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Vol.161 コンフリクト転換を重視した地域医療再生の実践 ~ 地域医療教育におけるトランセンド法の意義 ~その1

医療ガバナンス学会 (2014年7月22日 06:00)


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Practice for revitalization of local medical service through conflict transformation
:The role of transcend theory for education of community medicine

この原稿はトランセンド研究:平和的手段による紛争の転換 第12巻 第1号2014年6月30日発行からの転載です。

和久祥三(兵庫県立柏原病院)
いとうたけひこ(和光大学)
井上孝代(明治学院大学)
2014年7月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


はじめに

兵庫県丹波市の「県立柏原(かいばら)病院の小児科を守る会」(以下「守る会」)をご存じだろうか? 奇跡の医療革命と称され、たびたび全国の大手メディアに取り上げられドラマにもなった住民運動である。

第1筆者の和久はその守る会に守られた小児科医の一人である。貴重な経験をした者として使命を感じ、講演会や大学医学部などの授業に加え、各種メディアの取材を受けてきた。地域医療分野のみならず、コンフリクト(葛藤・もめごと・争いなど)に満ち溢れた地域社会から日本全国へ、この丹波小児医療再生物語を通じて和解の心理学を広く知ってほしいと考えたからである。そうすることで、これまでご協力頂いた方々への恩返しにもなると信じている。本稿が、医療分野へのトランセンド(超越)法の応用について興味を喚起するきっかけになれば幸いである。
最近は、医療崩壊という問題がメディアを賑わすようになった。その主な原因は日本の医師不足である。医師総数が少ないうえに、医療訴訟の増加により、医師はハイリスクな診療を嫌い、自分の専門分野以外の診療を避けるようになった。患者側も、より信用のできる専門医の診療を求める。医者も患者も専門医志向となり、総合的・全人的に診療できる医師が減少した。その結果、小中規模病院は救急医や専門医がいないことで救急の受け入れが困難となり、一方、すべての診療科・専門医をそろえられる高次機能をもった病院には患者が集中し、地域全体で救急受入れ不能となる事態が相次いだ。
また、医療崩壊は特に人的・経済的に余力の少ない地方への影響が早期から顕著に出始めたが、小児科医師数統計によると、首都東京近辺の茨城県、埼玉県、千葉県などの地域でさえ、医師の絶対数は多くても人口当たりの医師数は不足している状態にあるという。医師不足に加え、都市部と田舎の医師の偏在だけでなく、人口当たりの医師数の格差も大きな社会問題である。

そのような中、平成19年兵庫県丹波市で冒頭に紹介した住民運動が興った。
筆者らは、この丹波地域で興った地域小児医療再生の手法がガルトゥング氏のトランセンド法を(意図せず)応用したものであることを確信した。その後、積極的に地域医療へのトランセンド法応用の必要性を講演会などで訴えている。
和久は2014年2月15日に徳島県で開催された徳島地域医療研究会での講演に際し、丹波地域の地域小児医療再生へのトランセンド法の応用例を報告し同時にアンケートを実施した。聴講者は会の特性上、医療関係者が主で年代は10代から60代、男女比は23:11(無回答1)であった。アンケート内容は、「これまでコンフリクトに対する和解の方法を知っていたか」「これまでどのように解決してきたか」「講演で紹介したトランセンド法を今後、聴講者自身が利用したいか」などである。この回答から、コンフリクトあふれる世の中において、「和解の方法が実用的スキルとして、まだ十分浸透しておらず、いかに人々が混乱しているのか」、そして「トランセンド法を含む和解の方法が、いかに医療の現場や世の中で必要とされ、その速やかな普及が必要であるのか」を明らかにしたい。
本論文の構成は、まず1章で和久の講演会の内容について説明し、次に2章で講演会のアンケート結果よりトランセンド法の医療現場などへの応用の期待度を検証する。3章では、2章での調査結果も踏まえつつ、医療分野へのトランセンド法の応用の可能性と問題点、その普及方法についての検討を行う。
1.徳島地域医療教育研究会での講演会

