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Vol.82 3.11から3年(下) 光は外から――共同体の崩壊と再建

医療ガバナンス学会 (2014年4月1日 06:00)


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この記事は新潮社「Foresight」より転載です。

http://www.fsight.jp/25513

吉野 源太郎
2014年4月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


福島では今、県外から来た専門家の応援部隊が様々な場所で地道な活動を始めている。その事実はあまり知られていないが、彼らはきわめて重要な役割を担って いる。東京電力支配下で温存されてきた村落共同体的社会の閉鎖性、前近代性との闘いである。汚染され、空洞化しつつある旧来の共同体に代わり、福島の未来 を構築する―――。高度な専門性に加え、科学的、合理的知見と、被災した住民の生活をまるごと引き受ける人間性が求められる、壮大な闘いである。
日本弁護士連合会が司法過疎地の解消をめざして全国に展開している「ひまわり基金法律事務所」。福島県相馬市の同事務所に単身赴任して所長を務める平岡路子弁護士は言う。
「この地域には、もともと法律に照らしてものごとを考える習慣がない」
だからここでは、弁護士の仕事は、具体的な紛争解決の交渉以前に、普遍的な法やルールの重要性を説くことから始めねばならないという。「村」の慣習より、近代的な法の基準を優先すべきこと、社会正義に照らしてものごとを考える必要を説く、いわば一種の啓蒙活動である。
従来、ここでは法に代わって地域を支配してきたのが村落共同体的規範であった。戦後も封建制を色濃く残した福島の共同体に君臨してきた支配者を仮に「村長(むらおさ)」と呼ぶとすれば、福島の苦悩は、東電こそが近現代の村長だったことにある。
福島で進む共同体の崩壊には、3つの原因がある。
第1は高齢化。戦後、長い時間をかけてゆるやかに進行してきた東北の高齢化は、震災と原発事故で一気に加速した。若者たちは過去にないほど急速に故郷を離れ始めた。
「どうせ放っておいてもいずれ死んでいくじじいやばばあにカネをくれてやることはない」とブログで放言した官僚がいた。被災地は怒り、あきれたが、言葉の 下品さは本人の人間性を表しているとしても、高齢化が共同体崩壊と空洞化の原因であり結果であるという冷酷な現実は、誰にも否定しようがない。
財政破綻が追い打ちをかけた。田中角栄首相以来、日本は成長政策の副作用をすべてカネによって解決してきた。都市問題、農村の疲弊、公害問題……。経済成長はそれら副作用の治療費を捻出してきたのだが、今や長引くデフレの中で国庫のカネは底をつき、なお減り続けている。
そこに起きたのが原発事故だった。規模、質ともに過去に例がないこの事故が、先進国に例を見ない財政危機の下で日本を襲ったのは、単なる運命の皮肉であろうか。成長の代償としての副作用の治療費は、過去の問題と比べても桁違いになることは明らかだ。
住民が納得するまで故郷の除染を行った場合の費用負担は、計算不能である。さらに共同体の分断によって失った財産や受けた心の傷を償おうとすれば、東電の 経営も国家の財政も破綻するに違いない。だから、ここは被災住民に泣いてもらうほかない。こうして被災地の切り捨てが始まった。あの懐かしい共同体はもう 永遠に戻らない……。

