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Vol.138 大西睦子の健康論文ピックアップ ~マグロと水銀―色々な種類の魚を食べよう

医療ガバナンス学会 (2014年6月18日 06:00)


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この原稿はロバスト・ヘルスより転載です。

http://robust-health.jp/

内科医師
大西 睦子
2014年6月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

海に囲まれた日本では、魚は欠かせない食材です。中でもマグロは、寿司や刺身といった代表的な和食文化の主役を飾る存在ですよね。しかしながら、マグロに水俣病で知られるメチル水銀が多く含まれていることは、あまり知られていないのではないでしょうか。

米国では、寿司人気がますます高まり、消費量が急速に増えています。「寿司は栄養価が高くヘルシーな食品」「寿司を食べる日本人は長生き」などの評判があるからです。ところが一方で、寿司の摂取による「メチル水銀」※1の過剰摂取が懸念されています。
メチル水銀は毒性が強いことで知られます。神経毒性があり、特に母体を通じた胎児や発達中の幼児へ影響します。
日本でも厚生労働省が、水銀の胎児への影響を懸念して、例えば、妊婦がクロマグロを食べるのは週1回(80g)以下にするよう勧告(*)しています。
(*)http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/qa/051102-1.html

ご存じの通り日本では、メチル水銀化合物の水環境汚染のため、食物連鎖によって引き起こされた「水俣病」を経験しています。工場排水として排出されたメチル水銀化合物が川や海を汚染し、メチル水銀を多量に蓄積した魚介類をたくさん摂取した人々やその子供たちは体を蝕まれ、命を落としたり重篤な障害に苦しんできました。。
今では、メチル水銀による環境汚染問題は、世界中で大問題となっています。米ハワイ大学、ミシガン大学の研究者らが先日『Nature Geoscience』に報告したところによると、北太平洋の深海に棲息する魚の水銀濃度の上昇が明らかとなり、原因として、中国やインドの石炭火力発電所から排出される水銀の関与が示唆されています。

Joel D. Blum, Brian N. Popp, Jeffrey C. Drazen, C. Anela Choy & Marcus W. Johnson
Methylmercury production below the mixed layer in the North Pacific Ocean
Nature Geoscience 6, 879-884 (2013)
doi:10.1038/ngeo1918

http://www.nature.com/ngeo/journal/v6/n10/full/ngeo1918.html

さて、実際の寿司の消費量とメチル水銀の摂取の関係はどうなのでしょうか? これについて米ニュージャージー州・ラトガース大学の研究者らが調査報告しましたので、今回紹介させていただきます。

Joanna Burgerab, Michael Gochfeldbc, Christian Jeitnerab, Mark Donioab & Taryn Pittfieldab
Sushi consumption rates and mercury levels in sushi: ethnic and demographic differences in exposure
Journal of Risk Research (2013)
DOI:10.1080/13669877.2013.822925

http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/.UueamtaCgcA#.U5vhTyhGn5M

1. 消費量調査(インタビュー)
研究者らは、大学とその周辺の住民1289人を対象に、魚や寿司の消費量に関するインタビューをしました。インタビューは、レストラン、寿司バー、寿司が売られているスーパーマーケットなど、寿司の消費場所や購入場所で行われました。質問は、1カ月における魚の食事の回数、魚の寿司と魚以外(野菜)の寿司を食べる回数、一食当たりの寿司の個数などです。この報告では、単に「寿司」とした場合には、握りも巻き寿司も、さらに野菜のみをネタとする寿司も含まれるものと定義します。
さらに対象者には、年齢、家族の国籍あるいは民族、最後に収入も尋ねました。対象者の平均年齢は24.9±0.3歳で、年齢分布に民族間の差は認められませんでした。民族としては、白人が半数近く(625人=49%)を占め、アジア系が3割強(398人=31%)でした。アジア系の対象者のうち、80人が東アジアあるいは東南アジア系(中国、日本、韓国、フィリピン、ベトナム)で、109人が南アジア系(インド、パキスタン、バングラデシュ)、残る209人はアジア系と回答しましたが詳細は不明でした。さらに、黒人が122人とラテン系(メキシコ、中央アメリカ、南アメリカ、プエルトリコ、キューバ、ドミニカ共和国)が109人で、それぞれ約9%を占めました。性別分布は民族間で異なっていて、中東系(26人;アラブ、イラン、レバノン、パレスチナ、イラク、エジプト)は女性が有意に少なく、東アジア系は女性が少し多めでした。平均家族の収入は、民族間で相当な差を認めました。
インタビューの結果、対象者全体の92%が魚(魚料理や魚の寿司)を食べていました(平均5.1回/月)。また、対象者全体の77%(997人)が何らかの寿司を食べており(平均3.3回/月)、そのほとんどが魚の寿司を含んでいました。ただし野菜の寿司のみ食べている人も、寿司を食べる人の8%に上りました。寿司を食べる人は、一食あたり平均8.5個寿司を食べ、そのうちの7.4個は魚の寿司でした。一食あたりの寿司の個数に、1カ月あたり寿司を食べる回数を掛け算すると、平均27.0個/月の寿司消費量になる計算です。。寿司を食べた997人(全体1098人の91% )のうち、32%は1カ月に少なくとも20個、14%が40個以上、5%が80個以上食べていました。8人は、魚料理あるいは魚の寿司を毎日食べ、そのうち7人は半分以上が寿司だったと回答しました。2人は寿司を毎日食べたと報告しました。
民族別では、1カ月の寿司平均摂取個数は、東アジア系が最も高く、次に白人と南アジア系が続きました。アフリカ系アメリカ人、ラテン系、中東系は、他の3群よりも有意に低くなりました。収入に関しては、全体的には関連性はありませんでした。

