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Vol.191 災害弱者の避難計画を机上の空論で終わらせてはいけない

医療ガバナンス学会 (2014年8月30日 06:00)


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インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院 博士課程
野村周平

2014年8月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は福島第一原子力発電所事故以降、同県南相馬市と相馬市において、災害時における高齢者避難の検証を行っている。これまでに、高齢者にとって避難は命に関わる冒険であると、繰り返し警鐘を鳴らしてきた(1-3)。しかし、昨今の政府・自治体の防災対策を見る限りでは、未だに「とりあえず避難」という認識が先行し、高齢者の避難に伴うリスクを考慮した計画策定には遠く及ばず、現状の避難計画は机上の所作で終わってしまう可能性を否定できない。

佐賀県は先月8日、九州玄海原子力発電所(同県玄海町)から半径30km圏内の医療機関や社会福祉施設、全241施設において避難先が決まり、原発災害時の避難計画が策定されたことを発表した(4)。計画では、福祉施設のうち、養護、軽費、特別養護、そして老人保健施設は、30km圏外の同種施設へ避難。一方、他有料老人ホーム等は介護度が比較的低いことを理由に、体育館のような通常の広域避難所か、バリアフリー型の福祉避難所への避難となっている(5)。また当該施設入所者計8,028人のうち、施設側が用意できる避難車両は半数に満たない3,566人分で、残る4,462人分は、施設からの要請に応じて県の災害対策本部が手配するとしている(6)。鹿児島県も同日、九州川内原子力発電所(同県薩摩川内市)10km圏内の、17施設計826名の受け入れ先が確定した事を発表した。

さらに茨城県は今月6日、東海第二原子力発電所(同県東海村)から半径30km圏内14市町村の住民の避難先案を発表した。圏内の夜間人口約96万人のうち、約44万人は圏外の県内市町村の公共施設に、県内で収容しきれない約52万人は周辺5県に避難させるとした(具体的な受け入れ先市町村及び施設までは定まっていない)(7)。当案では、高齢者を含む要援護者の存在や移送手段は考慮されていない。

国の災害対策指針によれば、30km圏内の住民の避難は、放射線レベルに応じ事故後1日あるいは1週間以内に講じられることとなっている(8)。

これら避難計画には大きな落とし穴がある。(1)放射線被ばくと避難による身体的・精神的負荷の両リスクを鑑みた上で、住み慣れた環境に留まるという選択肢が欠如している事、(2)いざ避難が必要となった時、具体的な避難の実施が、各施設に丸投げされている事だ。

福島原発事故後の避難に関連する被害を大きく次にまとめる。
■ 20km圏内の病院7施設から、850人の入院患者が避難。1ヶ月以内に60名死亡。その内48名は移送中に亡くなる(9)。
■ 20km圏内の老人施設32施設から、1770名の入所者が避難。8ヶ月以内に263名死亡。前年度の2.4倍の死亡率(10)。
■ 20-30km圏内の老人施設5施設から、328名の入所者が避難。約一年以内に75名が死亡。過去5年平均の2.68倍の死亡率(11)。
■ 2013年末、福島県における「災害関連死」者数は1,605名となり、津波による死者数1,603を上回る(12)。

一方で、これら避難者内で、放射線による関連の死亡または急性被ばくによる深刻な影響は報告されていない。事故直後の避難は、高齢者にとって最善の選択ではなかった可能性がある。

ただし、放射線災害の場合、物資の供給が途絶えることや、放射線への恐怖など、避難を余儀なくされる場合は十分に考えられる。例えば、福島県南相馬市で最も避難後死亡率が上昇した施設(過去5年と比較し、約4倍)では、当事者は次のように話す。

「今思えば避難しなくてもよかったんじゃないかって思うけど、放射能という目に見えない恐怖で皆パニック状態だった。飢えもあって、あの当時は避難せざるを得なかった。」「スタッフの肉体的・心理的負担が大きく、いかなるサポートがあったとしても、入所者を避難させず、自分も避難しない、という選択は考えられなかった。」

しかし、一口に避難と言っても、被災施設は入所者の安全確認やケアなどの業務に追われ、避難に向けた調整まで手が回らないのが実態だ。例えば、福島第一原発付近の多くの病院や福祉施設では、介護車両の手配が難航し、入所者は観光バスや一般車両に分乗し避難した。足の曲がらない人や、座位を保てない人、酸素ボンベを必要とする人は、二人がけのシートに斜めに立てかけられた。病院職員が搬送中常に患者の体を支える中での長時間移送といった事態も生じた(13)。多くの住民の避難が同時平行される事により交通インフラが逼迫し、長時間の避難が余儀なくされた。第一原発から4.5kmに位置する病院では、約230km以上を10時間かけて避難した(14)。避難先施設との調整も十分に行えず、避難先では、簡易マットレスの上に雑魚寝状態。薬の処方が追いつかず、服薬が一週間近く途切れたケースもある。多く入所者がより良い介護環境を求め避難を重ねた。3-4回もの避難を行った人も少なくなかった(11)。

このようにして被害が拡大した背景には、県地域防災計画おいて、原発付近の医療機関や福祉施設は、避難計画(避難場所、避難経路、避難手段、市町防災関係科、県医務課等の関連機関との連絡体制など)を独力で策定し、実行することになっている事情がある(15)。

