医療ガバナンス学会 (2014年4月17日 06:00)
さて、今回で最終回となります。歯科臨床研修医の目的とはなんでしょうか?『患者中心の全人的医療を理解した上で、歯科医師としての人格を涵養し、すべて の歯科医師に求められる基本的・総合的な歯科診療能力を身につけ、生涯研修の第一歩とすること』とあります。すばらしいです。まさにその通りです。今年で 5年目となる研修医制度ですが、この理念のもとぜひ有意義な制度に成長して欲しいと願います。ですが一つ気になる点があります。
それは昨年12月18日に厚労省で開催された『歯科専門職の資質向上検討会』でも取り上げられていますが、症例数や患者数を縛らない方向で考えて行く意見 があったことです。現状打破のため、さまざまな角度から真摯な意見や見解が議論されているのは重々承知ですが、私の考えは違います。
まあ、私一人ですと説得力がないので、第3者の意見も聞いてみましょう。私、さっきまでスピーディーワンダーの曲を聴きながら、梶原一騎の『空手バカ一 代』を読んでいました。今、とても影響を受けています。では御二方に登場してもらいましょう。聞き手は第一回目で登場したI先生(覚えていますか?)で す。
「ではまず、大山倍達(空手バカ一代主人公)先生、どのようにすればそんなに強くなれるのですか?」(I先生)
「I君、それは日々の鍛錬によるものだよ。『技は力の中にあり!』だ。まず力をつけなさい。筋肉をつけるのが一番大事だ」
「そうですか。では僕が歯科医としてやっていくのに何かアドバイスはないでしょうか?」(I先生)
「だから言っただろう、『技は力の中にあり!』だ。スピーディーワンダーさんにも聞きなさい」(大山倍達)
「ではスピーディーワンダーさん、どうしたらそんなに歌や楽器が上手になるのですか?一言お願いします」
「practice, practice,エ~~~ンドpractice!」(スピーディーワンダーさん)
「わかったか?I君」
「はあ、なんとなく」
「なんとなくじゃダメだ!目をさませ!渇ッ―――!!」
歯科臨床研修医が一流の歯科医になるためには何が必要なのでしょう?それは、ひたすら多くの患者さんを診て経験を技術に転嫁することによってのみ得られます。またそれによってのみ医療の質も上がるのです。
先ほど御二人もそう仰っています。多くの症例を見ないということは、ウェイトトレーニングをしない大山倍達先生や、歌の練習をしないスピーディーワンダーさんのようなものです。『質は数の中にあり!』ただそれだけなのです。
歯科臨床研修医制度には”やる気をそぐ”の言葉は否めません。むしろ似合うぐらいです。技術習得のための研修は極めて個人的なインセンティブに支えられており、モチベーションを高める要因ではありません。
ここで私と一緒だった研修医の話を紹介しましょう。
「歯の治療を大きな芝生と捉えた時、その芝生の上には紙くずだの、空き缶だのがいっぱい転がっていて、ほとんど緑が見えないとするだろう。このゴミを片付けて、きれいな芝生にするのが研修制度だ」
「それで?」ちょうど芝生の上での花見の宴会でした。
「だが、ゴミを片付けようにも捨てる場所がない。君ならどうする?」友人は飲み干した空の缶ビールを所在なさげに見つめていました。
「じゃあ、何もしない」目に映った空き缶が自分たちの研修医の立場と合い重なります。
「そう、何もしない。もう一つ方法がある。何だと思う?」
「全然わからない。早く言えよ」私は少しイライラしながら話の先を促しました。
「ゴミをブルドーザーみたいにどかして一か所だけきれいにするんだ」
「どういうこと?」
「だって、ちょっとしか治療にタッチできないだろう。それなら自分が好きな分野だけ集中してやるしかないだろう?もしくは何もしなくて歯医者をやめるかだな」
ちなみにこの友達は歯科医をやめて、現在、郵便局員として生計を立てています。
経験技術量が絶対的に少ない環境のため、一つに的を絞る。ある意味、専門性を身につけるためにはいいかも知れませんが、そこに行きつく動機が不憫でなりま せん。患者さんは全体的に口の中をみてもらいたいのに、例えば「私は入れ歯の治療しかできないよ。他はどこかでやってください」と先生に言われたら、 「じゃあ全体的に診てもらえる歯医者に行こう」となります。歯科研修医に必要なもの、それはまず総合的な診断できるようになることであり、いきなり専門医 を育てる過程ではないのです。医科、歯科両分野でも、今、総合医が注目されており、その育成に取り組んでいます。歯科研修医制度はそれを阻害する一因をな していると言っても過言ではありません。
何度も俎上に上っては消える研修医制度会議での「臨床ケース制度」といいうのがあります。これは研修医に治療のノルマを課す考えです。「医療の質を落とし かねない」という理由で未だ実現されていませんが、実際はそれに見合ったぶんだけの症例数がないのが現状です。『質は数の中にあり』です。症例不足を解消 し、このケース制度を実現できたら、歯科の研修医制度は必ず有意義なものになるでしょう。
読者のみなさん、5回に渡ってお伝えした「歯科臨床研修医編」もこれで終了となります。最後までご拝読ありがとうございました。
〆の一句。先輩指導医の取り囲む研修生たちの姿です。
この椅子に わが身を重ね 思い燃ゆ 空指(からゆび)動かし じっとたたずむ