医療ガバナンス学会 (2014年9月6日 06:00)
1.「異状死(いじょうし)ガイドライン」(日本法医学会雑誌1994;48(5)257-358) http://www.jslm.jp/public/guidelines.html
2.「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」(編集発行 厚生労働省 大臣官房統計情報部医政局 平成26年版以下「死亡診断書マニュアル」)http://www.mhlw.go.jp/toukei/manual/dl/manual_h26.pdf
3.「厚生労働省国立病院部のリスクマネージメントスタンダードマニュアル作成指針(2000年8月)http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/01/dl/s0131-8f_0065.pdf 。この三つを日本医療崩壊三大悪書と呼ぶ。この三大悪書が、法律にはないのに、診療に関連した医療事故死の担当医らを警察署に追いやり、立ち去り型サボタージュ、萎縮医療、高リスク診療科撤退などの日本の医療崩壊を拡張させてきた。
なお、以前には四つ目に入っていた通称「日本外科学会ガイドライン」(「外科系関連学会協議会.診療行為に関連した患者の死亡・障害の報告について.」古川俊治, 他, 日本外科学会誌, 103(9),巻頭2002 http://ci.nii.ac.jp/els/cinii_20140905014544.pdf?id=ART0005405397&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1409849144&cp= )は「法的な観点からの検討不足と稚拙さは覆うべくもない」と法律専門誌のジュリスト2003.7.15 http://www.j.u-tokyo.ac.jp/biolaw/mag.htm#0715 上で、同じダブルライセンサーの児玉安司氏に罵倒され、日本外科学会のwebサイトから削除された。したがってこの日本外科学会ガイドラインは論評する必要も消失したので無視してよい。こういった三大悪書と同等の劣悪著書の見分けは簡単だ。医師法第21条について「異状死(いじょうし)」を論じていることだ。本論で詳説するが、医師法第21条は「異状死(いじょうし)」の法律ではない。「異状(いじょう)死体(したい)」の届出についての法律である。
この三つの中で、最悪の癌は「死亡診断書マニュアル」だ。現場の臨床医療の実務上、害をおよぼすため、早急に改訂する必要がある。本稿執筆の目的は、今後厚生労働省が法律に基づき、また法律を逸脱することがないように「死亡診断書マニュアル」を改訂するにあたり、監視するための提言にある。
第1 死亡診断書マニュアル誤謬の歴史
1.医師法第21条「異状死体」を「異状死」にすり替え放置
厚生労働省(厚労省)が発刊・監修した死亡診断書作成に関連したマニュアルは、昭和43年4月「死亡診断書 死産証明書 出生証明書の書きかた 疾病 傷害 死因統計分類」の発行以来、昭和54年2月「死亡診断書 死産証明書 出生証明書の書きかた 疾病 傷害 死因統計分類」から変遷してきた。
今回、改訂すべきと提言する記述は、平成7年2月「死亡診断書・出生証明書・死産証明書 記入マニュアル」25ページQ&Aに「すべての死亡例に適合する異状の基準を一律に規定することはできないが,日本法医学会が定めている『異状死ガイドライン』等を参考にされたい。」と日本法医学会の「異状死ガイドライン」を参考にして所轄警察署に届出するように誘導する記載がされた箇所である。
この箇所は、平成10年2月からは「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」として5頁に【死亡診断書と死体検案書の使い分け】というフローチャートの「死体を検案して、異状(注)があると認められますか?」-はい→「24時間以内に所轄警察署に届け出ます。」の(注)の注釈にあたる。この時に「法医学的異状については日本法医学会が定めている『異状死ガイドライン』等も参考にして下さい。」と記載されてから放置されたままで、4頁に移動した最新の平成26年度版でも同様である。
日本法医学会「異状死(いじょうし)ガイドライン」は、1300人程度が所属する医学会、すなわち小さな任意団体が「異状死(いじょうし)」を定義したもので「異状死(いじょうし)の解釈もかなり広義でなければならなくなっている」「基本的には、病気になり診療をうけつつ、診断されているその病気で死亡することが『ふつうの死』であり、これ以外は異状死(いじょうし)と考えられる」と記載されている。