●絶望的な苦悩
しかし、福島の人々にとって実は、こうした現実以上に深い心の傷になっているのが、共同体にまつわる過去の記憶である。
貧しく暗い故郷を生まれ変わらせようと、人々は原発にすがった。福島県の生んだ秀才、木川田一隆氏が東電社長時代に福島県と自治体に売り込んだのが福島第1原発である。地元はそれを歓迎した。
東京に託してきた「豊かさの夢」の実現に、これからは福島も重要な役割を果たせるようになる。そして地元も交付金や補助金の恩恵にあずかれる……。福島の人々は東電に期待したのである。
自治体の施設の建設や行事の支援等々、何から何まで面倒をみてくれるはずの「村長(むらおさ)」。地元の高校を優秀な成績で卒業した住民の子弟は、必ずと言っていいほど東電に優先的に採用された。親兄弟は鼻高々。3年前までは、一家は息子のおかげで地域の有力者になった。
だが、事故後に環境が一変するとともに、東電への愛憎が共同体の内部に深く沈殿した。賠償請求の足はすくみ、これからの地域の姿を考える気力も萎える。かつて、共同体を暖かく見守ってくれていたはずの東電は今、被災者の生活資金である賠償金を値切りに値切る。
一見、「東電のやりたい放題」に見える賠償交渉の背景にあるのは、共同体の絶望的な苦悩である。夢を託した「地域発展のシナリオ」の惨めな結末を、、住民 たちは見てしまった。そこで知ったのは、先人が共同体の魂をカネで売り渡したという冷酷な事実である。福島県人の苦悩は倍加し、もともと口数の少ない福島 県人は一層、寡黙になった。「将来は絶望しかない」。何人もの福島の取材先から、「絶望」という言葉を聞かされた。
しかし、福島の未来は、この「絶望」を耐えた先にしかない。福島は今、どん底にある。東電の裏切りと開き直りによって、従来の共同体は醜悪な正体をさらけ出している。
だが、暗い過去を背負った住民が、もう一度未来に夢を抱くことは簡単ではない。自分たちが生まれ育ち、慣れ親しんだ旧秩序を批判し破壊するには、「闘い」が必要だ。それは住民の手に余る作業に思える。
福島に入った専門家たちが、必ず言う言葉がある。「住民を励まさねば何も前に進まない」。求められているのは薄っぺらな「希望」や「絆」といった言葉の合唱ではなく、住民の「闘い」への応援歌なのである。

●必要なのは論理と情熱
福島県では最近、ボランティアの数がめっきり減っている。地元の人々が震災と事故の「風化」「忘却」を心配するのは、ボランティアに求められる仕事が減ったわけでもないのに、こうした傾向が続いているからだ。
しかし、「福島にとっては今まで以上に”よそ者”の目が必要だ。求められているのはボランティアだけではない」と地元ゼネコン石川建設工業の社長・石川俊 氏は言う。大学を出て故郷の仙台から移り住んだ同じ東北人の石川氏も、福島の閉鎖性はひときわ強く感じる。石川氏によると、今、必要なのは、よそ者の冷静 な目とともに、こうした閉鎖性を打破する論理と情熱なのだという。
前述の平岡弁護士のもとには、東電への賠償請求交渉のほかに、被災して別居を強いられた末に離婚の危機に直面した家庭の問題がよく持ち込まれる。平岡氏は まだ31歳だ。しかし、ひるんでいるわけにはいかない。問題を抱えた住民を支えるには、専門知識や技術だけでなく、地域住民との幅広いコミュニケーション や啓蒙活動、地域社会の歴史や構成への深い理解力、そして何よりも住民から信頼される人間性が不可欠になる。

●県立医大の不可解な提案
相馬市の公立総合病院と南相馬市立総合病院に、東京から毎週4日「通勤」している血液内科医の坪倉正治氏(32)もその1人だ。同医師は事故直後から放射 線被ばく検査を行うために現地に入った。福島県をはじめとする行政や大学が当初は誰も関心を持たなかった内部被ばくの実態を調べるためにホールボディーカ ウンター(WBC)の導入に奮闘し、今では世界でも他に類を見ないほどの検査結果の集積に成功した。日本の医学が全く経験したことのなかったこの作業の困 難さや、その過程で県や県立医科大学から受けた「いじめ」にも似た妨害や”仕打ち”については、同氏の指導教官だった上昌広・東京大学医科学研究所特任教 授による『復興は現場から動き出す』(東洋経済)に詳しい。
坪倉氏が現在、訴えているのは、検査から予防、治療に至る被ばく対策のシステム化の必要である。たとえば、収集した検査データを住民の健康管理に活かすに は、原発の爆発直後だけでなく、検診を定期化して変化を観察しなければならない。さらに、それらのデータを住民の日常の健康管理や食生活の実態とつきあわ せて見る必要もある。
ところが、福島県ではこうした保健衛生を含めた態勢が信じられないほど未整備なのだという。仮に将来、がん患者が増えたとしても、それが放射線被ばくと関係あるのかないのか、判断の材料がおそろしく貧弱なのだ。
その一方で、県立医大は坪倉氏らが収集した初期の内部被ばくデータを「1件5000円で買い取るから県立医大の調査ということにしてほしい」と、不可解な 提案をしてきたという。「何が目的なのか分からないが、その後、データ整備や開示、検診のシステム化は全く進んでいない」。坪倉氏は慎重に言葉を選んで話 すが、素人が聞けば、この県立医大の行為は、被ばくの実態を隠蔽するのが目的ではないかと疑われても仕方がない

