最新記事一覧

臨時 vol 164 「世界の中で孤立する日本漢方」

医療ガバナンス学会 (2009年7月15日 14:11)


■ 関連タグ

                   慶應義塾大学医学部漢方医学センター
                    渡辺賢治

●はじめに
 21世紀漢方フォーラムの案内をMRICでしていただいが、本フォーラムの狙いが
どこにあり、またどのような結論のイメージを描いているかについて補足したい。
 なお、本フォーラムの開催にあたり、狭い漢方の世界からは大いなる妨害が入
り、厚労省からの圧力もあった。
 しかしながら、下記をお読みいただければ、本フォーラムがなぜ必要なのかを
御理解いただけると思う。お読みいただいた方々に多数御参加を賜り、漢方を取
り巻く国際情勢がどのようになっていて、このままで日本は大丈夫だろうか、と
いうことをお考えいただければ幸いである。
●伝統医学のICDへの取り込み
 本年5月11日から13日に、香港でWHOの会議が行われ、ICD11への改訂に向けて
漢方を含む伝統医学を盛り込んでいく方針が確認された。
 この活動は2005年からWHO西太平洋地域事務局で始まっており、最初は日中韓
を中心に医療情報の将来をどうあるべきかについて討議した。その中の一つとし
て、ICDのような医療統計情報のベースが必要ではないか、との話になった。3
回目のWHO西太平洋地域事務局での会議からはICD(国際疾病分類)に準拠した東
アジア伝統医学の医療情報のベースを作ろうと、独立したプロジェクトとなり、
全5回の会議と1回のワーキング・グループ・ミーティングを経てアルファ版を
作るに至った。
 WHO本部にはICDを扱う諮問機関としてWHO-FIC (Family of International
Classification)という会議体があり、年1度の総会が秋にある。WHO西太平洋地
域事務局の関係者で2006年11月にチュニジアでの会議で、初めて西太平洋地域事
務局での計画を話し、2007年11月にはそのアルファ版を示して、原則として「関
連分類」とする、というところに至った。
●漢方の病名とICD
 ICDは1900年に死因統計の国際的情報共有のために始まったものであるが、最
近では、死因統計のみならず、疾病統計にまで広がりを見せており、包括診療な
どに活用されている。漢方には古典的病名があり、例えば消渇(しょうかつ)と
いう言葉の原義は多飲するが、尿に出てこないで消えてしまう、という意味であっ
たが、時代が下がるにつれて今の糖尿病とほぼ同義のような使われ方をする。し
かしながら消渇=糖尿病と置き換えていいかというと必ずしも一致しない場合も
ある。WHO西太平洋地域事務局での会議で、伝統医学病名とICDのマッピングを試
みたが、1対1になることは少なく、あきらめざるを得なかった。
●漢方の証とICD
 もう一つ漢方医学で重要なのは「証」である。「証」は病に対する生体の反応
を判断するための長年の経験知であり、西洋医学で言えば「診断」に相当する。
この「証」を基に漢方治療を決定するのであるが、「証」は、西洋医学的病理観
とはかけ離れたものであり、東アジア伝統医学にユニークなものである。
 西洋病名が病理学的な見方をするのに対し、「証」は体全体を見て判断するも
のである。医療用漢方製剤は現在148種類あるが、その効能・効果には「証」が
含まれている。葛根湯を例に取ってみよう。
 あるメーカーの葛根湯の効能・効果は「自然発汗がなく頭痛、発熱、悪寒、肩
こり等を伴う比較的体力のあるものの次の諸症」「感冒、鼻かぜ、熱性疾患の初
期・・・」と続く。この自然発汗がなく・・・というのが「証」であるが、これ
を漢方用語で言うと「太陽病の初期で実証のもの」ということになる。
 こうした「証」が保険請求に用いられることはなく、「感冒」などの西洋医学
病名で表されるため、実はわが国に漢方の統計情報は一切存在しないのである。
●ICDと漢方の証のダブルコード
