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Vol.162 コンフリクト転換を重視した地域医療再生の実践 ~ 地域医療教育におけるトランセンド法の意義 ~その2

医療ガバナンス学会 (2014年7月23日 06:00)


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Practice for revitalization of local medical service through conflict transformation
:The role of transcend theory for education of community medicine

この原稿はトランセンド研究:平和的手段による紛争の転換 第12巻 第1号2014年6月30日発行からの転載です。

和久祥三(兵庫県立柏原病院)
いとうたけひこ(和光大学)
井上孝代(明治学院大学)

2014年7月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●和久の考えを変えた一冊の本との出合い

守る会の活動は、その後さまざまなメディアでも取り上げられ、和久も多くの取材を受けた。「奇跡」などともてはやされたが、和久は複雑な心境だった。なぜならば、この活動は小さな地域でたまたまコミュニティがしっかりしていたから成し得たと考えていたからである。他の地域に波及は無理であると諦めていたし、大々的にメディアに取り上げられることに困惑していた。ところが、ある本との出会いをきっかけに、その考えは一変した。

井上孝代氏の『あの人と和解する―仲直りの心理学』の中で初めて、「トランセンド法」の存在を知った。トランセンド法は、対立する双方の問題を解決するために「妥協点を見いだす方法ではない」、「第三者(仲介者)が両者の考え・言い分を十分に聞き、対話することによって、二者のゴールを乗り越えたレベルの新たな解決地点(超越点)を見いだそうとするものである」と説明されていた(井上,2005)。和久はすぐに「これは、守る会と私と足立記者の関係ではないのか?」と考えた。躊躇なく、著者の井上氏にメールで確認したところ、2008年4月24日に、「トランセンドの発想を活かした創造的な取り組みであると実感致しました。」というメールが届いた。

●和解の方法(トランセンド法)を知った医師として

守る会の発足のきっかけとなった座談会がある。いよいよ和久が辞表を出すという期限の直前に足立記者が子育て中の母親たちを集め開いた。自分がこれまで報道してきた小児医療事情について意見を聞いたところ前半部分では、医師や病院に対する不平や不満の意見にあふれていた。まさに医師と患者が対立している状態であった。このように双方の要求の方向性が異なり、かけ離れている場合、お互いの気持ちや背景を理解しあうためには話し合いを持てばよいが、当事者同士による直接的な交渉は受け入れが困難なことがある。一方、より自分に近しい立場の仲介者の言葉は受け入れやすい場合がある。

会の途中、自分の子供の病気(喘息)で深夜の救急外来を受診しそのまま入院になったことのある母親がその体験を話し出した。朝からずっと寝ずに一晩中働いていた和久が翌日も普通に働いていたこと。そしてそれが日常的であることをその入院で初めて知り、その母親は涙ながらに次のように発言してくれた。
「うちの子の病気のこと考えたら、柏原病院の小児科がなくなるんは、ほんまに困るんや・・・でも、先生のあんな姿見とったら『辞めんといて』とは、よう言わん・・・」

この発言で座談会の雰囲気が大きく変わったという。母親たちが地域医療の主語(パートナー)へと変身してくれた歴史的瞬間であると思っている。
丹波地域の例は、トランセンド法という解決方法を知らぬ間に実行していた。この方法は、世界の紛争を治めるときにも用いられる方法でもあり、国連でも採択されている。このような普遍的な方法で丹波医療が再生したのであれば、他の地域でも応用できるはずであるという結論に至った。井上氏の著書との出合いによって、守る会の成果に自信と希望を持つことができた。トランセンド法を知った小児科医として、あらためて全国に守る会の活動を発信し続ける必要性を感じるようになった。和解の心理学・トランセンド法については次のスライドを用いて説明している。

http://expres.umin.jp/mric/mric_figure153.pdf

●「守る会」に心(志)を救われた医師として

守る会に守られて、小児科医としての志を回復した和久は医療事故で我が子を失われた母親(豊田郁子さん)が代表をされている「架け橋」というNPOの医療対話推進者研修会に行ってみようという気持ちになれた。(http://www.kakehashi-npo.com/)
1992年に医師となったが、この研修会で医師として初めて気が付かされることが沢山あった。ほんの数年前(2011年)のことである。

