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Vol.133 解決志向の被災地心理支援(5)~まどろっこしい言い訳とささやかな臨床~

医療ガバナンス学会 (2014年6月12日 06:00)


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星槎大学
吉田 克彦
2014年6月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1. おわびといいわけ
久しぶりの投稿である。私は福島県いわき市の出身で神奈川にて長年心理臨床を行っていた。震災を期に故郷の福島で何かできないかと思い、星槎グループのプロジェクトに参加し、相双地区へ赴任したスクールカウンセラーのレポートである。
東日本大震災の被災地心理支援の様子についてMRICでシリーズ化して紹介したいなどと大見得を切っておいて、1年以上新しい記事を書かなかった。その 間、「早く次を読みたい」といった温かいお声を少なからずいただいて、こんな拙文でも読んでいただいているのなら何か書かなければと思いつつも、書かな かった。
書かなかったと言うよりも「書くことがなかった」というのが、正確な表現といえる。被災地心理支援について書こうと思ったが、私が相双地区で行っている心理支援は、以前に神奈川県で行っていた心理支援と、問題の質も解決方略も全く変わらないのだ。全く、である。
こんなことを書いていると、「いろいろな家庭の事情があるのだから、同じ訳がないだろう」という意見が聞こえてくるようだ。しかし、いろいろな事情がある のは、それこそ被災地に限ったことではなく、どの地域でも隣近所すべて同じ境遇であるわけがない。離婚再婚・死別出産などで家族成員が変わることも、長年 住み慣れた一戸建てから狭い住居に引っ越すことも、転校先の学校になじめず登校を渋ることも、日本全国どこにでもありうることである。もちろん、大規模災 害が起きて、いつ被災地になってもおかしくないことも。
各家庭の問題を、各家庭の事情にあわせて対応していく。それは古今東西共通の解決法である。そういう意味で、私たちの仕事は被災地でも非被災地でも変わらない。そう考えると、とりたててレポートすることがなくなってしまったのだ。
うまくいっていることを伝えるのは非常に難しい。筆者のところに、今年の3.11前にもいくつかの取材が来たが、「実際にかかわっている現場ではPTSD 症状は全くといっていいほど見られない」「カウンセラーとしての対応は、被災地だから特別なことは必要ない」ということを説明したところ、どれも記事には ならなかった。プロの記者さんでさえも、「うまくいっていること」を記事にするのは難しいのだなと思う。

2. 家族離散の危機を脱したささやかな介入
では、実際にどんな臨床をしているのか。具体的な事例を紹介したい。なお、この事例は母親に承諾を得たうえで、プライバシーに配慮して主旨に影響のない範囲で脚色してある。
先日筆者の元に子どもの家庭内暴力に悩む母親からの相談があった。母親の腕はアザだらけで、見るも痛々しい状態である。
母親は「どこの施設でもいいから一刻も早く子どもを預けてしまいたい」「それができないなら私が消えてしまいたい」と訴えていた。自分の力ではどうしようもないと無力感を抱いているようだった。
よくよく聞くと、元夫からのDVや母親の幼少期の虐待経験なども話された。トラウマ・共依存・虐待の世代間連鎖…などの言葉を連想するようなエピソードが沢山出てきた。
しかし筆者は、そのあたりは焦点化せず、今現在の母子のコミュニケーションに焦点を当てていった。そして、大変な状況の中で母親が来談した努力を労った。 面接の最後に、次回面接まで毎朝子どもと挨拶をすることと、母親のネガティブな口癖を言ってしまったあとに気づいた時だけでいいので、一言付け加えるよう に提案した。そして、一日3行の日記を書くように伝えた。母親が要望していた、子どもを施設に預けることについては、時間の都合という口実で、次回ゆっく り話そうと伝えた。

二回目の面接、母親は前回とはうって変わって明るい表情をしていた。きれいに化粧もしていて、身だしなみに気が回るようになったのだろうか。前回は、アザを隠すように冬服だったが、明るい色合いの春服から見える腕には、新しいアザが見られない。
母親が持参した日記を見ながら、前回面接からの様子を確認する。それによると、帰宅後から、母親は挨拶をすることと口癖に気をつけるように心がけたとい う。そうしたところ、息子の方から手伝いをしてきたり、ちょうど母の日があり、何年かぶりにプレゼントをもらったりしたという。初回面接以降、暴力も全く 見られない。
暴力が見られなくなり、関係もよくなったため、母親はネガティブな口癖も口に出さないように意識しなくてもつぶやく必要がなくなった。そして、「この調子 で息子とやっていきます。また困ったらきます」と笑顔を見せて、面接を終了した。数週間後にフォローアップをしているが、良好とのことである。
この事例はコミュニケーション派家族療法あるいはMRIブリーフセラピーといわれるアプローチの実践例だ。生育歴やトラウマ的経験などよりも現在の相互作 用に焦点を当てて、悪循環に介入する方法である。母親は、子どものDVについて、自信の虐待経験や元夫との関係などと結びつけて考えているようだった。ま た、家族関係がこじれ、離婚する時期が、東日本大震災発生と重なり「震災の影響」という言葉もたびたび聞かれた。
そんな中、カウンセリングでは母親の口癖と挨拶などのコミュニケーションパターンに焦点化していった。つまり、暴れるきっかけへの介入である。
暴れるきっかけがなくなれば、すぐに子どもは暴れなくなった。子どもが暴れなくなることで、(暴れるきっかけでもある)母親の口癖も必要なくなり、良好な コミュニケーションにかわっていった。数年ぶりにもらった母の日のプレゼントは、良好なコミュニケーションの証でもある。まさに悪循環が好循環に変わった のだ。

3. 再びのいいわけとまとめ
このように、私たちの周りの問題は些細なことで生じ、些細なことで解決する。この些細な出来事を、プライバシーに配慮して脚色しつつ発信することは、少なくとも文才のない筆者には非常に難しい。
東日本大震災から丸3年が経過し、「被災地からの情報発信が減ってきた」「震災関連のニュースがなくなってきた」という意見を耳にする。一方で、某マンガ のように、センセーショナルな内容を「真実」として、拡散させることもある。このささやかな日常を伝えるのは、筆者だけでなく、みんな苦労していることが わかる。だからと言って、センセーショナルな情報ばかりが広がるのも、筆者たちが目指している解決志向の被災地心理支援とは真逆で、適切とは言えない。さ さやかなことをささやかに書き続けることが重要だと思う。
決してセンセーショナルではないので、つまらないかもしれないが、ささやかな心理支援の様子を今後も発信していきたい。

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