しかし、「異状(いじょう)死体(したい)」の警察届出に関する法律である医師法は、「第四章 業務」に「[異状死体等の届出義務]第二一条 医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」とあるように「異状死体(したい)」等の法律であり、日本法医学会の定義する「異状死(いじょうし)」とは異なる対象を扱う法律である。「死体(dead body, corpse)」と「死亡(death)」は明らかに異なる概念の用語だ。したがって、警察届出に関して日本法医学会の「異状死ガイドライン」を参考にさせることに瑕疵があることは明白である。
異状(いじょう)死体(したい)を異状死(いじょうし)にすり替え、その異状死(いじょうし)の解釈も「かなり広義でなければならなくなっている」という独自の判断によって、医師法第21条の「異状死体」を拡張解釈あるいは類推解釈させようとしたものでる。医師法第21条には同法第33条の2に処罰規定がある刑罰法規であり、拡張解釈・類推解釈が許されるはずはない。
本年6月10日、参議院厚生労働委員会において当時の厚生労働大臣である田村憲久国務大臣は「医師法第二十一条は、医療事故等々を想定しているわけではないわけでありまして、これは法律制定時より変わっておりません。ただ、平成十六年四月十三日、これは最高裁の判決でありますが、都立広尾病院事件でございます。これにおいて、検案というものは医師法二十一条でどういうことかというと、医師が死因等を判定をするために外表を検査することであるということであるわけであります。」と述べ、日本法医学会の「異状死ガイドライン」とは相反する答弁を行っている。また、同月17日の同委員会においては、安倍晋三総理大臣からも「死亡診断書マニュアル」を改訂する旨の言質が得られた。
したがって、法律の条文の文理解釈の論理上も、司法権の頂点にある最高裁判決からも、内閣行政の判断からも、死亡診断マニュアルが日本法医学会の「異状死ガイドライン」を参考にするよう誘導することは明らかに誤りある。
2.死亡診断書マニュアルと警察届出数の増加
上記の田村厚労大臣の答弁にあるように医師法第21条は、法律制定時より医療事故を想定していない法律だ。ところが、警察庁の発表http://expres.umin.jp/mric/img/mric.vol.199.pdf によれば医療事故の関連した警察署への届け出の件数は平成9年(1997年)が総数で21件(医療側届出数12件)であったところ、平成10年版の改訂で「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」5頁のフローチャートの注釈が現行(平成26年度版)と同じ文言となった平成10年(1998年)から増加しはじめた。平成16年(2004年)には総数で255件(医療側届出数199件)と爆発的に増加を示した。その後、平成24, 25年(2012,2013年)には、総数117, 114件(医療側届出数87, 75件)と減少傾向にある。しかし、いわゆる立件送致数は平成16年(2004年)の91件に対して平成24, 25年(2012, 2013年)は93, 81件など平成9年(1997年)と比較してここ10年間は20数倍~30倍以上が常態化している。
これらの異様なまでの増加率を欧米諸国と比べれば、尋常ではない。医療刑事事件は現場医療者個人の責任を追及するものであり、善意と社会的使命感をもって患者の生命や健康に従事した医療者を長期間にわたり時空的に肉体を拘束し、精神的にも疲弊させるものである。この現場医療者への個人責任追及が日本国内でいわゆる「立ち去り型サボタージュ」を増加させ、萎縮医療が社会問題となったことは誰もが知ることだ。
第1.「1.医師法第21条『異状死体』を『異状死』にすりかえ放置」でみたような、死亡診断書マニュアルの瑕疵のある誘導とこの数字の因果関係は強いと推測される。国民の健康、医療安全のためにも可能な限り早急の対応が必要である。
3.都立広尾病院事件 東京高裁判決-最高裁判決後の厚生労働省の不作為
「死亡診断書マニュアル」の平成7年2月および平成10年の改訂時点では、医師法第21条の条文にある「検案」に関する上級審以上の判例は存在しなかった。その後、同法のリーデイング・ケースとなった都立広尾病院”届出事件”の東京高等裁判所判決が平成15年5月19日に言い渡された。
