医療ガバナンス学会 (2014年5月29日 06:00)
同じ国が管轄する機関なのになぜこれほどの差が生まれたのか
※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40686
関家 一樹
2014年5月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●不正内容の実態の差
STAP問題は既に再三報道されているが、理研の小保方さんと共著者により発表された、再生医療などへの利用が期待されるSTAP細胞の論文について、論文中の画像が不正に改竄・捏造されたのではないかと指摘されている問題である。
小保方さんが争っているのは、あくまで理研の内規に従って研究の不正が認定されたことであり、現状は労働法的な不利益が科されていないため法律問題になっていない。
したがってSTAP問題には被害者が基本的にいない、あえて言えば研究費を不正に利用された理研が被害者と言えるか、という程度にとどまる。
SIGN研究は東京大学医学部附属病院の血液内科と、同科に事務局を置く研究会組織が主導して行った、白血病治療薬タシグナに関する医師主導の中立的臨床研究に、当該薬の製造元であるノバルティス社が不正に関与していたという事件である。
この研究には22の医療施設が参加し、実際に慢性骨髄性白血病を患っている患者さんに対してアンケートを行ったうえで、一部の患者さんには治療薬の切り替えとタシグナの投薬が行われている。
このようにSIGN研究は「研究に参加した患者さん」という人間を対象とした研究であり、マウスを相手にしていたSTAP問題とは大きな違いがある。
注意したいのは、よりアクティブに「研究に対する不正行為を行った」と考えられるのはSTAP論文の小保方さんの方だということだ。しかしSIGN研究の ように実際の患者さんが参加する臨床研究の場合は、パッシブに研究不正を行ってしまったとしても、非常に大きな被害を引き起こす可能性がある。
SIGN研究の問題点は既に何度も指摘させていただいているが、大きなものとしては以下の3点が挙げられる。
(1)参加した患者さんの個人情報が製薬会社に流出したということ。
(2)製薬会社との利益関係はないと説明して、参加医療施設の倫理委員会の研究への承認を詐取したということ。
(3)製薬会社との利益関係はないと説明して、患者さんの研究への参加同意を詐取した上で、病態に関するアンケートや、実際に投薬を行ったということ。
以上の点は、たとえ研究内容の改竄がされていなくても、罪として問われるべき問題である。
SIGN研究はSTAP問題と異なり、たとえ薬の効果があろうとなかろうと法律に違反しているのである。
●ホームページから見る情報公開の差
現代において私たちが最も簡単に、当事者の直接の意見を受け取ることができるのはホームページである。
そこでホームページでの理研のSTAP問題の扱いと、東大病院のSIGN研究の扱いを比較してみよう。
右の画像は、(画像はコチラから→ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40686?page=2)
・理研のトップページ(http://www.riken.jp/)
・東大病院のトップページ(http://www.h.u-tokyo.ac.jp/index.html)
を2014年5月12日15~16時の状態でキャプチャーし、筆者が問題を扱っている部分を赤く囲ったものだ。
見てもらえれば一目瞭然であるが、東大病院の側に赤い囲いがないのはミスではなく、東大病院のTOPページから現在SIGN研究の情報は消えている。
SIGN研究に関する記事は「慢性期慢性骨髄性白血病治療薬の臨床研究『SIGN研究』についての調査中間報告」という3月14日の記事のみで、これは TOPページからだと、「病院からのお知らせ」の右にある「>一覧」という部分をクリックし、さらにお知らせのページを「3月14日」まで下スクロールし てもらって、ようやくたどり着くことができる。
一方、理研はSTAP問題について「研究論文(STAP細胞)に関する情報等について」という独自のページを設けており、情報を積極的かつ更新して発信している。
さらに理研のホームページの特筆すべき点は、反対者の意見も自らのページで公開している点にあるだろう。先述のページの下の方には小保方さんの、理研の調査に対する不服を述べているコメントもPDFファイルの形で、きちんと整理されて掲載されている。
情報開示の積極性と、開示に関する誠実さについては、率直に理研を評価してよいだろう。
では、SIGN研究は医療系の臨床研究であり、刑事手続きの可能性があることからも、積極的な情報公開ができないのだろうか?