2. メチル水銀含有量の調査
メチル水銀含有量の分析のために、インタビューが行われた地域の食料品店、専門店、寿司バー、レストランから、マグロに加えてウナギ、サケ、マグロ、カニを含むサンプルを集めました。また、ニューヨーク、シカゴの店やスーパーマーケットからマグロ寿司のサンプルを集めました。
分析の結果、寿司の種類によって、メチル水銀含有レベルに有意差を認めました。特に、マグロの寿司が、最も水銀含有レベルが高く、0.61 ±0.03ppmでした。ニューヨークのマグロ寿司サンプルでは、メチル水銀の含有量がより高めでした。というのも、サンプリングしたレストランが、マグロの中でも最高級のクロマグロやメバチなどを使っていたためです。これらのマグロは大きく、小さめのマグロよりも、高いレベルの水銀を含有しています。そのため明らかに米国食品医薬品局(FDA)の基準レベルである1ppmを超えているマグロ寿司もありました。それに対して、メチル水銀レベルが低かった魚は、ウナギ、カニ、サケでした。ただし、サンプルによるメチル水銀含有量の差が大きく、2.0 ppmのものもありました。
魚は、良質なタンパク質源で、オメガ3系脂肪酸※2を含有するため、血中のコレステロール※3低下、子供の認知機能への効果、心血管疾患やある種のがん予防効果があることが報告されています。一方、高いメチル水銀にさらされていると、神経発達障害、認知能力低下、心血管疾患の増加などを引き起こします。また、メチル水銀は、オメガ-3脂肪酸の心臓保護効果の一部に、逆効果の働きをすることも報告されています。米国国民健康栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey)のデータによると、米国では胎児の7.8-15%が過剰な水銀にさらされていることが判明しました。
厚生労働省の規制の対象は、妊婦が注意しなければならない魚種は、メチル水銀の濃度が高いマグロ類 (マグロ、カジキなど)、サメ類、深海魚類、鯨類(歯鯨※4、イルカ)で、それ以外の魚類を控える必要は無く、むしろ積極的に魚介類は食べた方が健康に良いと考えられています(以前の記事「妊婦さんが食べてはいけないもの」も参考にしてみてください)。
要するに、現状では、同じ魚を毎日食べるのではなく、色々な種類の魚を利用するのが一番健康的と考えられます。また、地球の環境汚染問題は深刻です。省エネ、リサイクルなど、自分自身のできることから心がけたいですネ!

<参考>
※1. 水銀がメチル化された有機水銀化合物の総称で、いずれも毒性が強い。国内では禁じられているが海外ではまだ農薬や工場廃液に含まれることがある。脂溶性の物質であり生体内からのメチル水銀の排出は遅いため、生体蓄積の程度は高く生物濃縮を受けやすい典型的な毒物。大きな肉食魚の場合、小魚の100倍ものメチル水銀を保持することになる。
※2. 脂質の構成成分の一種で、青魚に多く含まれるEPAやDHAが代表例。体の調節物質の原料であり、細胞膜を構成する要素でもある。生理活性の強いオメガ-6脂肪酸と競合することで、免疫や凝血反応、炎症などについて過剰な反応を抑える。いわばオメガ6系統のブレーキ役として働くので、両者のバランスが大事とされる。
※3. .細胞を作るのに必須であり、その他人体に必要な物質。多くは 脳、肝臓、脂肪組織、副腎に存在している。肝臓や腸で合成(約90%)され、食材として体内に入るのは10%ほど。脂肪を腸内で分解・吸収する胆汁酸の原料であり、内臓機能を保持するステロイドホルモン、特に性ホルモン、副腎皮質ホルモンの前駆体として重要。水分が多い血液には溶けづらいので、血中では水になじむ「リン脂質」や、タンパク質にくるまれた「リポタンパク」の形で存在している。コレステロール自体には善玉も悪玉もなく、コレステロールを運ぶ役目をするリポタンパクに善玉と悪玉がある。
※4. クジラ目ハクジラ亜目の哺乳類の総称。歯があり、鯨ひげをもたない。聴覚が発達し、声帯はないがのどか鼻道で高周波音を発し、反射音で水中の物体を探知する。イルカ、マッコウクジラ、アカボウクジラ、イッカク、シャチなど。

【略歴】おおにし むつこ
内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。

 

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