医療ガバナンス学会 (2014年9月6日 15:00)
第2 医師法第21条の正しい論考と死亡診断書マニュアル改訂意見の経緯
1.医師法第21条の正解釈と都立広尾病院裁判判決の正論考
上記第1で述べたような、死亡診断書マニュアルが日本法医学会「異状死ガイドライン」を利用にして「異状(いじょう)死体(したい)」を「異状死(いじょうし)」にすり変えたことに起因すると推測される様々な悪影響が、どの程度大きなものかははかり知れない。結果として現場医療者を混乱させ、萎縮医療へと追い込み、立ち去り型サボタージュといった医療崩壊を引き起こしたことを多くの国民が指摘してきたことは周知の事実である。
「あくまで日本国の法律の解釈適用について最終的な権限を持っているのは司法権で、司法権の頂点は最高裁判所ですから、最高裁判所が医師法第21条に対しての解釈を示せば、基本的に日本国の中で医師法第21条はそのように解釈されるのが日本の国の仕組みです。」(2012年10月26日 第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会 議事録 山本和彦座長(一橋大学大学院法学研究科教授発言より)とは、あえて法律家言葉を借りなくても一般国民にとっても常識だ。
このため、このような悪影響による流れに対し、昭和50年代から日本の医療裁判の研究に取り組まれている元裁判官で現役弁護士の米田泰邦法学博士をはじめとして、元厚生省健康政策局総務課課長補佐で現役医師でもある田邉昇弁護士といった学術的に理論派の法律家らは、都立広尾病院事件最高裁判所判決、および原審の東京高等裁判所判決、特に高裁判決の核心である破棄自判を正確に読んで、正しく医師法第21条を理解するように声をあげた。
特に田邉昇弁護士は、2005年から単行本、日経メディカル誌、メディカルトリビューン紙などの医療系出版の執筆活動や数百回におよぶ講演活動で医師法第21条と広尾病院裁判判決の正しい解釈を伝えようとした。これに習い私もいくつかの執筆と数十回程度の講演活動をしてきた(MRIC Vol.306 「医師法21条」再論考―無用な警察届出回避のために― http://medg.jp/mt/?p=1509 , Vol.317 「異状死」の定義はいらない~無用な警察届出回避のために その2~ http://medg.jp/mt/?p=1520, 週刊 日本医事新報No.4615 2012年10月6日 医師法第21条の法解釈の現状(佐藤一樹) http://www.jmedj.co.jp/weekly/view.php?weekly_id=885, 朝日新聞2013/03/02:(私の視点)「死亡診断 警察への過剰報告やめよ」 http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/shimen/articles/TKY201303010668.html )。しかし、全国の医師がその執筆や講演に接した訳では当然ない。また、仮に一部の医療者が論理として理解したとしても、実際に診療に関連した死亡事故に遭遇したときには、死亡診断書マニュアルを参考にしたと推測される。これらの活動は、全国の医師にとって、医師法第21条の拡張解釈・類推解釈の是正までにはいたらなかった。
2.東京保険医協会の公開質問状に返信しない厚生労働省
このような状態が継続していた2012年10月20日、「捜査機関との関係」をテーマとする予定を立てた「第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」に向けて、東京保険医協会は、会議の構成員および厚労省担当官全員に対して、拙著「『医師法第21条』再論考」と「『異状死』の定義はいらない」などを添付して「医師法第21条の誤った法解釈を正す件」と題した書類を送付した。
同月26日、田原克志医政局医事課長は、これまでの厚生労働省とは正反対の画期的ともいえる言質を発した。医師法第21条について、「医師が死体の外表を見て検案し、異状を認めた場合に、警察署に届け出る。これは、診療関連死であるか否かにかかわらない」「検案の結果、異状がないと認めた場合には、届出の必要はない」「『リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成指針』は、医療過誤によって死亡または障害が発生した場合、またはその疑いがある場合には、施設長は速やかに所轄警察署に届出を行うことを、国立病院などに対してお示した」などと明言した。
これに対して東京保険医協会は2013年1月15日厚生労働大臣、厚生労働副大臣、厚生労働大臣政務官、厚生労働事務次官、厚生労働省医政局長、厚生労働省医政局医事課長すべてに、以下の文章を含む公開質問状を送付した。(MRIC Vol.55 医師法21条に関する公開質問状 http://medg.jp/mt/?p=1945)