SIGN研究のもう一方の主人公である、ノバ社のホームページ(http://www.novartis.co.jp/)を見てみよう(時期・加工につい ては同様)。(画像はコチラから→ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40686?page=3 )
しっかりと、右側に背景強調までして掲載している。なお上から2番目のブロックについてはSIGN研究ではなく、降圧剤の臨床研究に関する不正関与事件に関するものであるが、ノバ社の側から見ると同様事例という点で赤く囲っている。
そしてこの降圧剤に関する研究不正については、ノバ社は現に厚生労働省から刑事告発を受けているという状況である。
「刑事手続きが・・・」が危機対応における情報公開の言い訳にならないことは、このホームページを見ればすぐに分かるだろう。
このように東大病院の現在のSIGN研究に対する対応は「人の噂も七十五日」よろしく、このまま黙っていることで何事もなかったように波が収まるのを待っているのではないかと勘繰りたくなるような有様だ。
もっともそれは当のノバ社が許してくれなそうだ。ノバ社は今年の夏までに2011年以降に行われた医師主導臨床試験への不正関与をすべて公表すると宣言し ており、既に東大病院自身が記者会見で認めているように、SIGN研究以外にも不正関与が疑われる臨床研究が存在する状況だ。
ともかく、現状の東大病院のホームページにおける情報公開の状況はあまりにもお粗末である。理研は多くの情報を公開している関係上、何度もメディアに露出 することになっているが、そのことは理研に問題が多いというよりは情報公開に誠実である結果とも言える。理研のこの姿勢は是非、東大病院も真似てもらいた い。
●不正への対応の進行の差
では実際の不正への調査対応の進行についてはどうなのだろうか? 理研と東大病院にノバ社を加えた表で比較してみよう。 (画像はコチラから→ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40686?page=3 )
(理研は「研究論文の疑義等に関するこれまでの経緯」、東大病院は「慢性期慢性骨髄性白血病治療薬の臨床研究『SIGN研究』についての調査中間報告」、 ノバ社は社外調査委員会の「調査報告書」に記載されている情報を基礎としつつ、ホームページで公開されている経過を筆者が補充した)
東大病院については3月14日以降の情報が公開されていないので空白の状況だ。
それでも2月13日に問題が発覚した理研が、2月13~17日の間に予備調査を終え、2月18~3月31日の間に本調査を行い、4月1日には調査結果を発 表しているのに対して、東大病院は約1カ月前の1月17日には問題が発覚していたのにもかかわらず、最新の状況では予備調査委員会の中間報告で止まってし まっている。
SIGN研究の他方当事者であるノバ社に至っては、既に4月2日の段階で社外調査委員会による調査を終えて、改革的な処分である役員人事の刷新についても4月3日に完了している状況だ。
文字ベースでは少し分かりにくいので、タイムテーブルにまとめなおしてみた。少し縦に長いがご容赦願いたい。 (画像はコチラから→ http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40686?page=3 )
(3月16日の理研の笹井芳樹さんの記者会見については、個人のものとして外している)
こうして見てみると、東大病院は「予備調査」の段階ですら、約1カ月後に問題が発覚した理研に後れを取っていることが分かる。
無論、何をもって「予備調査」とするかは、それぞれの組織の問題であり名称が同じであるからといって単純に比較はできないが、理研やノバ社が「調査」を完了し「改革」にまで手をつけていることに比べれば、東大病院の遅れは明らかである。
東大病院は現在でも予備調査委員の名前が不明である。また中間報告では「利益相反申告のあり方については今後作業部会等を設置して対策を検討する」と記載 しているが、この作業部会は設置されたのかさえ不明であり、大学本部に設置したことになっている、特別調査委員会の活動についても全く情報が開示されてい ない。
また情報公開や進行との関係では、理研は当事者がしっかりと公開の場で発言していることが挙げられる。
これはマスコミの取材攻勢によるものとも言えるが、それぞれの言葉でSTAP問題について自らの考えを述べるということは非常に勇気のいる行為であり、問題の当事者の姿勢として評価されるべきものである。