医師と患者であれば、病気を前に医師は明らかに強者であり、患者さんは弱者である。医師は病気に対する知識や未来予想力や経験は明らかに患者さんよりも勝っているはずだ。そのような中、患者さんは「主治医が今説明で話したカタカナの単語は何かな? 聞いたら馬鹿にされるのでは?」とか「怒らせて診てもらえなくなるのでは?」とか「明日から仕事どうしよう? 家族のことどうしよう?」とか考えながら、ビクビクして医師の話を聞いて結局話の内容はわからずモヤモヤして帰る。ひとたび医療事故が起きたとしてもタイムリーな説明は無いまま時間が過ぎ、説明されても意味がわからない。患者さんや家族にそうした不安・不満・ストレスが溜まりにたまって最後に大声になって爆発するのだそうだ。大声じゃないと強者である医師に意見や思いを伝えられないという。
医師を含め、20歳そこそこで周囲から「先生、先生」と呼ばれる職種は勘違いしないことが大切であるとよく注意された。最近は接遇対策が厳しくなり、以前より減った印象はあるが、明らかに人生の先輩である患者さんに向かい、若い医療スタッフ(医師や看護師)が初対面から横柄にため口をきくシーンを目にすることがある。「強者である医師が偉そうにしてどうする? かっこ悪くないか?」そう思ってほしい。

また、医師とスタッフ(看護師・検査技師・薬剤師など)という関係にも明らかな力関係があり、ここでも医師が強者となり、コミュニケーション障害を起こしてしまうことがある。医療スタッフから確認の電話や間違いの指摘の電話で機嫌悪く対応する医師がいるが、危険である。本当に致命的な間違いをした時に、極端に怖がられている医師は誰からも指摘してもらえず、患者さんは命を、その医師は医師生命を失う。
医師は自分が強者であることを自覚して、患者さんともスタッフとも接していくべきだと感じる。皆、病気と戦うパートナーなのだ。架け橋の研修会で、医師―患者間だけでなく、医師―スタッフ間にも和解のスキルの必要性を強く感じた。
愛する命を守るため、地域医療の主語全員に和解のスキルが必要である。そしてそれは、医療の分野にとどまらず教育や経済の現場にも、自分の人生・家庭にも役に立つものと期待している。

トランセンド法、和解の心理学やスタッフ間コミュニケーションの問題についてなど、和久自身が気が付いたのがほんの数年前だということを棚に上げ、自分への戒めも含め、以上のような内容で講演・講義している。

2.参加者への質問紙調査

(1)研究目的

本研究の目的は、以上に述べた講演会を、さらに発展させるために、地域医療教育におけるトランセンド法のニーズの実態を調査し、今後の可能性を提示することである。

(2)調査方法

丹波地域におけるトランセンド法を応用した小児医療再生の例を紹介し、その後にアンケートを実施した。

●アンケートの場と対象

実施概要:2014年2月20日、第13回徳島県地域医療教育研究会の会場にて、その聴講者を対象に実施された。第1著者が実施した「志を救われた泣き虫小児科医の1例」を受講した36名のうち、研究協力に同意した35名(男23人、女11人 無回答1名)のデータを分析の対象とした。

●実施手順

講習会の終了後において、コンフリクト対処についての簡単な質問紙(付録Aを参照)をおこなった。

http://expres.umin.jp/mric/mric_questionnaire153.pdf

(3)結果

参加者について
参加者35人のうち男性23人、女性11人、無回答1人であった。年代別では20代が17人で一番多く、次に50代が8人、そして30代、40代、60代がそれぞれ3人、10代が1名であった。職業では医学生が18人でほぼ半数、次に勤務医、そして行政職が6人、住民が1人という構成であった。

