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Vol.103 福島とイスラエルの共通点が教える人類の知恵

医療ガバナンス学会 (2014年4月28日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

相馬中央病院内科医
越智 小枝
2014年4月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


火の使用を始めた太古から、人々はリスクを許容することで文明を発展させてきました。今の世の中はリスクを取ることがなければ車一台動かせず、インターネットの検索一本できません。しかしこのようなリスクに対し、多くの人は無意識です。
一方、望む、望まないにかかわらず、福島の人々は「放射能」というリスクを意識させられ、リスクと共に生きる、という選択をされて生きています。そのリス クは決して大きくはありませんが、自覚されたリスクには大きなチャンスがあります。それは、本当の意味で健康な将来へ向けての選択するためのカギなので す。

●テルアビブ剣士たちとの交流
先日、とある学会でイスラエルのテルアビブを訪れる機会がありました。この時、全く偶然ですが、ロンドンの知り合いにそちらの剣道場を紹介いただき、稽古 にも参加させていただくことができました。稽古の後には地元のパブで大いに盛り上がり、学会以上に成果の大きいイスラエル訪問となりました。
「イスラエルに来てどうだった?」
そこで知り合った何人かの剣士に、そう聞かれました。
「BBCやCNNで報道されていることと、現場に来て見るものは全く違うでしょう。みんな実際に来ると驚くんだよ」
「街中でいつも戦争していると勘違いしている人もいるし」
最初、街中を軍人さんが闊歩している姿を見てぎょっとしたのですが、逆に彼らのいる前でスリや強盗を行う人も少ないでしょうから、治安はそれほど悪くないのかもしれません。実際に、夜9時過ぎでもアクセサリーを着けた老婦人が1人で歩道を歩いているのを見かけました。

●イスラエルと浜通り
かといって、いたずらに「イスラエルが安全だ」と言うつもりは全くありません。ウィキペディア(Wikipedia)にはイスラエルへの攻撃リストという項目まで存在します(*1)。
実際に道端のフリーマーケットでも必ず荷物チェックがありますし、エルサレムの入り口の警備は、それは厳重なものです。電車の中で武器商人と自称する人々に話しかけられたりもしました(彼らは単に私の観光ガイドを読みたかっただけですが)。
そうではなく、私が驚いたことは、イスラエルの方々に言われた言葉が、私が最初に浜通りに来た時に言われた言葉とあまりにも同じだったことでした。
「相馬に来てどうだった?」「巷で報道されてることと全然違うでしょう?」
「地元の人は食べ物のことなんてもう心配してないよ。でもいまだに防護服みたいなものを着て入ってくる人もいるんだよね・・・」
浜通りとイスラエルの人々に共通する点は、避けがたいリスクに対して無意識であることを許されなかった人々である、ということです。彼らは常に放射線というリスクと共に生きていることを意識させられています。

●風評と風評被害
「リスクを理解する」ということは、リスクに伴う風評も共に抱えこむことにもつながります。ここであえて風評「被害」と言わないのは、正誤を含めての風評を指しているからです。
放射能を浴びるとガンになりやすい。それは言うまでもないことです。どんな微量であれ、被曝量と発ガン率は相関します。テロが多い国は少ない国より危険である。これも全く正しいことだと思います。
ただし、このような風評に、「比較する」という要素が欠けた時に風評被害という現象が起きてしまいます。つまり彼らの本当の被害は放射線のリスクそのものではなく、そのリスクと他のリスクが比較されないまま放置されていることにあるのではないでしょうか。
リスクの高さだけで議論されているのであれば、放射能を怖がる人々に喫煙者はいなくなるはずです。比較には大きく2種類あります。1つはリスクとベネフィットの比較。もう1つはリスク同士の比較です。

●相馬のリスク・ベネフィット
相馬に住むことが、たとえどんなに小さくても放射能というリスクを抱えることは否定しません。しかしその一方で、ベネフィット因子を得られる可能性について考える人はあまりいないようです。
例えば東京から移り住んだ私にとって、一番分かりやすい相馬のベネフィット因子は大気汚染でした。
私は数年前まで東京都心に住み、秋葉原から錦糸町間を通勤していました。健康のためにしばらく自転車で通勤したのですが、鼻炎と咳が悪化したため断念しました。
ロンドンでも同様です。同じ大学の友人が「ロンドンにおける車とバスと自転車通勤の大気汚染暴露について」という研究をしており、結論は自転車→バス→車。さらに交通事故の発生率を聞いて自転車通学を断念しました。
さらに友人に追い打ちをかけられたことは、
「地下鉄はもう少し危険かもしれない。暑くなると古い線路の金属が揮発するからね」
ロンドンに住むリスク、というものをつくづく考えさせられました。
相馬市に限りませんが、都会を離れて住むということは、このような都会のすべてのリスクを回避できる、という側面もあるのです。

