医療ガバナンス学会 (2014年3月25日 06:00)
この原稿はMMJ (The Mainichi medical Journal 毎日医学ジャーナル) 3月15日発売号より転載です
井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2014年3月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2. 医療安全のための「予期しなかった死亡」
検討部会の「基本的なあり方」や医療部会の「論点」では、中央第三者機関への届出や院内調査の開始の対象は、「行った医療又は管理に起因し、又は起因する と疑われる死亡又は死産(その死亡又は死産を予期しなかったものに限る。)」とされた。「予期しなかった死亡」と略してもよいであろう。
これが法律の明文になった場合、「死亡原因」でなくて単に「死亡」であることに注意しなければならない。予期すべきは「死亡」そのものであって、死亡の 「原因」ではないのである。また、かつての第三次試案や大綱案の頃に存在した「医学的に合理的な説明ができるかどうか」という要件も、全く関係ない。
もちろん、「予期した」か「予期しなかった」かだけが問題となる。「予期しなかった」場合にも、予期が「可能であったか」どうかは、全く関係ない。「過 誤」「過失」つまり、「予見可能性」、「誤り」などが関わるところとは概念が異なる。現に、第三次試案や大綱案の頃に存在した項目(行った医療の内容に誤 りがあるものに起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産)は、今回の改正法案には存在していない。つまり、過失とか無過失とかには関係のないものと なったのである。
そして、「予期しなかった死亡」は、専ら医療安全の観点から定義されねばならない。
3. 「誰が」予期しなかった死亡か?
死亡を「予期しなかった」主体については、大きく分けて三つ考えられる。まず、医療側か患者側かであり、次に、医療側については当該医療機関か中央第三者機関かであろう。
医療側への責任追及の観点から考えるならば、患者側が「予期しなかった」死亡も、届出や調査の対象となりうる。しかし、医療安全の観点から考えるのだから、患者側が予期していたかどうかは関係ない。つまり、医療側が「予期しなかった」死亡を届出し、調査するのである。
ただ、医療側と言っても、当該医療機関と捉えるのか、中央第三者機関と捉えるのかは、考え方が分かれえよう。もしも中央第三者機関と捉えたとするならば、 現実に医療現場にはいなかったのだから、ある程度のフィクションとならざるをえない。つまり、通常の医師ならば予期したか予期しなかったか、という抽象的 規範的基準となってしまうであろう。これでは現実的科学的ではないし、そもそも第三者機関中心主義の捉え方になってしまうので妥当でない。
今回の改正法は、院内調査中心主義である。つまり、「当該医療機関が」予期しなかったかどうかという観点で決めるべきことにほかならない。この捉え方ならば、自律性という趣旨にもより合致しよう。
4. 事故と過誤は別物
中央の第三者機関への届出、そして、院内事故調査委員会による調査が要求される対象範囲は、当該医療機関自身が現実に予期しなかった死亡事例であり、ま た、これに尽きる。死亡原因云々、医学的に合理的な説明云々、予期の可能性云々、誤りや過誤云々、患者・遺族の予期云々は、いずれも全く関係ない。わかり やすく言えば、医療「事故」と医療「過誤」とは全く別物なのである。「予期しなかった死亡」は、責任追及たる「医療過誤」と峻別され、医療安全のための独 自の概念として、「医療事故」と呼ばれなければならない。
念のため、用語の関係を整理する。
(1) 予期した死亡
1)予期し、かつ、結果回避義務違反がなかった場合(いわゆる合併症)
2)予期し、かつ、結果回避義務違反があった場合(いわゆる医療過誤)
(2) 予期しなかった場合
1)予期せず、かつ、予見義務違反や結果回避義務違反がなかった場合(いわゆる合併症)
2)予期せず、かつ、予見義務違反や結果回避義務違反があった場合(いわゆる医療過誤)
5. 医療現場からの意見と監視を
医療法が改正されれば、次は、厚労省令(医療法施行規則)の改正とガイドラインの作成が進む。もちろん、法律による行政の原理(行政は法律に従わねばなら ないという法理)からして、省令や要綱が法律に違反してはならない。医療現場の真の医療安全のために、責任追及と峻別された省令・ガイドラインとなるよ う、今後、医療現場の皆はきちんと意見を述べつつ、かつ、その動向を監視すべきであろう。