他方でSIGN研究の研究責任者となっている、東大病院の黒川峰夫教授が公の場で自らSIGN研究についての所見を述べたという話は聞かない。
参加医療施設の関係者の話によると、3月14日の中間報告後、黒川教授と部下の講師が謝罪に来たようだが、その際も竹田幸博事務部長に付き添い監視されていて、自ら口を開くことはなかったそうだ。
どちらの姿勢が、問題の当事者として適切であるかは、論ずるまでもないだろう。
●天下り官僚もいろいろ
理研は文部科学省が管轄している独立行政法人である、ちなみにライバルの産業技術総合研究所は経済産業省の管轄だ。また東大病院も通常医療は厚生労働省の縄張りなのだが、国立大学法人東京大学の附属病院として文科省の縄張りになっている。
独法や国立大学のように国が積極的に関与している法人には、管轄官庁のポストというものが存在し、いわゆる「天下り先」となる。
こうした法人は事務的・人事的な運営能力がない場合が多く、またあったとしても結局予算を決めるのが管轄官庁である以上、管轄官庁の支配に服するしかない。したがって内部の組織運営を、元役人が音頭を取って決めていくことになる場合が多い。
今回の理研ではコンプライアンス担当理事として記者会見にも登場していた、米倉実理事が文科省の出身である。
東大病院の側も同じく中間報告の記者会見に登場した、竹田幸博事務部長が文科省の出身である。
もっとも、同じ文科省からの天下りだとしても、両事件において果たしている役割はかなり違うようだ。
記者会見を見る限り、理研の米倉理事は淡々と内規に従った日程で、調査委員会・不服審査・懲罰委員会と進行していくことを想定し、事実今までのところ理研の調査委員会や不服審査は日程通り進行してきている。
他方で東大病院の竹田事務部長は、記者会見の際の日程の質問に対して「一切未定」と回答し、人事の処分についても「上で決める」と抽象的な返答に終始して いる。またある意味カメラを恐れず記者会見中にも門脇病院長に耳打ちをし、先述の通り謝罪行脚にも同行し研究責任者の黒川教授を監視しているという有様 だ。
東大病院があまりにも情報を公開していないため詳しい内部関係は不明であるが、それでも竹田事務部長の行動が調査の遅延、情報公開の制限を招いていると言われても仕方がない状況である。
天下りを根絶しようというのは政治的に耳当たりの良い言葉であるが、現実的ではない。実際に管轄官庁との緊密な連携を取る必要がある以上、これらの法人には今後も一定数の天下りの方々が存在することになるだろう。
こうした元役人の方々には、別にリーダーシップや正義感を発揮してもらう必要はない。ただ淡々と法律や内規に従って物事を進めていってほしい。
ルールに従った淡々とした作業は何気ないように見えて実は難しく、事務能力が必要とされる。まさに元役人としての能力を正しく発揮してもらいたい部門である。
そうした意味で、米倉理事と竹田事務部長の言動はこれからも注目に値するだろう。
●なぜこんな差が生まれるのか?
ガバナンスの視点で見たときに、給料を得ている職員がいる組織に共通して言えることがある。
それは「お金をくれる人の方を向いて仕事をする」ということである。
こう露骨に書くといかにも悪いことのように受け止められるが、例えば株式会社で考えればこれはけして悪いことではない。収益の元となる顧客の方を向くということであり、法により投資元・還元先・支配者である株主の方を向くということである。
そして株主は顧客から得た利益を還元されるという性質上、株主の満足を得るためには、顧客の方を向く必要がどうしても出てくる。そして顧客が広範な消費者の場合、社会的な批判にも対応する必要が出てくる、という仕掛けになるわけだ。
既に進行の差で確認したように、理研・東大病院・ノバ社の3者を比較すると、トラブルに対し最も迅速かつ徹底して対応を行ったのが、株式会社であるノバ社だというのは客観的に明らかだろう。
話は逸れるが以前医療行為に株式会社参入を認めるか否かという議論の時に、「株式会社は営利のことしか考えてないから~」というコンテクストで批判された ことがあったが、こうして実際のトラブルが発生した時にガバナンスを比較すると株式会社が最も優れた対応をしている(混合診療や広告規制との関係で、私は 必ずしも現在参入を推進している人たちとは立場を異にするが、この話は機会を改めたい)。
確かに株式会社は以前法定されていたように、営利のことしか考えていないわけだが、その営利を得るためには顧客の方向を向き社会的要請にこたえる必要がある。収入を維持するためには社会的批判に対して、迅速に対応する必要があるのだ。
一方で国立大学法人の附属病院である、東大病院はどうだろうか?