「現時点でも国立病院などの施設長だけが、貴省の医師法21条の解釈すなわち条文そのものや都立広尾病院事件の最高裁判決と真っ向から対立する不条理な立場にあります。
また、「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」平成10年度版から最新の平成24年度版まで全ての年度版の5ページには、「『異状』とは『法医学的異状』を指し、日本法医学会が定める『異状死ガイドライン』 等を参考にしてください」という記述があります。ご存じのようにこの「異状死ガイドライン」の内容も医師法21条の条文や都立広尾病院事件の最高裁判決の内容にかけはなれたものになっております。そもそも医師法には[異状死]を定義したり規定したりする法律は存在せず、21条は[異状死体等の届出義務]であることはご承知の通りです。
以上の現状を鑑み、以下のお尋ねにお答えいただきますようお願い申し上げます。
【質問1】「リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成指針」の改正のご予定はございますか。以下の【回答1】の「予定あり」「予定なし」のどちらかに○をつけ、「予定あり」の場合は、改正予定日を記入し「予定なし」の場合はその理由を医師法21条条文と都立広尾病院事件最高裁判決の解釈と関連してご記入をお願い致します。
【回答1】
・予定あり ( )
・予定なし ( )
【質問2】「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル(=死亡診断書マニュアル)」平成25年度版では上記日本法医学会「異状死ガイドライン」に関する記述の変更をなさいますか。以下の【回答2】の「変更あり」「変更なし」のどちらかに○をつけ、「変更あり」の場合は、変更内容を記入し「変更なし」の場合はその理由を医師法21条条文と都立広尾病院事件最高裁判決の解釈と関連してご記入をお願い致します。
【回答2】
・変更あり ( )
・変更なし ( )」
以上、回答は簡単に記載できるものであるが、本日までに厚生労働省側から上記文書への記入が返信された事実はない。
また、同時期(2013年1月15日~2月28日)に東京保険医では、「医師法21条の正しい解釈」に関するアンケート調査を行った。http://www.hokeni.org/introduction/activity/activity2014/140715soukai.html対象は全国の①全国国立病院機構施設長(病院長)②全国大学病院院長③全国大学医学部法医学教室担当教授④四病協担当理事⑤各道府県保険医協会・医会会長(理事長)⑥東京保険医協会選任の刑法学者らである。
このアンケート回答結果の集計によれば「医師法第21条と警察届出に関する認識」は、45%の医師が日本医療崩壊三大悪書の「日本法医学会 異状死ガイドライン」「死亡診断書(検案書)記入マニュアル」「リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成指針」といった医師法第21条および都立広尾病院事件最高裁判決に反するガイドラインやマニュアルに依存していたことになる。しかし、これは、回答率19%と低い中のデータであり、実際には45%を超えた数字であると推測された。
日本医療崩壊三大悪書のうち、「日本法医学会 異状死ガイドライン」は任意団体によるもので何の権限もない。しかし、「死亡診断書(検案書)記入マニュアル」「リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成指針」は厚生労働省(厚生省)によって作成されたものであり全国の医師にとって及ぼす悪影響は甚大であることは既に述べた通りである。
「死亡診断書(検案書)記入マニュアル」は法律に則り法律の条文や最高裁判決を逸脱したガイドラインや他のマニュアルなどを参照させたり追記させたりすることがないよう改訂すべきだ。印刷には時間がかかる。しかし、Webサイト上のものは1カ月もあれば十分に修正と発表が可能なはずだ。Webサイト上には遅くとも平成26年9月末日までに改訂版が発表されるべきだ。
「リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成指針」については、撤回・撤去してこれを通知すべきだ。遅くとも平成26年9月末日までに通知できるはずである。
第3 法律を超えたガイドラインおよびマニュアル作成の懸念
1.厚労省科研費研究での厚生労働省職員の虚偽発言