●参加者の事前の知識

講演以前にコンフリクト(紛争、葛藤、ケンカ、争いなど)に対する 問題解決・和解の方法を知っていたかという問いでは、35名中「はい」と答えたのは3人で、残る32名(91.4%)は「いいえ」と答えた。知っていたという内容は、交渉、労使交渉、経営・品質管理の問題解決、という回答であり、それを利用しているのは、3人のうち1名であった。「いいえ」の人たちにこれまでの問題対応を聞いたところ(複数回答)、答えの多い順に、「妥協」(11)、「話し合い・議論」(10)、「逃避・撤退」(4)、「我慢」(2)と分類できた。その他、「正面突破」「飲みニュケーション」「よく考える」「調整」「愛をもって落とし所を考える」という答えもあった。無回答も6人いた。

●参加者のトランセンドの利用可能性についての希望

トランセンドの利用希望について聞いたところa) 是非利用したいが12人、b) 利用したいが15人でこれら肯定的回答はあわせて3/4を超えた。その利用対象としては、友人、家族、患者、自分、同僚、将来の職場、部活、医学教育への応用、地域医療、など多岐にわたった。否定的回答であるc ) 利用したいが出来そうにないは4人、d) 利用しない(必要が無い)は0人だった。否定的な回答の理由としては、「第3者が見つかるかどうか? 時の運が必要」「具体的な場面が想起できない」「行政の立場の困難さ」「対話から超越点への過程がはっきり見えない」があげられていた。このほかに無回答が4人いた。
3.総合的考察

(1)調査結果のまとめ

医学生や医療専門職関係者は高等教育を受けているにもかかわらず、その集団においても、こんなにコンフリクトにあふれる世の中で「和解の方法」を知っていて、それを有効に利用している人はほとんどいないことが確認できた。和解の心理学の歴史がまだ浅いことが大きな原因かもしれない。
丹波地域小児医療再生に際してのトランセンド利用実例を講演したところ、今後、トランセンド法を利用していろんなコンフリクトを解決したいという聴講者が多かった(27名/35名、77.2%)。
トランセンド法を利用したい場面は仕事から私的なことまで多岐にわたり、その大きな可能性を受講者に知ってもらうことができたと判断した。

(2)地域医療教育におけるトランセンド法導入の必要性(萎縮医療への対応)

医療訴訟や医療事故報道などを見て、産科や外科などハイリスクの科の医師にはなりたくないという医学生、あるいは退職・開業や転科したいという医師は少なくない。
リスクを恐れて萎縮医療に向かえば、たちまち近未来の患者さんが困り、そして、その影響はやがて自分たちに帰ってくることも容易に想像できるものの、萎縮医療は止まらない。医療者も住民も問題を直視せず、自分だけは大丈夫と思いながら、出会いがしらに医療事故に合えば、本来病気と闘うお互いがパートナーであるはずの医師と住民が力の限り闘いあうシーンが日本中で展開されている。そしてそのような環境が放置され続けている。萎縮医療は医療者のみならず住民や行政(地域医療の主語)全員で取り組むべき課題であり、その際にもトランセンド法および和解の心理学が不可欠と思われた。

(3)トランセンド法の医療教育への活用

和久は、数年前より高知大学医学部、神戸大学医学部、金沢医科大学の学生に対して地域医療についての授業や実習をしてきた。毎回、授業のアンケートを回収しているが、その結果からは、希望に満ちているはずの医学生が医療訴訟を恐れ、医師になる前から撤退・萎縮しようとしていることがよく伺える。しかし授業後、トランセンド法が彼らに少なからず希望を与えていることを感じることができる。全ての医学部でトランセンド法を含む和解のスキルが普及されるべきと考える。
萎縮医療に向かわず、一人でも多くの医学生に患者と一緒に病気に立ち向かう真のパートナーとして巣立ってほしい。

