最新記事一覧

Vol.121 日本は「貧血大国」だ――妊娠を考えている女性は、貧血の恐ろしさを認識してほしい

医療ガバナンス学会 (2014年5月28日 06:00)


■ 関連タグ

この原稿はハフィントンポストより転載です。

http://www.huffingtonpost.jp/kana-yamamoto/anemia-japan_b_5312215.html

滋賀医科大学医学部医学科6回生
山本 佳奈
2014年5月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


大学に入ったころ、何度か献血に行ったことがある。しかし、一度も献血出来たことがない。ヘモグロビン(以下Hb)濃度が11.0g/dLと、基準を満た さないからだ。当時、「女性は貧血になりやすいから仕方がない」と思い、放置していた。しかし、病院実習が始まり、貧血が妊娠中の胎児に影響するというこ とを耳にし、不安になった。「貧血のまま妊娠したとしたら、妊娠が分かってから貧血の治療を始めたとしても、遅いのではないだろうか」と。

不安に思っていた矢先、ある論文を読んだ。アメリカのハーバード大学の研究者たちが、妊婦と鉄剤に関する論文48報と、妊娠中の貧血に関する論文44報の メタ解析を行ったものだ。妊娠中に鉄剤を服用していた妊婦のHb値は、平均で4.6 g/L高く、貧血リスクが50 %減少していた。さらに驚くべきことに、低出生体重児を出産するリスクは19 %も低かった。一方、妊娠初期から中期にかけて貧血であった妊婦の子どもは深刻だ。低出生体重のリスクが1.29 倍、早産リスクは1.21 倍も上昇していた。

このような状況は、鉄剤の服用量で改善する。妊婦の鉄摂取量が、1日あたり10 mg増加するごとに、妊娠中の貧血リスクは12 %、低出生体重児出産のリスクは3 %も減り、子供の出生体重は15 gも増加するという(1)。

妊婦の約30~40 %は貧血だ。妊娠すれば、母体だけでなく胎児にも酸素や栄養を与えなければならず、多くの血液が必要となる。当然、鉄の需要も増大する。しかし、「つわ り」がおこると、食事がとれなくなる。鉄摂取が不足し、体内に備蓄されていた鉄が減るため、貧血となる。また、妊娠中は分娩時の多量出血に備え、血漿量が 最大47 %増加し、赤血球は17 %増える。相対的に、血漿の方が赤血球よりも増加するため、血液中に占める赤血球の割合が低下する。血液が薄まり、貧血は更に悪化する。

妊婦の貧血を緩和するには鉄を補充するしかない。重症の場合、医師が処方する鉄剤を服用する。その一つにフェロミア錠がある。この薬剤には、1錠あたり鉄 50 mgが含まれている。1日2~4錠(100~200 mg)を、1~2回に分けて服用する。鉄剤は吐き気をもよおす。つわりに悩む妊婦が、我慢して飲むことが多い。

ところが、何とか鉄剤を飲んでも、問題は解決しないことがある。それは、鉄剤の服用を開始してから、貧血が改善するまでに1-2ヶ月を要するからだ。妊娠 が分かるのは、通常、妊娠6週くらいである。この時点で、すぐに鉄剤を始めても、妊娠10週程度にならないと貧血は改善しない。

実は、この時期こそ、胎児の発達に重要だ。それは、妊娠3~8週に、循環器系・呼吸器系・消化器系・神経系が形成され、妊娠8~11週に実際に臓器が働き始めるからだ。妊娠が分かった時点で、すぐに鉄剤を始めても間に合わないことになる。

どうすれば、いいだろうか。結局、妊娠前から貧血に注意するしかない。ところが、このことは、驚くほど認識されていない。そもそも、妊娠可能年齢の女性 は、月経により鉄を失い、貧血になりやすい。また、無理なダイエットにより、鉄摂取は不足しがちだ。例えば、コンビニで売られている幕の内弁当には、一食 約3.0 mg 程度の鉄しか含まれない。この年代の女性の、1日の鉄の必要量は12 mg 、妊婦では20 mg となる。1日3食すべてを外食で済ませれば、鉄は不足する。まして、体型や体重を気にする女性が、毎食コンビニ弁当を残さずに食べるとは思えない。さらに 事態は深刻だ。

実は、我が国は「貧血大国」だ。我が国の妊婦の30-40%が貧血だが、これは先進国の平均である18%とは比較にならず、発展途上国の56%に近い。妊 娠していない状態でも、50 歳未満の日本人女性の22.3 % はHb値が12g/dL 未満であり、25.2 % はHb 値が10g/dL 未満の重度の貧血であったという報告がある(2)。このように考えれば、貧血は大きな公衆衛生学的問題だ。

では、どうすればいいのだろう。世界各国では、鉄欠乏を改善するために、様々な対策がとられている。例えば、中国・ベトナム・タイでは、鉄を添加した醤油 を学校給食に積極的に使用することが推奨されている。また、米国などでは、小麦粉・とうもろこし粉・砂糖・食塩・シリアルなどに、鉄を添加している。米国 でよく摂取されているシリアルには、一食分(30 g)あたり1.4 mgの鉄が含まれている。

一方、日本では、このような対策は全く採られていない。あくまで、個人の意志に委ねられている。知人の29歳の女性は、「子供はいつ授かってもいいと思っ ているが、特に貧血について意識したことや考えたことはない」という。おそらく、これが若年女性の平均的な認識だろう。こんなことでいいのだろうか。

特に私が貧血の重要性を伝えたいのは、妊娠を考えている20-30代の女性だ。労働力不足に悩む我が国では、今後も女性の社会進出が進む。ある程度、高齢 出産が増えるのは避けられない。2008 年の「国民衛生の動向」によると、第一子の出産年齢は30歳以上が44%だ。35 歳以上は11.7 %にも及ぶ。高齢出産は一定のリスクを負う。健康な赤ちゃんを産むため、彼らは懸命だ。

ところが、我が国では、この問題に適切な対応をとっているとは言いがたい。私は、妊娠を考えている女性に、貧血の恐ろしさについて、正しく認識してほし い。妊娠してから治療したとしても、お腹の中の赤ちゃんに多大な影響を与えるということ、知ってほしい。自分の鉄の不足程度を把握し、一刻も早く治療を開 始し、貧血を治してほしい。そして、健康で元気な赤ちゃんを産んでほしい。生まれてくる赤ちゃんのためにも、自分のためにも、貧血の重大さを認識する女性 が一人でも多くなることを、一人の医学生として、そして一人の女性として期待したい。

(1)Haider BA1 et al.(2013). Anemia,prenatal iron use,and risk of adverse pregnancy outcomes : systematic review and meta-analysis. BMJ,346,3443.
(2)Eiji Kusumi et al.(2006). Prevalence of Anemia among Healthy Women in 2 Metropolitan Areas of Japan. International Journal of HEMATOLOGY,84,217-219.

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