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Vol.169 『フィールドからの手紙』

医療ガバナンス学会 (2014年8月2日 06:00)


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第6回目 インクルーシブスポーツの可能性:ブラインドダンスを訪ねて

星槎大学副学長
細田 満和子
2014年8月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


ブラインドダンスとの出会い

音楽に合わせた優雅な動き、軽やかな足さばき、揺れるフレアのスカート、ハイヒールのダンスシューズ。場所は横浜市二俣川にある神奈川県ライトセンター、日本最大の視覚障がい者のための総合施設。そこに属するブラインドダンスサークルの皆さんの練習風景は、和やかな雰囲気を保ちつつ熱気であふれていました。
さわやかな初夏の日、元ミス日本でプロの競技ダンサー、現在は東大医科研で研究員をしつつ星槎大学大学院で学ぶ吉野ゆりえさんのご案内で、このブラインドダンスサークル「野ばら」を訪ねました。「野ばら」では現在、視覚障がい者25名、晴眼者15名の会員さんが、障がいの有無に関係なく、笑顔で一緒にダンスを楽しまれています。
8月31日に開催される全日本ブラインドダンス選手権大会には、競技会の参加だけでなく、ワルツのフォーメーションの発表もするとのことで、練習には気合が入っていました。それでも和気あいあいとした空気が全体を覆っていました。

ブラインドダンスの創設

ブラインドダンスは、吉野ゆりえさんによって、視覚障がいのある方々と晴眼者が共に楽しむスポーツとして2006年に創始されました。なぜ吉野さんがブラインドダンスを始めようと思ったのか。そこには彼女自身の人生の転機がありました。
当時の吉野さんは、プロのダンサーとして国内外で活躍しつつ、プロやアマチュアの競技選手だけでなく、芸能人や一般の方々を対象としたダンスの講師もしていました。ところが、こうしたやりがいのある仕事、素晴らしい仲間に囲まれ、充実した生活を送っている最中、急に腹痛で倒れるということがありました。
最初の検査の結果、良性腫瘍ということで腫瘍を細かく切り刻んで可能な範囲で取り除くという手術をしました。しかし、後に腫瘍は悪性だったことが判明し、肉腫(サルコーマ)と診断されました。肉腫は、希少がんで患者も少なく、5年生存率7%と低く、世界的に「忘れられたがん」と呼ばれています。吉野さんの場合、結果的に肉腫が骨盤中にばらまかれた形となってしまったのです。治療としては肉腫が大きくなったらその度に手術で取り除く、という方法がとられました。ちなみに吉野さんは今までに(2014年7月現在)15回の手術をしてきています。
このような状況になっても吉野さんは、誰を恨むことなく、それもまた自分の運命と受け入れ、「生かされている」と感じたそうです。そして、自分に何かできることはないかとさまざまなことに前向きに取り組んできました。そのひとつがブラインドダンスだったのです。
八王子の視覚障がい者のための学校で、子どもたちにブラインドダンスを教えていましたが、やがて全日本ブラインドダンス選手権大会を開催するようになりました。今年で9回目になるこの大会は、近年では神奈川県二俣川のライトセンターで行われ、全国から沢山のカップルやチームが参加し、ダンスの技を競っています。

インクルーシブスポーツ

ところで、障がいのある人もない人も共に楽しめるスポーツは、インクルーシブスポーツ(Inclusive Sports)と言われています。年齢の壁を越え、障がいの有無を越え、共に参加し、一緒に体を動かしゲームを楽しめるスポーツは、世界のいろいろな場所で行われていますが、インクルーシブスポーツという言い方は、主にイギリスを中心に使われているようです。例えばアメリカでは、アダプティブスポーツ(Adaptive Sports)という呼び方がよく聞かれました。アダプティブスポーツというと、障がいのある人が、そうでない者に適応してゆくというニュアンスがあるので、むしろインクルーシブスポーツの方がこうしたスポーツの在り方を言い当てているのではないかと思います。
インクルーシブスポーツと言えるものは、例えば車いすバスケット、やわらかドッヂボール、シッティング・バレーボールなどが知られていますが、スポーツ吹き矢などもインクルーシブスポーツと言えると思います。
ブラインドダンス競技会も、視覚障がいのある方とない方がペアになって行うので、インクルーシブスポーツと言えるでしょう。ブラインドダンスでは、一般の競技会とほとんど変わらないルールで競技が行われます。通常の障がい者スポーツでは、一般的なルールを変えて競技を行っているケースが多いので、ブラインドダンス競技会は特徴的だと思います。