(4)本研究の限界と今後の課題

今回の講演・アンケートは、主に現場の医療関係者や医学生へのトランセンド法の紹介とその効果判定が目的であった。
本研究では1時間あまりの教育的介入(講演)でも丹波地域の小児医療崩壊の再生講演をおこなうことにより、コンフリクト対処スタイル・モチベーションが大幅に向上するという結果をえた。
一方、アンケート結果にもあったように、今回紹介したトランセンド法を「利用したいが利用できそうにない」という方々も少数いた。これに対しては、より具体的な問題解決例を紹介し、トランセンド法を身近に感じてもらうことが大切だと思われた。また、仲介者の見つけ方や難解な問題への立ち向かい方、そのモチベーションの保ち方までも含め支援できるシステム作りが地域ごとに必要と思われた。

●おわりに

筆者らは2012年より、丹波地域の支援システムの足掛かりとして、「丹塾」という勉強会を立ち上げ、2013年度より医療関係者や一般住民向けに勉強会を開催している。
今後、医療分野のみならず、さらに全国に向けトランセンド法の紹介講演会や広報活動によるトランセンド法の普及が期待される。トランセンド法を知る者・知った者の責任として、まずは地域医療の現場に和解の方法を広め、やがては日本の文化・道徳になることを夢見て努力したい。本稿の読者には是非、今日から地域医療の主語となり、手始めに各々の地域特有の医療再生物語に参加してほしい。
【謝辞・付記】
研究にご協力頂いた徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 総合診療医学分野教授 谷憲治先生、徳島県地域医療教育研究会受講者のみなさん、および原稿を点検してくれた和田光穂君に感謝いたします。

【引用・参考文献】
井上孝代(2012)「コンフリクト解決のカウンセリング――マクロ・カウンセリングの立場から――」風間書房
ヨハン・ガルトゥング・藤田明史(編)(2003)『ガルトゥング平和学入門』法律文化社
平和教育アニメーションプロジェクト (2012) 『みんながHappyになる方法――関係をよくする3つの理論』平和文化
井上孝代(2005)「あの人と和解する――仲直りの心理学」集英社新書
井上孝代【編著】(2005)「コンフリクト転換のカウンセリング:対人的問題解決の基礎」マクロ・カウンセリング実践シリーズ2」川島書店
第2回岡山MUSCATフォーラム『いまを生きる-求められる医療人の力-』2011年11月26日
和久の特別講演2の要旨
江原朗(2009)「医師の過重労働」 小児科医療の現場から 勁草書房
自治医科大学【監修】(2009)地域医療テキスト
塚田真紀子(2009)「医者を“殺すな”」日本評論社
岡本左和子(2003)「患者第一最高の医療」患者の権利の守り方 講談社
永井裕之(2007)「断罪された「医療事故隠し」」あけび書房
鈴木敦秋(2008)「小児救急」講談社
伊関友伸(2009)「地域医療」再生への処方箋 ぎょうせい
伊関友伸(2007)「まちの病院がなくなる?」地域医療の崩壊と再生 時事通信出版局
本田宏【編著】(2008)「医療崩壊はこうすれば防げる」 洋泉社
本田宏(2007)「誰が日本の医療を殺すのか」医療崩壊の知られざる真実 洋泉社
秋山美紀 平井愛山(2008)「地域医療を守れ」 わかしおネットワークからの提案 岩波書店
小松秀樹(2007)「医療の限界」新潮社
鎌田實(2010)「空気は読まない」集英社
Hogan MC, Foreman KJ, Naghavi M, et al. (2010) Maternal mortality for 181 countries, 1980-2008: A systematic analysis of progress towards Millennium Development Goal 5., Lancet, 375, 1609–1623.

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