3月14日の記者会見において質疑応答の際に門脇病院長は、臨床研究への監督機能を強化するためにも国にはさらなる予算拡充をお願いしたい、との趣旨の発言をしている。
これでは不祥事を起こすほど収入が増えるという理屈になる。企業経営者はたとえトラブルに対処するために予算が必要だとしても、記者会見の際に「トラブル対処のためにさらなる収益の増加を目指したい」とは言わない。
端的に意識の差が見て取れるところであるが、東大病院が自分たちの収入が社会的批判とは関係なく「国」、ひいては管轄官庁の「役人」によって決されていると考えていることがよく反映されている。
結果として社会的批判に対応する必要性はなくなり、特定の官庁の方ばかりを向いた言動に終始するという事態が生じる。もっとも東大病院は多くの患者さんを 見ている病院としての側面もある、東大病院の経営者である病院長が本当にそのような言動をする必要があるのかは再考する価値がある。
理研も同じように国から予算を受け取る独立行政法人である、組織的傾向としてはどうしても管轄官庁の方向を向いてしまう。
しかしここで理研と東大病院に大きな違いが出てくる。
理研は自分たちで決めたルールである「内規」を、今のところ守りそして誠実に運用している。
ガバナンスの基本の1つに「自分で決めたルールを自分で守る」ことが挙げられる。これは日程や組織を形式的に守るだけでなく、内規を定めた趣旨に従って誠 実に運用するということも含まれる。また運用面では逆に内規で決めた以上の判断や職権を行使しないという、自制と分別を徹底することも必要になる。
理研の「内規(末尾に添付) http://www3.riken.jp/stap/j/f1document1.pdf 」は2004年に理研で発生し た論文不正事件を受けて、2006年に制定されたものである。今回のSTAP問題を受けて改めて、この内規で良いのかを再検証する必要はあるものの、現状 この内規は適切に運用され機能しているようである。
こうした内規をあらかじめ作り守っていくことで、組織が本来向いてしまう方向以外の方向に着実に進むことが可能になる。
では東大病院にも理研と同じような内規を作ればいいのだろうか?
東大病院には既に理研と同等の内規があり倫理教育もずっとやってきているのだ。
現在の東大病院の問題はシステムと言うよりは、運用の問題なのである。改善のためには運用をきちんとできる人に、運用をさせるしかない。
したがって人事的な改革を行うことに尽きる。
先述したが東大病院は、病院として見たときには多くの患者さんを診察しており、一経営体として存立することが可能な組織である。こうした独立した収益構造を持つ組織の経営者である病院長は、本来その収益構造を維持するために権限を行使することが許される。
つまり東大病院はやろうと思えば改革ができるはずである。このままでは、明らかに東大病院のガバナンスは理研に劣っている。
●おわりに
STAP問題で割烹着やヴィヴィアン・ウエストウッドを見るのもよい、しかしたまには地味だが危険がはびこっている、SIGN研究のような臨床研究不正に目を向けることも必要ではないだろうか。
患者さんという人間が被研対象となり、大規模な健康被害を引き起こす可能性のある臨床研究における研究不正は、けして時間が経てば消える問題ではない。これからも記憶を風化させることなく、指摘を続けていきたい。
【略歴】
1986年東京生まれ。2009年3月法政大学法学部卒業。現在は企業で法務担当