(1)経緯

2007年春、丹波地域の小児医療は崩壊目前という状態であった。対峙していた現場小児科医と地域住民(子育て中の母親たち)との間に、地元新聞記者が仲介者という形で介入し、地域の小児医療を再生させるという事例が発生した。意図的なトランセンド法応用ではなかったのだが、貴重な事例を体験したのでここに報告する(なお、このコンフリクト解決がトランセンド法を応用したものだと確信したのは、守る会発足1年後の2008年4月8日である。すなわち、和久は先行してトランセンド法を知っていたわけではないということを確認しておく)。

(2)講演会の内容

医療事情をよりわかりやすく説明するため、第2回岡山MUSCATフォーラム『いまを生きる―求められる医療人の力―』での和久の特別講演2の要旨原稿と「看護・介護・医療・福祉関係者のための情報サイト『Nursing-plaza.com』」の和久のインタビュー記事を改変した(URL:http://www.nursing-plaza.com/)。

●「志を救われた泣き虫小児科医の一例」―地域医療再生のヒント―

近年「医療崩壊」は、日本全国にその問題を投げかけている。その主な要因は以下の4つである。

(1)医療費亡国論に基づく政府の医師数抑制政策(OECD加盟国の中で日本の医師数は下位)
(2)平成16年度から施行された新臨床研修医制度による医局の人材派遣システムの崩壊
(3)医療訴訟やマスメディアによる医療バッシングによる萎縮医療や専門医志向
(4)勤務医の過酷な労働から起こる種々の問題(医療ミス・医師のうつ・過労死など)

「地域医療」の定義は「医師や医療従事者が地域の住民に働きかけて疾病の予防や健康の維持、増進のための活動を行う事」「地域の行政や住民組織と協力してすすめていくことが特徴」等とあり、都会にも田舎にも地域医療は存在し、地域医療の主語は「住民」、「医療者」、「行政」であると理解した。また、それぞれの主語に必要な要素を「心・技・体」であらわすとわかりやすいであろう。私の経験した地域医療崩壊をそれらの要素で表現してみると、「それぞれの主語の『心(志)』を支えるための『技(システム)』や『体(お金・人材)』が不足し、主語同士の対話が成立しないまま、責任転嫁・対立が始まり、解決への希望が断たれた主語の一人である医師の立ち去り(立ち去り型サボタージュ)が続発し地域の医療が崩壊した」である。

医療崩壊が人的・経済的に苦しい地方から顕著になり始めたことは先にも述べた。それは、これまで地方にも多くの病院が無計画(「私の村・町にも病院を!」的に人口比率も考えず)につくられてきたことが原因の一つかもしれない。当然のことながら、多くの病院に医師が分散される状況になった。そして、各病院は入院患者がある以上、24時間体制で患者さんを守る義務がある。そんな中で、医療崩壊が起ったのだ。簡単にその後の展開が想像できると思う。補充もなく仲間が減る中、少人数で病院を守らねばならないのだ。補給線を絶たれた戦場にいる心境になった医師も多かったのではなかろうか。

病院は経営維持のために、患者を奪い合い、医師の労働環境を無視した患者さんへのサービスの向上に努めた。そのため医師は、当直明けで36時間勤務は珍しくなく、外来・入院・救急・緊急手術はいつも綱渡りであり、過酷な労協環境の中で当然のごとく疲弊していった。こうした現状を現場の医師が病院の経営陣・首脳陣へ申し出ても聞き入れてもらえなかった。頼みの自分の所属する大学医局に申し出ても、新しい人材がなく、人材供給も極めて困難であった。
一方、患者側にとってはサービス競争中の病院が点在しているわけで、何の事情も知らされない住民は、サービスが気に入らなかったら無謀な注文やクレームを残し、他の病院へすぐに移ったり、夜間休日に不要不急の軽症にもかかわらず救急外来を利用するいわゆる「コンビニ受診」が増加した。いつの間にか全国に「湯水のごとく医療をむさぼる(医療に対して高すぎる期待と理不尽な要求をする)文化」が育っていった。

