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Vol.170 医療事故の定義-予期していた医療過誤

医療ガバナンス学会 (2014年8月4日 06:00)


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医療事故の定義-予期していた医療過誤

この原稿は『月刊集中』7月31日号からの転載です。

井上法律事務所
弁護士
井上清成

2014年8月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1 予期しなかった死亡

医療法の改正が行われ、来年10月1日より新たな医療事故調査制度が施行されることになった。ただ、この医療事故調を具体化する厚生労働省令(医療法施行規則)も告示もガイドラインもまだできていない。実際の運用は省令・告示・ガイドラインによって大きく左右される。本年いっぱいに骨格ができる見込みなので、それまでの間、一番の利害関係者である医療者自身が、各々自らの考えを表明すべきだと思う。
さて、特に重要な点は、「医療事故」の定義にほかならない。医療法上の「医療事故」に当たるかどうかが、第三者機関である医療事故調査・支援センターに報告しなければならなくなるかどうかの分かれ目だからである。
改正された医療法第6条の10第1項では、「医療事故」が「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」と定義された。「予期した」か「予期しなかった」かが第1のキーである。

2 医療過誤との区別

その昔、第三次試案とか大綱案とか言われるものがあった。たとえば、2008年6月に厚労省によって発表された「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」にも「医療事故」の定義がある(Ⅵ関係法律の改正、第32医療法の一部改正、(2)病院等の管理者の医療事故死等に関する届出義務、1を参照)。そこで言う「医療事故」には、①と②の2つの種類があった。①は「行った医療の内容に誤りがあるものに起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産」であり、②は「行った医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、その死亡又は死産を予期しなかったもの」である。
一見してわかるであろう。今回の医療事故調の「医療事故」は、大綱案に言う「医療事故」の2種類のうち、②の「予期」だけを意味している。①の「誤り」は除外された。
医療事故調査の対象とするものは、昔は「誤り」と「予期」の2つであったにもかかわらず、今回は「誤り」が除外されて「予期」のみになったのである。

3 医療過誤との分離

「予期」しなかった死亡は、たとえ「誤り」がなかったとしても、「医療事故」とされて報告の対象となる。医療者への「責任追及」の対象とはならなくても、「再発防止のための原因究明」の対象とする価値があるからであろう。
逆に、「予期」した死亡は、たとえ「誤り」があったとしても、「医療事故」とはされず報告の対象とはならない。医療者への「責任追及」の対象とはなりえても、「再発防止のための原因究明」の対象とする価値が乏しいからであろう。近時また起こったウログラフィンの誤投与といった造影剤事故のような単純ミスが典型例である。
つまり、「予期」と「誤り」が分離されて割り切られていると言えよう。「予期」しなかったのであれば、「誤り」があろうと無かろうとそれに関わらず、「医療事故」として取り扱われる。逆に、「予期」していたのであれば、やはり「誤り」があろうと無かろうとそれに関わらず、「医療事故」としては取り扱われない。この分離・割り切りの発想は、医師法21条の外表異状説における「外表」と「過誤」との関係と同じである。

4 単純ミスの取り扱い

ウログラフィンの誤投与といった造影剤事故のような単純ミスを例にとってみよう。
単純ミスは、甚だ残念なことではあるが、現行の民事・刑事の規範の実務動向では、最も責任追及の対象となりやすい。このことを踏まえると、「責任追及と再発防止の切り分け」が必ずしも十分でない今回の医療事故調の対象としてしまうと、医療事故調が「責任追及」を加速させてしまいかねないのである。医療者の人権保護の視点から見ると、単純ミスは医療事故調からできるだけ除外すべきであろう。
もちろん、今回の医療事故調の対象とはしないというだけであるから、患者遺族に誠実に対応すべきことは大前提である。誠実に対応すべき相手は、第三者機関たる医療事故調査・支援センターではなく、まず第一に患者遺族であることは言うまでもない。
手間や費用をかけるべき対象も、原因究明のための医療事故調査ではないであろう。単純ミスなのであるから、今さら原因究明など必要ない。行うべきことは、実行可能な再発防止策の案出とその着実な実施だけであろう。わざわざ「再発防止のための原因究明」をするだけの価値は無い(または乏しい)のである。

5 予期していた誤り

規範的に考えるならば、「予期」していた「誤り」などと言う事態は「あってはならない」ことであろう。多くの法律家、マスコミ、警察検察、役人が好んで使う言葉ではある。しかし、本当は誰もが「あってはならない」が現実ではないことも知っていよう。大切なのは、「予期していた誤り」の存在を素直に認め、形式的な「原因究明」などでお茶を濁さず、直ちに「再発防止」を実施することである。
しかし、再発防止には、ヒト・モノ・カネが欠かせない。少なくとも知恵は必要である。それらを動員して、「原因究明」よりも端的に「再発防止」に取り組むべきであろう。ヒト・モノ・カネ・知恵を動員して、できる限りの「再発防止」を直ぐに実施すべきである。「再発防止のための原因究明」などで浪費したりガス抜きをしていてはならない。そして、もしもその「再発防止」が他の多くの患者への医療提供に阻害をもたらすのならば、その「再発防止」は敢えてしないとう決断を下すべきことであろう。

今回の医療事故調の詰めの議論において、「予期していた誤り」という類型の存在が認められ、これが契機となって有効適切かつ現実的効率的な再発防止へとさらに進むことが期待される。

 

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