県や市町村は災害時、補完的な役割に留まらず、災害対応を主導していく事が求められる。その上で、災害時自治体に求められる役割は大きく以下の2点である。
(1)介護人材と物資の手配:
今回の事故においては、物資と人材の不足が避難決行の決定打であった。県や市町村は災害時に県内外の医療関連施設から派遣できる応援職員数を把握し、少なくとも初期避難が十分な対策(避難手段、避難先の受け入れ調整)の上で遂行できるよう準備が整うまでの間、被災した施設の人材補充や物資手配を主導して行く。

(2)安全な移動手段の確保と受け入れ先の調整:
避難を余儀なくされる場合は、避難が必要な施設とその受け皿となる施設の状況把握に努め、入所者らの実態に見合った安全な移動手段の手配、受け入れ要請を自治体自らが行う事が求められる。(現在、国の原子力災害対策指針には、受け入れ計画は策定の枠組みがない。2013年6-7月に行われた毎日新聞の全国アンケートに寄ると、原発事故時に周辺住民の避難先となっている市町村のうち、具体的な受け入れ計画を策定した自治体は13%に留まる。アンケート回収率は92%(16)。)

今回の原子力災害は、政府・自治体及び医療関連施設の防災計画で想定された災害をはるかに上回るものであった。今回の事故が起きた以上、今後広域の避難を要する原子力災害は、想定外では済まされない。本災害から得られた教訓と、細かいノウハウを、今後の災害時に生かす努力が求められる。災害弱者の避難計画を机上の空論で終わらせてはいけない。
【参考資料】
1.   野村周平「高齢者の災害医療 ストレス原因の早期死防げ」『朝日新聞』2011年10月6日朝刊「オピニオン」
2.   野村周平「原発事故 高齢者避難の教訓生かせ」『朝日新聞』2013年1月7日朝刊「オピニオン」
3.   野村周平「原発事故の避難 要介護者を踏まえた計画を」『朝日新聞』2014年2月15日朝刊「オピニオン」
4.   佐賀県庁『原子力災害時の医療機関と福祉施設の避難計画が策定されました』、http://www.pref.saga.lg.jp/web/index/bousai-top/bousai-info-topic/_81910.html(2014年8月17日アクセス)
5.   「佐賀」原発避難計画大丈夫? あいまいな点多く」『朝日新聞』2014年7月11日、http://digital.asahi.com/articles/ASG794TGPG79TTHB00N.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG794TGPG79TTHB00N(2014年8月17日アクセス)
6.   「玄海原発30キロ圏、241施設の避難計画発表 佐賀」『朝日新聞』2014年7月9日、http://www.asahi.com/articles/ASG792W3XG79TTHB001.html(2014年8月17日アクセス)
7.   「東海第2原発:事故時、茨城県外に52万人避難」『毎日新聞』2014年8月6日、http://mainichi.jp/select/news/20140807k0000m040109000c.html(2014年8月17日アクセス)
8.   原子力規制委員会(2013)『原子力災害対策指針』、12頁、https://www.nsr.go.jp/activity/bousai/data/130905_saitaishishin.pdf(2014年8月17日アクセス)
9.   国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(2012)「第4部 被害の状況と被害拡大の要因」『報告書』、380頁
10.  Yasumura S, Goto A, Yamazaki S, Reich MR. Excess mortality among relocated institutionalized elderly after the Fukushima nuclear disaster. Public health. Feb 2013;127(2):186-188.
11.  Nomura S, Gilmour S, Tsubokura M, et al. Mortality risk amongst nursing home residents evacuated after the Fukushima nuclear accident: a retrospective cohort study. PloS one. 2013;8(3):e60192.
12.  「東日本大震災:福島「震災関連死」1605人 避難長期化、直接死上回る」『毎日新聞』2013年12月17日、http://mainichi.jp/shimen/news/20131217ddm001040152000c.html(2014年8月17日アクセス)
13.  相川祐里奈著(2013)『避難弱者』(東洋経済新報社)、22頁
14.  国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(2012)「第4部 被害の状況と被害拡大の要因」『報告書』、384頁
15.  福島県庁(2014)「原子力災害対策編」『福島県地域防災計画』、14頁、https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/55423.pdf(2014年8月17日アクセス)
16.  「原発事故:避難先自治体、受け入れ計画「策定」13% 「不可能」も−−毎日新聞全国調査」『毎日新聞』2014年8月10日、http://mainichi.jp/shimen/news/20140810ddm001010181000c.html(2014年8月17日アクセス)
【略歴】野村 周平(のむら しゅうへい)
インペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院博士課程。昭和63年、神奈川県生まれ。平成23年東京大学薬学部卒業。同年、同大学大学院国際保健政策分野の修士課程に進学し、福島県南相馬市・相馬市の災害復興支援に従事。国会事故調の協力調査員、及び国連開発計画(UNDP)タジキスタン共和国事務所の災害リスク事業でのインターンを経て、平成25年秋より現大学院へ留学。高齢者の避難リスク、及び災害後中長期における慢性疾患リスクに関する研究を行っている。現在、世界保健機関(WHO)の災害リスク・人道支援部門の政策実施評価局においてインターン中。

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