●日本的「村社会」の特徴
誠実に仕事を進めれば、坪倉氏はいやでも「共同体」を支配する”秩序”に直面せざるをえない。福島に入る前に想定していた「専門家」の守備範囲をはみ出した仕事が坪倉氏の肩にのしかかってくるのだ。
これらの事実が、東電の支配下にある福島共同体の閉鎖性と関係があるのかどうかはともかく、坪倉氏が驚くのは、これらの態勢の不備、住民の健康への責任 感、前向きな作業への取り組みの遅れを質しても、県の役人や大学関係者の誰もが自分のこととして対応しないことだという。その無関心、無責任は、典型的な 日本的「村社会」の特徴だ。
考え方によっては、こうした福島の前近代的閉鎖性は、少なくとも原発事故がなければ明るみに出なかった。だから、不幸な被災体験は、むしろ福島を生まれ変 わらせるのに通らねばならない茨の道だったのかもしれない。だが、課題が明るみに出ても、それだけでは事態は動かない。「最後は住民に声を上げてほしいん です」(坪倉氏)
坪倉氏にとって最も辛いのは、過疎医療の仕事や生活ではなく、むしろ、折に触れて聞こえてくる住民の本音なのだという。
「こんな調査に協力して被ばくが軽いと分かると、東電から賠償金がもらえなくなるのではないか。そうなったらどうしてくれるのだ」
「隣近所からは、もっと被災者らしくつらそうな格好をしていろと言われる」
「内部被曝の線量が低いという調査結果は、東電からカネをもらっているからではないか」――。
そうした声を聞くと、坪倉氏の心は折れそうになる。
しかし、これこそが日本の素顔である。
どん底の村落共同体のあえぎ。普段は仮面の下に隠れている「村長(むらおさ)」の素顔。虐げられた生活の中で裏表を使い分ける住民……。
日本が生まれ変わるには、この現実を直視しなければならない。東京の「成功者」の華やかな生活の中では、それを実感することはおそらく絶対に不可能だ。医 療が患者の全人格を対象にし、しかも将来、医療制度を論じる立場になるとなれば、若い時期の貴重な体験が必ず生きてくるに違いない、と坪倉氏は思う。

●偏見や差別との闘い
南相馬市は、今冬の大雪で福島市と結ぶ幹線道路が閉ざされ、半ば陸の孤島のような状態になった。3月上旬に取材にはいったころには道路は既に除雪されてい たが、それでも飯舘村を通る峠道は残雪が氷となって光っていて、緊張でハンドルを持つ手に力が入った。南相馬市立総合病院は、原発事故で一時は看護師の数 が被災前の4割に減った。今もまだ、230床のベッドは6割しか稼働していない。ここは日本の中枢からは遠く離れた過疎の町なのだ。
坪倉氏は神戸の私立灘中、灘高を経て東大医学部を卒業した、受験偏差値でいえば日本最高のエリートである。光り輝くその経歴と、道路が凍り付き、人影もまばらな被災の町並みの光景はあまりに対照的だ。しかも東京には、結婚してまだ2年の若い妻がいる。
「なぜここにいるのか。将来を考えた場合、この生活に不満はないのか」
あえて意地悪な質問をぶつけると、坪倉氏は正直に、しかし毅然と答えてくれた。
「東京で研究生活を送っている同期生のことを考えることがないわけではないが、それでも私はここにいる自分に納得しています。ほかではできない体験だし、それに医者がやることは結局、どこへ行っても同じですから」
期せずして、前回紹介した福島出身の増子忠道医師と同じ言葉を聞いた。
当初、検査を目的に福島に来た坪倉氏は、次第に地域医療の中に足を踏み込んでいる自分を発見している。その1つが、地元の学校に出かけて行う「放射能教育」だ。
放射線にはどんな種類があるのか、といった話に始まり、相馬や南相馬地区の放射線量は既に危険な水準ではないこと、内部被曝を避けるにはどういった食生活が必要か、などの基礎知識を説明した後、坪倉氏は生徒に必ずこう語りかける。
「君たちが将来、どこか他の町に行ったら、福島に対する偏見や差別を体験するかもしれない。しかし、そのときに君たちは下を向いてはならない。ここで教 わった放射能知識を踏まえて、自分たちは汚れてなんかいない、自分たちには福島に誇りをもった人生があるのだと、堂々と胸を張って主張するのだ」
福島全体が被差別の大集落にされようとしている今、その圧力との闘いなしに、福島の再建はない。それこそ、福島が今求める”よそ者”の視点である。