●リスクの比較ということ
少し話がそれましたが、例えば実際に相双地区の住人が放射能の影響で亡くなる確率と、都会の人間が大気汚染で亡くなる確率とを比べた場合に、前者が高いとは決して言えないと思います。
さらに言えばイスラエルに住んでテロに合うリスクと日本に住んで過労死するリスクはどちらが高いでしょうか。
極論を言えば、人々の文化的生活のほとんどは死亡リスクと深く関わっています。ジャンクフード、飲酒や喫煙、車の運転、運動不足・・・。
人はそれぞれ無意識のうちに死亡リスクと便利さや快楽性を天秤にかけ、ある死亡リスクを許容し、別の死亡リスクを避けて生きています。リスクについて同じ説明を受けても反応が異なるのはそのためです。
一番単純な例は、ダイエットをしている人が「今日はケーキを食べる代わりに夕飯を少し減らそう」と考えるか、「今日はケーキを我慢して夕飯にステーキを食べよう」と考えるか、という理屈です。
ここで大事なことは、どちらの選択肢を取っても、何も考えずにケーキと肉を食べてしまう方よりも健康になるチャンスは高い、ということです。つまり、ある1つのリスクを意識することで、別のリスクを減らそう、と考えるチャンスが生まれるのです。
イスラエルでテロを意識した結果、普段の街中の治安が改善した、ということもそれに当たると思います。日本でも、都心に住む人々の健康に対する関心が高いのは、都会で暮らす、という生活が健康に良くないことを、そこに住む人々が気づいているからなのではないでしょうか。

●原発事故が健康のチャンスに
今、浜通りの人々は、程度の差こそあれ放射線というリスクに対し無理解・無関心である方はほとんどいません。これは本来のリスク以外に心的ストレスというリスクも同時に抱えることにもなりますので、もちろんなければ良かったリスクには違いありません。
リスクのトレードオフ、ということを考えた時、ここにはもしかしたら人々が健康になるためのチャンスが与えられているのではないか。そのようにも考えられます。リスクを考えるということは、すなわち将来への選択を行う、ということと等価であるからです。
「放射線を意識することで、人々の健康意識が高まるのではないか」
これは、放射線の正しい知識を広めよう、とあちこちの学校を回って授業を行っているT先生の仮説です。
放射線というリスクは、実際のリスクの割に人々の不安度や関心度が高い。その関心をトレードオフとして他のリスクに思いを巡らすことができれば、リスク因 子同士を比較して、好きなリスクを選ぶ、という生活に変われるかもしれない。そうすれば全体の結果として人はより健康になれるのではないだろうか。それが T先生の狙いのようです。
「あの時期に原発に学んだから今の健康な自分があるのだ」
原発の被害に遭ったからこそ、それを逆手に利用して健康になってやる。そう思えるような街を目指せたら、たしかにいいな、と思います。

●経験と比較能力
とは言っても、現実問題としては、例えば「相馬に住むから煙草をやめよう」、と一足飛びに考えてくれる人はほとんどいません。実際に経験することと、その結果風評被害を起こすようなマインドを持たなくなる、ということにはまだ少し隔たりがあるようです。
私はイスラエルと福島の共通性に感動するあまり、イスラエルの方々に、
「フクシマの人々もまさにあなた方と同じことを言っているんですよ」と話し、また相馬の人々には「イスラエルの人々もここの風評被害と同じように噂と現実のギャップに悩んでいるようです」と話しました。結果は、どちらの反応もあまり思わしくありませんでした。
イスラエルの人々にとっては「自分たちが自主的に選んだリスクと単なる事故であるフクシマを同列に置いてほしくない」という感情があったのかもしれませんし、相馬の人々にとっては「テロと自分たちの原発災害を一緒にしてほしくない」と思ったのかもしれません。
リスクや風評被害を経験することと、他のリスクに対して寛容になることとの間には大きなギャップがあるのだな、と感じました。むしろ風評被害を経験したからこそ、自分と他者の違いに目が行ってしまう、もしかしたらそういうものなのかもしれません。

●許容のチャンス
それでも、いろいろな世界と共通項を見出して同情し合うことは、互いに学び合い、視野を広げる第一歩だと思います。そのようにして得た知恵は、世の中に氾濫している様々なリスクを回避するための強力な武器となり得ます。
「学ぶこととは、見知らぬ世界への扉を開けるための鍵を手に入れることです」
これは小学校の時の恩師の言葉ですが、今、相双地区はその鍵を手に入れているのです。
学びと健康。人々が鍵を使って扉を開けるためには、この2つのキーワードを浸透させることが何よりも大事ではないかと考えています。
鷹揚な浜の気質に学びの幅が広がり、リスクよりもはるかに大きなベネフィットを得ること。今回のような災害に対する本当の復讐は、そういうところにあるのではないでしょうか。

≪参考≫
(1)http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Palestinian_rocket_attacks_on_Israel,_2013

【略歴】おち さえ 相馬中央病院内科医、MD、MPH、PhD
1993年桜蔭高校卒、1999年東京医科歯科大学医学部卒業。国保旭中央病院などの研修を終え東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科に入局。東京下町の 都立墨東病院での臨床経験を通じて公衆衛生に興味を持ち、2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に進学。
留学決定直後に東京で東日本大震災を経験したことから災害公衆衛生に興味を持ち、相馬市の仮設健診などの活動を手伝いつつ世界保健機関(WHO)や英国のPublic Health Englandで研修を積んだ後、2013年11月より相馬中央病院勤務。剣道6段。

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