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Vol.182 予期の判断主体 ~届出は病院内で誰もが予期しなかった場合に限るべき

医療ガバナンス学会 (2014年8月19日 06:00)


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この記事はMMJ (The Mainichi medical Journal 毎日医学ジャーナル) 8月15日発売号より転載です。

井上法律事務所
弁護士
井上清成
2014年8月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1 管理者が予期しなかった死亡

医療法が改正され、2015年10月1日から新たな医療事故調査制度が施行される。ただ、まだ法律ができたにすぎず、医療現場の動向に実際上は大きな影響を与える厚生労働省令(医療法施行規則)も告示もガイドラインもできていない。2014年中にそれらの骨格もできる見込みなので、医療現場の医療者は自らに災難がふりかからないよう作成過程を注視し、時にはそれらに意見を表明すべきだと思う。

さて、特に重大な問題は、「医療事故」の定義である。医療法上の「医療事故」に当たるかどうかで、第三者機関である医療事故調査・支援センターに報告しなければならなくなるのかどうかが決まってしまう。
改正された医療法第6条の10第1項では、「医療事故」について、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」と定義された。現場の主治医その他の医師らが提供した医療による死亡につき、その予期の判断主体は「管理者」だとされている。
「管理者が予期しなかった」とはどのような場合を指すのかは、医療現場にとって重大な関心事であろう。

2 管理者と現場医師のくい違い

管理者も現場医師も共に予期していた場合には届け出ず、管理者も現場医師も共に予期していなかった場合には届け出ることについては、いずれも問題はない。問題が生じるのは、二人の判断にくい違いが生じた場合であろう。
とはいっても、現場医師が予期していなかったけれども、管理者は予期していた場合には特に問題はない。たとえば、現場医師が後期研修医で知識不足で未熟なので死亡を予期していなかったとしても、ベテランの管理者にとってはよくあることとして既に予期していた場合を思い浮かべれば、十分にありうることであろう。

重大な問題が生じうるのは逆のケースである。現場医師Bはあらかじめ死亡を予期していたが、治療中は当該症例を見ておらずに死亡してから初めて知った管理者Aが、「予期しなかった」と思った場合には、混乱が生じかねない。
もしもこの場合に、医療法の条文の文字通りに「管理者が予期しなかった」として、管理者Aが現場医師Bの判断に反して届け出たとすると、あたかも、かつて福島県立大野病院で起きたと同様の混乱が生じてしまうように思う。管理者Aの後講釈による届出が現場医師Bの人権侵害に至るおそれさえある。

3 管理者の予期は現場医師に従う

法的に見れば、管理者Aの仕事は、現場医師Bに具体的な医療提供を一任し、抽象的な指揮監督すなわち管理をすることにほかならない。当然、個別症例の「予期した」「予期しなかった」も一任しているのである。そこで、管理者Aの「予期」の有無は、現場医師Bの「予期」の有無に従って判断されねばならない。

このように法律を解釈し運用することこそが、現場医師Bの人権侵害の事態を可及的に防ぐことにもなろう。再発防止と責任追及の切り分けが十分でない新医療事故調査制度においては、なおさらである。
ただ、このような解釈運用に疑問を抱く人々もあろう。現場医師Bが「予期しなかった」にもかかわらず「予期していた」と虚偽の表明をしたらどうするのか、という疑念である。しかし、管理者Aはそのような場合に直面しても、その解決を新医療事故調査制度によらしめようとすべきではない。病院内の倫理管理の問題として、院内で自律的に解決していくよう努めるべきである。また、患者遺族に対しては、新医療事故調査制度の対象になろうがなるまいがどちらにしても何らの関わりもなく、いずれにしても誠実に対応しなければならない。これこそが医療者・病院の倫理である。つまり、新しい医療事故調査制度は、責任追及ではなく専ら再発防止のための、悪意ではなく専ら医療者の善意を前提としたシステムの一つであり、このように割り切って解釈運用すべきものであろう。

4 チーム医療でのくい違い

管理者Aと現場医師Bの関係は、チーム医療の場合にも同様に考えられよう。
現場医師Bの具体的な指揮監督下に、後期研修医Cと看護師Dがいて、CとDは「予期しなかった」としても、現場医師Bが「予期していた」ならば、やはり全体として「予期していた」として差しつかえはない。

では、チーム医療が複数の診療科にまたがり、極端な例として、他の診療科が主たる診療科で主治医Eが「予期しなかった」場合はどうであろうか。つまり、管理者A「予期しなかった」、現場医師B「予期していた」、主治医E「予期しなかった」というケースである。さらに複雑になるが、主治医Eの具体的な指揮監督下に後期研修医Fがいて、Fは「予期していた」というバリエーションもありえよう。

結論としては、現場医師Bが「予期していた」以上、やはり全体として「予期していた」として取り扱い、新たな医療事故調査制度の対象からは外すべきである。一見して明らかなとおりチーム医療の連携が悪いのであるから、再発防止の観点から、端的に連携の強化の方策を案出して直ちに実施しなければならない。ただし、この再発防止策は個別の病院の実情によって異なるのであるから、実効的な方策を講じるためには、個々の病院が自律的に積極的に行うことこそが大切である。

5 遺族へは誠実な対応を

新たな医療事故調査制度は、あくまでも再発防止を目的とするものであり、何でもかんでも原因究明のための調査をしようとするものではない。原因究明を患者遺族が望む場合は、新たな医療事故調査制度の拡充によって対処しようとするのではなく、院内の独自の自律的調査によって専ら遺族への誠実な対応を旨として行うべきことであると思料する。

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