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Vol.96 相馬高校土曜講座を担当して(7)~魂を伝える英語のふるさとは福島

医療ガバナンス学会 (2014年4月16日 06:00)


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通訳・翻訳者
冠木 友紀子
2014年4月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「魂を伝える英語のふるさとは福島」といったら、福島でも驚かれる方が少なくないようです。私も、もっぱら親戚や身内の用事で福島を訪れていた頃は、このことに思い至りませんでした。郷土の薫りゆたかな方言、暖かい地元の人づき合い、海山の幸を楽しむばかりだったのです。

ところが震災後、私が恩師たちから預かった「魂をかたる英語の音としての愉しみ」というバトンを見つめ直すと、それが福島に由来することがはっきり見えて きました。「英米文学史」をはじめ多くの著書をしるし、日本英文学界の土台を築き上げた斎藤勇先生(1887-1982 東大、東京女子大学長を経て国際基督教大学にてご指導)は梁川のご出身です。毎日梁川から当時は英語教育で知られた旧福島中学まで漢詩、英詩をそらんじな がら田園風景の中を徒歩で通われたそうです。勇先生の最後の教え子が、私の恩師、相馬とご縁の深い齋藤和明先生(1935-2008国際基督教大学にてご 指導ののち明星学苑理事長。いわき明星大のご用事でいわき市を訪れるのをことのほか楽しみになさっていた)です。和明先生はことばの音という目に見えない 力を愛し、「エイレーネー(ギリシャ神話の平和の女神)に連なる者」、つまり平和を愛するだけでなく、平和を創りだす者を育てることに生涯をささげられま した。その基本に身体のすみずみまでことばの響きを満たしまことを語り、聴きあうことがありました。

震災後、福島の友人たちが苦しみながらも磨かれ、意識的に紡ぎ続ける言葉を耳にするたびに、恩師たちの姿勢と響きあうものを確信し、畏敬の念に満たされま した。ところが友人たちは勇先生、英語と福島の縁は初耳だというのです。私はふたりの先生から預かった宝を里帰りさせたい、バトンを福島の若いひとたちに 渡したい、英語を魂のことばとして語り、福島の方言で訳を語れる地元の通訳者がいたらどんなにいいだろう、と願うようになりました。

ありがたいことに、今年度最後の相馬高校土曜講座を担当させていただくことになり、2014年2月22日、「英語ナレーションに挑戦」と題したワーク ショップ型授業を致しました。参加者は翌日に英検の二次試験を控え、英語の音によりなじんでおきたいと望む生徒たちを中心に15名ほどでした。全員が全員 の顔を常にみていられるよう、机をよけて、椅子のみを円く並べました。上映したのは40分足らずの映画「相馬野馬追 二年の軌跡」のDVDです。この作品 は若手の古新瞬監督が一般のひとびとが撮った動画を編集し、ナレーション、インタビューを加えて映画に仕立てたもので、相馬を思う気持ちとプロの編集セン スが光る逸品です。ちょうど1年前、ボランティアで英語字幕を創らせていただいたものの、まだ英語ナレーションはつけていませんでした。スマホでネット上 の動画を見るには、字が小さくなって読みにくい字幕より音声がありがたいこともしばしばです。生徒たちは、学校のすぐ隣の相馬中村神社が英語字幕つきの動 画に写っているのを珍しそうに眺めていました。さて、40分ぶんのナレーションすべてに挑戦することはとても無理です。私は18秒程度のナレーションを7 本程度選び出し、通訳養成学校で使うトレーニング(シャドウイング、リピーティング、イメージングなど)をとおして覚え、アテレコしようと計画し、前もっ てその部分はお手本の録音もしておきました。実際に口慣らしをし、シャドウイング、リピーティングの要領を練習してペアワークを始めまると…椅子に座って 紙に視線を落としたまま語ると、何かがしっくりこないのです。ナレーションは人の心を動かす語りです。思い切って次代相馬家ご当主のメッセージひとつに絞 り、身体を動かして語ることに方向転換しました。英語の強拍はメトロノームが打つ点のようにほぼ規則的にあらわれます。「花いちもんめ」のように向かい 合って並び、強拍のタイミングに合わせて歩いてみると…!これだけで別人のように生き生きとリズムとビートが入った読みになったのです。参観なさっていた 先生が「さっきと全然違う!」と声を挙げられ、このことがさらに大きな嬉しい励ましとなりました。

公に授業を終えたあとも、ほとんど全員が残り、並び立ってのおしゃべりがつきませんでした。留学したいという元気のよい女子生徒がけん引役となり、次々と 質問が続きます。学びをとおして土台となるルールとパターンを知るのが楽しいようです。さて、もうそろそろ、という先生方のお声かけでやっと「ありがと う、またね」となりました。(若い笑い声の耳に残しつつ、ふと、首都圏の若者は、このみずみずしさで学びに向き合っているだろうか、と問わざるを得ません でした。)

午後、相馬高校の小野田義和先生には小高、請戸、双葉の境まで車でご案内いただき、地元の方でなければ経験なさらなかったこと、見えないことを惜しみなく聴かせていただきました。心から感謝いたします。

浜通りの変わり果てた風景には言葉を失いました。ただ、「時が止まった」のではなく、これまでとは違う仕方で少しずつ動いているように感じます。相馬高校 のみなさまに出会い、小野田先生の言葉に耳をすませながら請戸を歩くことは予想だにしなかった新たなご縁です。力強く生い茂る草も、留守番で土を守ってい るように見えました。小高の駅前広場の花壇には季節の花が植えられていました。こうした動きとこれからも共にありたい、と心から願います。

最後になりましたが、土曜講座に声をおかけくださり、相馬までご一緒くださったC.S.Lの松浦三郎先生、年度末にもかかわらず時間を割いてくださった相馬高校のみなさまに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

【略歴】通訳・翻訳者、白百合女子大にて通訳を教える。学びの身体的レディネス、学習優位感覚をふまえ、リベラルアーツとしての英語を伝えるのが身上。

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