会を開かざる を得ない」という状況だった。

1981年10月に札幌で行われた第22回日本肺癌学会も、1日目の午後に総会が行われた。国立がんセンターにスタッフとして戻って3年目の私は、手術や 術前後の管理にも自信も持ち始めて生意気盛りだった。日本肺癌学会が単一の疾患を扱うのに学術発表の会場が3、4か所設けられ、外科の発表会場には外科医 しかいなかった。しかも、そのセクションで発表する関係者ばかりが20人から30人ほど、少ない時には数人という状況だった。招聘した外国人講師の会場は 満員になることもあったが、講演はすでに欧米の雑誌に発表された内容が多く、時には教科書に出ている内容もあった。

学術集会の前夜、国立がんセンター病院レジデントの時に一緒に研修した内科医、外科医、放射線科医、病理医などど故・鈴木明先生を囲んで、「単一疾患の学 会なので、2日間の学術発表の場では少なくとも半日、できれば1日は1つの会場に全会員が集まり、同じ発表を聞いて討論し、何がコンセンサスで、議論の余 地があるのは何かを共有すべきではないか」と、アルコールの勢いと共に熱く議論を交わした。すると、鈴木先生は若手をけしかけるように「酒の勢いで、陰で 文句を言わずに、学会の幹部に向かって直接発言しろ」とおっしゃられた。そこで、議論したことを翌日の総会で発言しようということになり、酒の酔いが一番 顔に出ない私が発言することになった。

その夜、私はホテルに帰ってから明け方まで便箋に発言内容を書き、声を潜めて何回も音読して修正を加えた。あまり睡眠がとれず、当日の午前中の発表は上の 空で聞き、昼食もそこそこに総会場に行き、前方通路のマイクのそばに陣取った。型通りに予定された総会議事が済んだところで、学会長が「それでは特にご意 見がなければ総会を終了いたします」と言ったので、私は急いで挙手をしてマイクの前に立ち、「学術集会の運営について意見があります」と言い、夜中に書い た文章を読み上げた。

初めは、会場から「おかしなやつだ」という反応の笑い声や話し声が聞こえたが、続けるうちに静かになった。読み終えても、しばらく静寂が続いたので、「失 敗したかな」と思っていたところ、昨晩の仲間が後ろの方で拍手をしてくれた。総会の出席者が少ないので、当然ほかの賛同者は少なく、学会長の「趣旨は次期 会長にお伝えする」という回答で総会は終わった。

総会の終了と同時に、最前列におられた国立がんセンター総長の石川七郎先生が真っ先に立ち上がり、私に向かって進んで来られた。周囲も私も、「余計なこと に時間を使って」と、叱られるのではないかと思い緊張した。だが、石川先生は私の目の前に来られると立ち止まり、大きな声で「その通り。いいことを言っ た」とおっしゃり、にっこりと笑われて去って行かれた。その翌年も翌々年も、私は調子に乗って総会で同様の発言をしたが、学術集会の発表会場の数は、現在 に至るまで増加の一途をたどっている。

●日本肺癌学会は地方会が面白い
日本肺癌学会の地方会である関東部会は年に3回、1つの会場で朝から夕方まで行われ、病理医、細胞診医、放射線診断医、内視鏡医、外科医、放射線治療医、 化学療法医のほか、まれに看護師や臨床検査技師、診療放射線技師も参加し、討論も活発に行われて大変勉強になる。地方会は症例報告か、少数例での検討で、 しかも計画的な研究ではないのだが、日常の患者診療に参考となる意見を多く聞くことができて楽しい会合だ。権威のある学者も駆け出しの若手医師も遠慮せず に質問し、権威ある方も若手に向かって親切に回答されるところも魅力的だ。

●米国学会の刺激が知的興奮を生む
86年に肺がん症例に対する気管支分岐部切除や、大血管の合併切除例で5年生存例が経験されるようになったので、国際学会である国際外科学会と世界肺癌会 議に初めて出席し、口演発表を行った。当時は大変に誇らしく思って興奮したが、その後、89年から米国胸部疾患学会や米国胸部外科医学会(STS)に参加 し、口演発表した。国際学会は、いわばお祭りで交流の場であり、欧米国内や域内の学会こそ、新しい知見を検討し合う場であるというのを身をもって知った。 これからリーダーとなる方々には、早い時期から欧米の学会に出席し、発表することを目指していただきたい。

STSでは通常の学術集会が2日半行われる。そのうち2日間の午前中は1つの会場で椅子が約1500席用意され、ほぼ満席になる。1つの演題は15分で 10分の発表と、指定された質問者と会場の質問者との討論が5分ある。当日、演壇に上がる前に完成された論文を持参(最近はメール)しないと演壇に登れな い。論文はその後、雑誌の査読者の吟味を経て、約6か月後にSTSの学会誌「Annals of Thoracic Surgery」に学会当日の討論内容と共に掲載される。まれに査読で掲載を拒否されることもある。

●石川七郎先生の温かい助言
学会の総会での発言をはじめ、思ったことを周囲に遠慮せずに発言してきたが、その勇気を与えてくださったのは、先ほど申し上げた石川先生の総会会場での一 言だ。しかも、これには伏線がある、79年1月に私は国立がんセンター病院の医師として呼吸器外科に配属され、石川先生から辞令を受けた。式典の後、総長 室に辞令を持って採用していただいたお礼を述べに行ったところ、石川先生は「末枡恵一副院長が土屋了介を採りたいと言うから、採用すたが、働いて勉強して いるうちに小児がんや肝臓がんなど、もっと興味のあることに出合ったら、いつでも移ってよろしい」とおっしゃられた。

石川先生ご自身が、日本の肺がん学の創始者の1人であるにもかかわらず、「やりたいと思うことができたら、それに集中しろ」という温かい助言だった。教え を忘れることはないが、「若い人に接する時にも思い出すように」と、勲一等を胸にした石川先生の写真を、がん研究会理事室の机の正面の壁に掛けてある。

●ワーク・ライフ・バランスの大切さ
現在の上司である公益財団法人がん研究会の草刈隆郎理事長は、日ごろからワーク・ライフ・バランスを強調される。この言葉を耳にするたびに、「患者さん は、自分を律することができる強固な意志を持つ医師に診察してもらいたいと考えている」と、反省するようにしている。健康な日常生活を送った者でなけれ ば、健康的な生活の指導はできないし、手術後の社会復帰に対する正しい判断も困難だろう。

現役時代、病院に泊り込んで診療に当たることが最善と考えていたことを反省し、2025年のリーダーの方々が世界に冠たるチーム医療を展開されることを願って、稿を閉じる。

土屋了介(つちや・りょうすけ)
神奈川県出身。1970年慶應義塾大学医学部を卒業後、日本鋼管病院外科、国立がんセンター病院レジデント、国立療養所松戸病院、防衛医科大学校第二外科 を経て、79年国立がんセンター中央病院外科に勤務。91年同病院病棟部長、2002年同病院副院長、06年同病院病院長、10年財団法人癌研究会顧問、 11年公益財団法人がん研究会理事に就任。現在は内閣府・規制改革会議専門委員、神奈川県顧問(政策推進担当)、公益財団法人東京財団上席研究員などを務 める。

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