 中国・韓国に目を移してみると、伝統医学の医師ライセンスと西洋医学の医師
ライセンスが異なるために、どうしても伝統医学的病名(上記の消渇など)が必
要となるが、日本の場合、漢方を用いる医師もすべて西洋医学のトレーニングを
受けている。よって伝統医学病名は多くの混乱を招くために、使わない。
 一方「証」は伝統医学に特有であり、疾病からではなく、生体から見た分類な
ので、ICDと「証」コードのダブルコーディングが好ましいと考える。例えばが
ん患者さんであっても、「証」が異なれば違った漢方薬を用いるのである。日常
で、医師はそうした使い分けをしているのであるが、コードがないために、西洋
医学病名に隠れてしまい、その使い分けが見えない。
ICD11に漢方が入ることで、より精緻な漢方的統計情報が得られることになる。
●WHOの活動が気に入らなかった中国の反応
 上記WHO西太平洋地域事務局の作業で最後の2回の会合に中国が参加しなかった
のが気になったが、参加していた中国中医科学院のメンバーが昨年4月に突然
ISO(国際標準化機構)のTC215(保健医療情報)に中国国内の医療情報を国際標準
にするように要求した。この時は唐突だったので、受け入れられなかったが、
2008年10月のイスタンブールの会議、2009年4月イスタンブールの会議でついに
ワーキンググループ(WG)を作ることが決定した。ただし、取りまとめは韓国代
表が行い、中国の主張したTCM(伝統中医学)のWGではなく、TM(伝統医学)のWG
となった。ここでも中国は大分不満を残した形であった。
 それとは全く別の動きが本年突如5月に起こり、中国から既存のISO専門委員会
ではなく、新しい専門委員会を作る、という提案がなされ、投票となった。その
結果賛成多数であったが、委員会を管理する技術管理評議員会の決定は、日本、
韓国とよく話し合いをし、再度提案するように、というものであった。
●問題の本質は何か。
 今回は技術管理評議員会の英断に救われた形であるが、中国は国策として中医
学(TCM)の国際化を図っている。2006年7月には科学技術部・衛生部・国家中医
薬管理局が共同で、中医薬の現代化と国際化のための「中医薬国際科技合作企画
綱要(2006-2020)を公布し、国家戦略として行っている。韓国にも政府には伝
統医学専門の部局があり、16名の専従職員がいる。
 それに比し、わが国では研究開発振興課がその任を担ってくれており、本当に
よくやってもらっているが、如何せん超多忙の本務に追われている。このような
体制で、中韓の国家戦略に対抗することは困難である。
 また、今回のISOの投票でよく分かったことは、一国一票という仕組みの中で
は大国米国も東欧、アフリカの小さな国も同じ一票である、ということである。
 米国に行けばすべての情報が得られ、大丈夫、という時代は終わったように思
う。世界はどんどん多様化していく中で、米国一辺倒の日本の姿勢は改める時期
に来ている。
 特に国の数の多い欧州やアフリカは中国が国を挙げて支援している。アフリカ
のエイズの治療に中医師が鍼治療に出向くなど、伝統医学分野でも多大な貢献を
している。
 こうした中国の対外政策に対し、わが国ではほとんど海外に出向かない。
●日本では正規医療、しかし海外では補完・代替医療
 漢方の世界でよく言われるのが「漢方は補完・代替医療ではない。日本ではれっ
きとした正規医療だ」と。しかしそうであるのであれば、余計海外で、このこと
を宣伝すべきではなかろうか。海外に漢方の学会がない以上、欧米における補完
・代替医療の学会に積極的に出向き、日本の漢方を堂々と主張すればいい。しか
しながら海外でのこうした学会で日本の研究者を見ることはほとんどない。
 一方、中国・韓国は大挙してそうした学会で発表する。海外に積極的に出向く
ことは、情報を与えるのみならず、情報収集にも重要な機会なのであるが、日本
はそうした努力を怠ってきたため、大きく世界の伝統医学の潮流から遅れを取っ
ている。
●日本からの情報発信を積極的に