地域医療の主語同士の対話の場も用意されぬまま、主語間の対立や立ち去り(撤退)が起こった。しかも、誰も警告をしない。その結果、なんの説明も無いまま現場の患者はたちまちに命を危険にさらされることになる。一方、使命感で現場に残った医師も、仕事やクレームが集中し自らの心や体を病み、時には命を奪われる。いったい、誰のための医療か? 誰が得をしているのか?
経済・エネルギーなど世の中には重大な問題はたくさんあるが、この度の地域医療崩壊は身近な大切な命に関する大問題にもかかわらず、発展的解決ができず地域医療の主語の皆が無関心や放置・対立・妥協または撤退で対処するしかなかった。国~現場の病院レベルでも経営・経済優先で医師の労働状況の実態を把握する努力も、医師自身も国民にきちんと伝える努力もしてこなかった(できなかった)ことで招いた結果と言える。特に大切な問題の解決にはタイムリーで正確な情報共有が重要である。

●「県立柏原病院の小児科を守る会」が救った当院の小児科

和久が務める兵庫県立柏原病院の小児科も、以前は同じような状況下にあった。過酷な環境の中で、懸命に丹波地域の小児医療の継続に取り組んでいた。しかし、医師は減る一方であった。とうとう一人だけの実働医という状況を余儀なくされ、不眠不休の状態でこれ以上安全な医療を提供しつ続けることは難しいと判断し、退職を決意した。それは、丹波市内で唯一、病的新生児や小児の入院を扱う(小児2次救急)病院小児科の閉鎖を意味していた。

2007年、このような危機的な事態を救ってくれたのが、「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動であった。実は、守る会発足の1年以上前から丹波地域の医療に危機感を持ち、当院や地域の医療崩壊事情の取材を続けていた一人の新聞記者がいた。丹波新聞社の足立智和記者である。守る会は彼の情報発信や座談会をきっかけに地域の母親たちによって結成された市民団体である。丹波地域の小児科医療の事情や医師の過酷な現状を知った会のメンバーたちは、「コンビニ受診を控えよう」、「かかりつけ医を持とう」、「お医者さんへ感謝の気持ちを伝えよう」をスローガンに、ビラや小児救急について詳しく書かれた小冊子の作成や、ホームページ※や講演活動を通じて啓蒙活動を進めていった。守る会は丹波地域の小児科医療の深刻な事情や医師が過酷な勤務に苦しんでいること、また、自分たちの安易な判断によるコンビニ受診が医師を苦しめる一因になっていること、そして、医師と患者はパートナーなのだということも広く市民に伝えていった。一時は辞意を表明していた和久は、守る会が次々に興す見事な化学変化ともいえる文化づくりに圧倒され、いつの間にか病院を辞めるという考えを撤回していた。

※「県立柏原病院の小児科を守る会」のホームページからは、どんなときに救急車を呼べばよいのかわかる、「受診の目安チャート図」をダウンロードできる。また、「子どもの応急処置」「粉薬の上手な飲ませ方」などがわかりやすく解説された『小児救急冊子』、「こどもを守ろう お医者さんを守ろう」と書かれたステッカーなどを購入することもできる。また、会の設立から最近の活動まで詳細に記載されているので参照されたい。
(http://mamorusyounika.com/joho.html)

●コンビニ受診が減少し、重症者の対応に専念

守る会の活動は、実際の医療現場に大きな成果をもたらした。それはコンビニ受診の件数にも表れた。コンビニ受診のおおまかな指標の一つとして、時間外に受診した患者の入院率で予想することもある。(入院率のみで厳密に適正受診を判断することはできない。)
これまでの時間外小児救急外来での入院率は一般的に、5~10%程度と言われている。つまり、時間外に100人の患者が来た場合、5~10人程度は適正受診だったが、それ以外は入院が不要な軽症な患者だったとみることができる。ところが、守る会の活動以降の当院では、時間外受診者は1/2~1/4に減少し、その入院率は20%前後になった。地域住民に「コンビニ受診を控えよう」という理解が広まっていることが実感できるデータである。