現在私は、平成26年度厚生労働省科学研究費(地域医療基盤開発推進研究事業)診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究に協力研究員として参加させていただいている。この研究は、「平成26年6月に成立した『医療介護総合確保推進法』により、医療法に位置づけられた医療事故調査制度の運用のための『医療事故調査に係るガイドライン』について、既に実施されている事業で得られた知見を踏まえつつ、実務的に検討を行う。」ということになっている。
研究班に参加していて、最も懸念するのは「医療事故調査に係るガイドライン」の検討であるのに、担当の厚生労働省職員が明らかな虚偽を述べたり、法律を逸脱した議事概要を厚生労働省のWebサイトに掲載したりする行為だ。
これは、第1回研究班で、私が「世界の医療安全モデル」と評されているWHO draft guidelines for adverse event reporting and learning systems(有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン)が非懲罰性や秘匿性などを重要視している点を特にあげて「国際機関であるWHOのpolicyにまずは厳格に準じて設置されるべきである」と申し述べた時のことである。厚生労働省医政局総務課医療安全推進室 大坪寛子室長から「WHO ドラフトガイドラインの立ち位置でございますが、私、先月もWHOに確認をしておりますが、オフィシャルになる予定は、先生方もご存じのようにございません。すでにWHO ドラフトガイドラインのところからも撤去されております。」と発言があった。私は、その時点で大坪室長の摘示した事実が真実かどうか不明であったためその場は何も申し上げられず、自由な討論を阻止された。
ところがその後、WHOのWebサイトを確認したところ、依然としてWHO ドラフトガイドラインは存在しており、大坪室長の発言は虚偽であることが判明した。法律に関連するガイドラインに係る会議で厚生労働省の要職にある人物からこのような虚偽発言があると、死亡診断書マニュアルが医師法第21条を逸脱した日本法医学会の「異状死ガイドライン」を参考にするように誘導したことの二の舞、すなわち厚生労働省が強引に法律をこえたガイドライン作成を誘導することになるのではないかと、強く懸念する。
2.法律をこえた厚生労働省Web サイト
さらに、上記第3 「1. 厚労省科研費研究での厚生労働省職員の虚偽発言」の末尾で述べた懸念がより強まった行為は、第2回研究班の厚生労働省のWeb サイトの掲載である。
改正された医療法第6条の10第1項では、「医療事故」とは「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」と定義されている。しかし、厚生労働省Web サイトの第2回研究班 会議概要には「結論として、○平成16年の通知による分類に、モデル事業での具体事例をもとに整理すること○・・・で一致した。」と現在でも掲載されている。
そもそも、「結論として、平成16年の通知による分類に、モデル事業での具体事例をもとに整理することで一致した」という事実はない。それと同等かそれ以上の問題は、改正医療法での定義を逸脱した事柄をWeb サイトに掲載している事実である。新しい法に基づくガイドラインを検討すべきところ、平成16年、今から10年前のまさに医師法第21条の拡張解釈・類推解釈がされはじめた当時に逆戻りするということになる。(Vol.183 医療事故調査制度ガイドライン研究班会議概要を眺めて 衆議院議員 橋本岳 http://medg.jp/mt/?p=2563 )
さらに当時の日本内科学会が中心となったモデル事業の運営委員会の山口徹委員長は、平成24年(2012年)10月26日の時点においても「過失のあった医療関連死は、21条で現在は届け出るべきものということに決まっている」といった認識のままであったことは「第1 死亡診断書マニュアル誤謬の歴史」で述べた通りである。警察署と医療事故調査・支援センターと届出先の違いはあるが、このような法律に対する認識でガイドライン作成に臨むことには違和感を覚える。
以上、新しい医療事故調査制度のガイドライン作成以前から既に問題あるWebサイトの活用を行っている厚生労働省の問題行為については、今後も監視していくべきであろう。それとともに、死亡診断書マニュアル改訂においても細部にわたりなお一層、厳重に監視しなくてはならない。
3.医師法21条にかかる法律家の意見にも確認が必要