 中国のやり方は横柄のように見えるが、彼らと話すとそうではない。日本でも
TCMをやっているから、中国のTCM国内標準を国際化すれば日本にもメリットがあ
るであろう、という考えである。そこで「日本の伝統医学は確かに中国から伝来
したが、日本に来て1500年の間に独自の発展を遂げ、現代の中医学とは似て非な
ものである」という説明をすると驚かれる。それはわれわれからの情報発信が足
りないせいである。
 欧米でも然り。多くの人がTCMは知っているが、Kampoは知らない。と言う。ま
た、日本式の鍼管のついた鍼だけがFDAで認可されているため、多くの施術者た
ちが日本鍼を使っているが、「TCM acupunture」と称しているのである。これも
明らかに日本からの情報発信が足りないためである。
 このように中国やその他の諸国において、日本の漢方の存在を幅広く情報発信
する必要がある。
●日中韓でのウィンウィンストーリーの模索
 WHO西太平洋地域での会議で日中韓の取りまとめを過去4年にわたり行ってきた
経験から、最後に述べたい。
 まずはお互いの理解を深めることである。中国は国内では中医学の権威は失墜
してきており、海外に活路を見出そうとしている。また、韓国は西洋医学と韓医
学との対立の中で新しい道を模索している。
 こうしたお互いの国の事情が分かってくると助言をし合いながら、どのように
そうした問題を克服したらいいかという知恵が湧き上がってくる。
 まずは相互理解を深めることであろう。そのためには民間のみならず国レベル
での交流も必要である。日中韓には保健大臣会議の枠組があり、伝統医学が一つ
のトピックなのであるが、日本政府が対応しきれず進まない。
 政府、民間を問わずいろいろな交流を推進するために、学会のみならず、政府
に専門組織が必要であり、わが国の国家戦略をしっかり定める必要がある。
●さいごに
 私見を長々書かせていただいた。上記のことを推進するにも国内がまとまらな
いことには話にならない。日本はいつもそれで海外にしてやられる、というのが
経産省の方からお聞きした言葉である。
 主導権争い、俺を通していない、というくだらないメンツなどによって、本フォー
ラムをつぶそうとした一部の人たちの妨害をはねのけて、多くの支援者により、
本会開催に至った。当日は一人でも多くの人たちに聞いていただき、漢方の抱え
る苦しい現状について御理解いただきたいと思う。
 御多忙の中、奮ってのご参会を期待する。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
第3回21世紀漢方フォーラム「漢方の国際医療情報を考える」
日時: 2009年7月31日(金)午後6時~8時半
場所: 慶應義塾大学医学部(信濃町)東校舎講堂
(http://www.sc.keio.ac.jp/campus.html←キャンパスマップNo.24の建物2階)
プログラム
挨拶 末松誠 (慶應義塾大学医学部長)
・基調講演1: 瀧村佳代 (厚生労働省大臣官房統計情報部ICD室長)「WHO
ICD改訂作業」
・基調講演2: 渡辺賢治(慶應義塾大学医学部漢方医学センター長)「WHO
ICD11改訂作業の中での伝統医学」
・基調講演3: 小倉悟(経済産業省産業技術環境局環境生活標準化推進室課長
補佐) 「ISOの仕組みと国際戦略」
・基調講演4: 井本 昌克 (厚生労働省医政局研究開発課 課長補佐)「漢
方医学の最近の国際動向について」
特別発言
パネルディスカッション:
進行:  宮野悟(東京大学医科学研究所教授)
渡辺賢治(慶應義塾大学医学部漢方医学センター長)
・鈴木寛  参議院議員
・小川正史 外務省日中経済室室長
・渡辺泰司 内閣府日本学術会議参事官
・木戸寛孝 医療志民の会事務局長
参加ご希望の方は健康医療開発機構事務局(jimu@tr-networks.org)までご連
絡下さい。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