コンビニ受診が減少してきた頃、近隣で小児科の入院機能を持つ病院が少なくなってきた。そのため、当院に中等~重症の入院患者が集中するという事態になったが、それに耐えられたのも当院へのコンビニ受診が減っていたからだと思われた。以前は重症者の処置をしている最中に、待合室から元気にはしゃぐ患児や「まだか?」という患者のご家族の声が聞こえることもあったが、今はほとんど皆無である。守る会の活動のお陰で、地域住民が協力してくれるからこそ、重症者の対応に集中することができるようになったのだ。もちろん、守る会の活動による受診行動効果だけでなく、地元の神戸大学・兵庫医科大学・大阪医大・京都府立医大はじめ全国の小児科医からも守る会の活動に感動を覚えたと言って、声援や支援を頂いたことも大きな力になった。特に同門の神戸大学小児科医局や兵庫県立こども病院からは、一番初期のつらい時期に、かつての上司・同僚・顔も知らない後輩たちまでもが当直、外来への支援に来てくれた。恥ずかしい告白だが、和久は泣き虫だ。その涙が悔し涙から感動・感謝の涙に変わったのは言うまでもない。その後、小児科常勤医も2名から最大7名(2014年現在は4名)までに増えた。

http://expres.umin.jp/mric/mric_graph153.pdf

さて、もう一つ、守る会の活動を語るときに欠かせないのは、「ママのおしゃべり救急箱」という勉強会である。これは後輩(新米)の母親達に小児救急・医療の現状を話し、時間外受診の方法などを教えるなどの守る会のメンバー達が自ら発案し市行政と協力して行っている勉強会である。これだけでも十分感心する活動であるが、守る会はそこでさらに(特に医療者が)感動する事を発信している。なんと、守る会が一般の方たちに「医療の不確実性」を伝えてくれている事である。妊産婦死亡率(世界平均では398人に1人の妊婦さんが亡くなっている計算になるが、日本では1万4千人に1人の確率に減らしていること)を提示し、日本の産科医がどれだけ頑張っているかを説明してくれているのである。一般の方は、お産は安心・安全と思っており、一旦事故が起きると医療過誤だと決めつける事があるが、産科医達は「お産は母子ともに命がけだ」ということを認識しながらお産に対応している。ここに大きなギャップが存在している。患者は医者を「殺人者」や「犯人」と言う環境が、医者は患者のことを「クレーマー」や「モンスターペイシェント」と言う環境が放置され続けている。そのような状況では医師は産科を辞め、学生は産科医にはならない。まさに萎縮医療まっしぐらである。

そんな中、双方のギャップを埋めるための講演会をしている「守る会」は、柏原病院の小児科を守っているだけだろうか? 「『守る会』は日本の医療を守っている」と言えるのではないか? 和久には、「医療の不確実性を伝える」というこの一般市民に向けての発信は、その創造性において、きわめて貴重な試みであるように思える。

守る会以外でも、丹波には丹波医療再生ネットワークという町の医療者(開業医・歯科医・薬剤師)たちが中心になって医療に関する自主勉強会や市民向け講演会を毎週開催しているグループが発足したほか、丹波医療支え隊という子育て終了世代中心のグループは毎週木曜日に手作りお弁当を病院医局に差し入れてくれている。丹波市医師会は平日の夜間応急診療所を開設、丹波市は地域医療課を作り、これらの住民活動を支え、大学や県も支援を始めてくれた。本稿ではすべてを紹介しきれないが、以上が、和久に病院辞職を撤回させた守る会が興した内外の素晴らしい化学反応例である。
和久は診療処置の最中(特に重症患者さんに集中して処置できている瞬間など)度々、守る会メンバーの顔が浮かび「守る会のみんな、ありがとう」という感謝の気持ちでいっぱいになる。守る会は間違いなく和久の日々の診療のモチベーションになっている。

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