上記の研究会で虚偽を述べたり、医師法第21条にかかわる厚生労働省内の検討会において最高裁判決を否定したりは厚生労働省職員だけではない。上記第3「1. 厚労省科研費研究での厚生労働省職員の虚偽発言」で述べた大坪室長の「すでにWHO ドラフトガイドラインのところからも撤去されております。」との発言の直前に、日本医療安全調査機構 診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業 運営委員会 樋口範雄委員長(東京大学大学院法学部政治学科研究科教授)も「ドラフトのままで終わっていて、オーソライズしているものでもなんでもない!」と学生を叱責するがごとくの叫び声をあげ、「ドラフトの段階で消えてしまうのは私にはわからない。」と述べた。この発言の「WHO ドラフトガイドラインが消えた」との事実の摘示は真実ではなく虚偽である。またそれが真実だと信じた相当性もない。
また、この研究班の協力員でもある宮澤潤弁護士は「第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会(2012年10月26日)」に構成員として出席し、以下のような発言をした。
●宮澤構成員「・・・法律そのものの性格ということから考えると、医師法21条もそうなのですけれども、基本的には、立法当時に考えられたことと、法文そのものが現代になってどういうところまでカバーする形になってしまったのかというのは変化していると考えなければいけないと思います。 その意味では、立法のそもそもの目的から現在の医師法21条の適用の仕方というのは確かにずれてきています。しかし、法文そのものから言って、その適用の仕方が明らかに現代的な適用の仕方であって、法律そのものが変わってきているわけではないです。法文そのものはそのとおりなのですけれども、その適用範囲が社会の状態によって変わっていると考えるべきではないかと思っています。」・・・
●山口(徹)構成員 ちょっと今のお話の中でもう一つ出てきた話として、参考資料2の中に、「『異状』とは病理学的の異状ではなくて法医学的のそれを意味する」と。そのところに法医学会のガイドラインというのが出てきましたけれども、ぜひ宮澤構成員に教えていただきたいのですが、こういう法医学会のガイドラインというものはどういう位置づけになるのでしょうか。
●宮澤構成員 ガイドラインというのは法律そのものではありませんから、一つの社会的なルールとして定着する可能性はあるかと思います。ただ、ガイドラインが幾つも重なって、だんだんそのガイドラインが普通のことだということになってくると、それがいわゆる社会的相当性という違法性を限定づける基礎になり得るので、それが一般の社会的意識と同一のところになると、だんだんそのガイドラインが社会的相当性の基礎になってくるという可能性はあります。ただし、今のところは、ガイドラインというのはあくまでも社会的な中でのルール、法律は絶対的なルールになりますけれども、それに至る前のルールと考えざるを得ないと思います。」
以上の主張からは、「医師法第21条の適応が立法当時と現代ではずれていて、日本法医学会の異状死ガイドラインが社会的意識と同一になり絶対的なルールである法律に至る前のルールである」と主張していると理解される。しかし、このような考え方が、法治国家である日本において一般的であるとは断じて言えないはずだ。
このような医療事故調設立とは利益相反関係にある病院側弁護士からの主張を否定し、その直後に「第2 1. 医師法第21条の正解釈と都立広尾病院裁判判決の正論考」で紹介した「日本国の法律解釈適用の最終的権限が司法権にあり、その頂点の最高裁判所が示した医師法第21条の解釈が日本国の中での解釈であるのが日本国の仕組みである」旨の純粋な法律家である山本和彦座長からの発言は論を俟たない。国民のコンセンサスである。
このように、法律家らが厚生労働省科研費研究班会議や同省内検討会といった公的な会議でルールを破って虚偽事実を摘示したり、最高裁判決を否定してガイドラインが近い将来に法律になるかような発言をしたりする行為に、私は驚愕した。厚生労働省に関連した会議における法律家の言動にも充分注意を払わなくてはならない。
結語
・意見の趣旨で述べたように法律の条文や最高裁判決を逸脱したガイドラインや他のマニュアルなどを参照させたり追記したりしないよう厚生労働省職員やそれにかかわる法律家らにも厳重に監視を行って「死亡診断書(検案書)記入マニュアル」の改訂を遅滞なく速やかにとりかかり平成26年9月末日までに発表すべきだ。
・「厚生労働省国立病院部のリスクマネージメントスタンダードマニュアル作成指針(2000年8月)を撤回・撤去することを遅くとも平成26年9月末日までに通知すべきだ。
参考資料*
警察庁発表 医療事故 警察届出数 (表)
http://expres.umin.jp/mric/img/mric.vol.199.pdf