●復活には人材育成がすべて
南相馬市にある県立原町高校は、震災前は県下有数の進学校として、県の政財界に多数の卒業生を送り出してきた。その名門校が、今年も160人の定員を満た せず、現在3期募集を実施中だ。原発事故直後は相馬市や福島市に校舎を分散疎開させ、100人にまで減った生徒で避難学級をスタートしたことを考えると、 「何とか持ち直しつつあるともいえますが、将来の名門復活は、やはり地域社会の復興が大前提です」(本多光弥校長)
学校は地域共同体の核である。地域が崩壊すれば学校は衰退する。そうなると将来、地域を支えるはずの若者が地元にいなくなる。地域の衰退にさらに拍車がかかる。
悪循環の始まりは南相馬でも強く懸念されている。昔は原町高校をめざしたはずの成績優秀な生徒が、福島市や仙台市の高校に出て行く傾向が特に事故後、顕著なのだ。
「生徒が自信を失い始めたら、悪循環に歯止めがかからない。だから坪倉先生の講義と励ましは、南相馬と原町高校にとって何よりうれしいことなんです」
前出の石川俊氏は同校のPTA会長だ。石川氏が社長を務める石川建設工業は、今でこそ復興バブルで売り上げは平時の3倍にもなっているが、「こんなにわか 景気は5年と続かない。その後のことを考えると、南相馬を復活させるには、地域にとっても会社にとっても人材育成がすべてだと思う」

●前途の明るい光
その仕事を今、福島の過疎地で外部から来た専門家が支えている。
前出の平岡弁護士は、さらに驚くようなことを話す。
「私はもともと弁護士過疎の土地を希望してここに来ました。一応、任期は3年となっていますが、将来、ここに住み着くことも考えます」
千葉県に生まれた平岡氏は結婚2年目。やはり弁護士の夫を東京に残しての単身赴任だ。週末は夫が相馬市に通ってくる。
「夫の両親はいい顔をしないでしょうが、ここで子供を産んで育てることも当然、ありえます。子育てに放射能が怖くないかって? この土地の人が普通にしていることを、そんな風に考えることはないでしょう」
この情熱を、果たして地元住民が受け止められるだろうか。問題はそこにある。
グローバリゼーションの嵐の中、世界中どこでも共同体と民族への回帰が始まっている。崩壊しかけた共同体を再興する闘いの行方は、漂流する日本の将来を占うモデルでもある。
原発を足場に虚妄の繁栄をめざし、あえなく潰えた福島。その痛切な反省が将来に活かされれば、日本の前途にも明るい光がさしてくるかもしれない。

【略歴】
ジャーナリスト、日本経済研究センター客員研究員。1943年生れ。東京大学文学部卒。67年日本経済新聞社入社。日経ビジネス副編集長、日経流通新聞編 集長、編集局次長などを経て95年より論説委員。2006年3月より現職。デフレ経済の到来や道路公団改革の不充分さなどを的確に予言・指摘してきた。 『西武事件』(日本経済新聞社)など著書多数。

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