インクルージョンとは

インクルージョンというのは文字通り、すべてを包み込む包括的なあり方を指し、インクルーシブソサイエティというのは、今日の福祉や教育の分野を中心に推進されようとしている社会の在り方と言えます。
かつての福祉の考え方では、1950年代にデンマークのバンク・ミケルセンが唱えたノーマライゼーション(Normalization)という理念が中心的でした。彼は、障がいのある人も普通の(ノーマルな)人と同じような生活ができる環境を用意する必要があるという意味でノーマライゼーションという言葉を使用し、バリアフリーや偏見の除去などで特筆すべき実践的な成果を挙げました。この業績は決して色あせることはないのですが、今日、ノーマライゼーションというだけでは、十分に汲みつくせない現実があることも指摘されています。
それは例えば、障がいのある人を排除(エクスクルードexclude)しようとする動きに対抗する思想が必要だという外在的理由もありますし、障がいのある人を普通の人に近づけようとすること自体が、障がいのある人を否定することになりはしないかという内在的理由もあります。そこで出てきたのが、ソーシャルインクルージョンやインクルーシブソサイエティという考え方なのです。
インクルージョンの考え方には、障がいのある方もない方もすべて参加するという意味があります。そしてソーシャルインクルージョンという考え方は、障がいの有無ということだけではなく、年齢や民族などの様々な違いを越えて、誰もが尊重され、排除されない社会ということであり、「共生」の理念と深く通じ合うと考えられます。

インクルーシブスポーツのすすめ

現代の少子高齢化社会においては全ての人が社会参加し、補い合うことが必要と言われています。スポーツは様々な壁を乗り越えて人と人とが関わり合い、交流するための有効な手段のひとつでしょう。
2020年に東京で開かれるパラリンピックやスペシャルオリンピックスは大きな注目を集めていますが、概して障がいがある方たちにとってはスポーツに参加する機会が依然少ない状況です。また、高齢化社会の進展によって身体的に制限を持つ人々の割合が増える傾向にあり、コミュニティの力の弱体化と相まって、老若男女が関わり合って参加するスポーツの機会も多いとは言えません。
子どもに目を向けても同様です。文部科学省の調査では、全児童の約6パーセントに発達障がいの傾向がみられると報告されていますが、一般に行われている学校体育の競技に対して、そうした児童は苦手意識を持ってしまうケースも少なくありません。
このような状況の中で、スポーツの持つ心身の健康維持や健康増進、そして交流、社会参加を促すことが期待されると思います。年齢や障がいの有無を問わないインクルーシブスポーツは、まさにその期待に応えるものになりうるでしょう。
さらにインクルーシブスポーツは、今後のスポーツの在り方を大きく変えるかもしれません。インクルーシブスポーツの考え方に沿うなら、オリンピックとパラリンピックのように2段階に分けていること自体にも疑問を持たざるを得ないからです。実際に、オリンピックをふたつに分けず、ひとつのオリンピック(one-tier Olympic)にすべきという主張もあります。
今から6年後の東京オリンピックでは、こうした問題はいったいどのように解決されていくでしょうか。注目してみていきたいと思います。

星槎大学副学長。社会学をベースに、医療・福祉・教育の現場での問題を、当事者と共に考えている。主著書は『脳卒中を生きる意味』、『パブリックヘルス』、『チーム医療とは何か』。近刊書は上昌広氏との共編著『復興は教育からはじまる』。

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