医療ガバナンス学会 (2014年3月10日 06:00)
この原稿は月刊集中2月28日発売号より転載です。
井上法律事務所 弁護士
井上 清成
2014年3月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2. 法案の手直しが望まれる項目
(1)医療事故の初期の届出内容
「医療事故発生当初の中央第三者機関への届出内容は、『日時、場所』のような外形的形式的事項に限定すべきであり、『事故の内容』のような実質的事項に踏み込むべきではないこと」
初期の届出は、これから院内事故調査委員会を開く前のことであるから、余りにも当然である。ただし、厚生労働省令(医療法施行規則)で具体的に定められる事柄であろうから、国会では付帯決議の一項目で押さえておくことが望まれよう。
(2)医療事故調査・支援センターの独自調査
〔第1案〕「中央の第三者機関たる医療事故調査・支援センターには、病院等の管理者や遺族からの求めに基づくものとはいえども、独自に再調査する権限は認められるべきではないこと」
〔第2案〕「センターに独自の調査権限は認めるとしても、病院等の管理者からの求めがある場合に限定すること」
もちろん、センターには院内調査結果の報告を受けた後に、これを整理・分析して、必要に応じて病院等の管理者に説明する権限があることは前提である。
もともと遺族の求めには、裁判をも想定した紛争状態を前提にしたものも紛れていよう。そのような紛争前提のものは求めから除外してしまうというのは、マスコミ業界も含め、医療以外のどの業界の同趣旨の制度においても常識である。
(3)調査報告書の記載項目
「センターの調査報告書では、個別事案において独自の医学的評価は行わず、再発防止策(改善策)にも言及しないこと」
もともとセンターは、上級裁判所のような優越的地位にはない。センターの見解が当該病院等の見解よりも科学的に正しいという保証は存在しないし、法的優越 性も認められていないのである。にもかかわらず、当該病院等や勤務医らの責任追及につながりうる項目を記載するのは不当である。
(4)正当事由による公表の除外
「センターの調査に当該病院等が協力を拒否しても、拒否に正当事由がある場合には合法とすべきであるし、拒否病院等の名称を公表すべきでもないこと」
勤務医らの見解と当該病院等の管理者の見解が決定的に対立していて、当該病院等がセンターの調査に協力することが勤務医らの基本的人権を侵害するケースなど、調査拒否に正当性が認められる場合も多い。そこで、正当事由に基づく公表除外を認めるべきである。
(5)個別事案の公表禁止
「センターから個別事案の調査結果の公表を行わないこと」
センターが個別事案の調査結果を公表することは、勤務医らや病院等の名誉毀損・業務妨害になることすらあろう。そこで、少なくとも個別事案としては、その調査結果を、いくら匿名化したとしても、公表すべきではない。
3. 改正法の2年後の見直しが望まれる項目
(1)刑法・民法との関係
「医療に係る死因究明推進体制の位置付けを見直すと共に、医療事故に係る刑法第211条第1項前段(業務上過失致死傷罪)の規定のあり方を専門的科学的視 点から見直して医療法において新たな規制をし、また、医療事故に係る民法第415条(債務不履行)及び第709条(不法行為)の各規定のあり方を患者救済 の視点から見直して医療法等において民間保険を活用した無過失補償制度の創設をすること」
刑法・民法と医療とのギャップは甚だし過ぎる。その理由は、もともと医療とは無縁に発達して来た過失概念を中核とした刑法・民法が、医療の専門性・科学性 (これは他の科学技術においても同様。)や医療の特質(限界や不確実性も含む。医療に固有の諸事情)と、根本的に親和性を有していないことにあるであろ う。ただ単に責任追及を免れたいというような安直な話ではなく、医療システムの根本に関わる問題である。逆に法原理的に見ても、大問題であろう。刑法・民 法の改正議論は政策的なリスクも大きい事柄ではあるが、もしも医師の皆が本気できちんとしたいと言うのであるならば、やはり厳密な議論をすべきことであ る。さらに、患者救済の基本は民事なのだから、ルーズに公金を使った公的な無過失補償制度ではなく、私的なお金、つまり、生保も損保も含めた民間保険を総 動員した私的な無過失補償保険(いわゆる合併症保険)の創設を、真剣に検討すべきであろう。
(2)行政処分との関係
「現行の医師法に基づく行政処分の運用は維持しつつ、医療各界で各々自律的に、真に医療安全だけを目的とした改善・研修・再教育の処分制度を徐々に導入すること」
刑法や民法を検討する際には、行政処分をいかにするかの問題を避けて通ることができない。医療各界がどれだけ本気で、かつ、どれだけ自律的に、専ら医療安全だけを真に目的とし、自らを律する自律的処分制度を構築できるかが試金石となろう。
(3)医師法第21条の廃止
「医療法の中に、『医療事故については、医師法(昭和23年法律第201号)第21条の規定は適用しない。』との一文を挿入すること」
ただし、上記(1)(2)の見直しがなされないならば、医師法21条単独での改正は必要ない。これは、是非とも留意すべき重要なポイントである。