この判決では「死体の検案とは、死因を判定するために死体の外表面検査をすること」「医師が消毒液ヒビテングルコネート液を誤薬投与したことによる死亡、すなわち診療経過に異状性を認識した死亡でも、検案して異状を認めていない時点では警察届出義務はない」ことが判示された。東京高等裁判所は一審を破棄し、原審に差し戻すことなく破棄自判した。また、田村大臣の答弁にもあったように最高裁判所も平成16年4月13日に原審(東京高裁判決)を認め、同様の判断を下したのである。
言うまでもなく、日本の法律の解釈適用について最終的な権限を持っているのは司法権である。その司法権の頂点は最高裁判所だ。したがって、最高裁判所が医師法第21条に対して一定の解釈を示せば、日本国の中で医師法第21条は最高裁判所判決の通りに解釈されるのが日本の国の仕組みである。当然、死亡診断書マニュアルにおいて医師法第21条に関する誤った記載があれば、最高裁判決に整合するように改訂してしかるべきだ。
しかし、厚生労働省はそれを長期間にわたり放置している。この医師法第21条の正しい解釈を厚生労働省が無視し、死亡診断書マニュアルの該当部分の改訂を怠ってきた事実については、章を改め「第2医師法第21条の正しい論考と死亡診断書マニュアル改訂意見の経緯」で詳細を述べる。
4.死亡診断書マニュアルの悪影響と推測される諸事実
死亡診断書マニュアルの平成10年(1998年)版の改訂後に、三つ目の悪書である厚生省保健医療局国立病院部リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成委員会「リスクマネージメントマニュアル作成指針」(平成12年(2000年)8月)が出された。この「第7 医療事故発生時の対応 警察への届出」には「医療過誤によって死亡または傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う。」との記述がある。これは、明かに医師法第21条の条文を逸脱したものだ。
しかし、現在の独立行政法人国立病院機構に対しても厚生労働省は「それについては、これはあくまでも国立病院などに対してお示ししたものでありまして、国立病院のほうで実際にいろんな対応する際の参考になるように指針を示しているということで、ほかの医療機関について、こういうことをしなさいと言っているわけではないと考えております。(2012年10月26日 第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会 議事録 医政局田原克志総務課長発言)」という態度である。これにより、現在でも国立病院においては、医師法第21条を拡張解釈・類推解釈したマニュアルによって、法律上不要な警察届出対応を指示されている不条理な立場にある。
三大悪書の影響は、日本内科学会が運営主体として行われた「診療行為に関連した死亡の調査分析事業」にもみられる。この事業では、事業側が調査対象と睨んだ現場医療者に「標準的な流れ」という冊子を渡していた。この冊子には「当モデル事業は、医師法21条等の異状死(いじょうし)届出制度について何ら変更を加えるものではない。すなわち、死体を検案した医師において異状死(いじょうし)であると認めた場合には、直ちに所轄警察署に届け出る義務があり、これは診療を受けている間の死亡についても何ら例外ではない(最高裁平成16年4月13日判決)。(ふりがなは筆者による)」といった記載があり、やはり異状(いじょう)死体(したい)を異状死(いじょうし)にすり変えて最高裁判決を曲解した記載をしている。これによって調査の対象とされた医療者は刑事事件の被疑者になる恐怖感を植え付けられ“モデル事業判決”までの約10カ月、何の情報もないままに憂鬱な日々を送らなくてはならなかった。
なお、「診療行為に関連した死亡の調査分析事業」運営委員会山口徹委員長が上記2012年10月26日検討部会においても「・・・過失のあった医療関連死は、21条で現在は届け出るべきものということに決まっているのだから、ではそれをどうするかという話をするべきだということになると、現在の21条をそのように理解することがもう決まりだとなると、・・・」と完全に誤った発言していることや、外科系13学会による「声明文 診療に関連した『異状死(いじょうし)』について(平成13年4月10日など)」、および、「異状死(いじょうし)件に関しては、・・」と書きはじめられた「日本内科学会 会告(平成14年4月)」、および、「異状死(いじょうし)等について―日本学術会議の見解と提言-(平成17年6月23日)」(以上ふりがなは筆者による)などが、医師法第21条の「異状死体」を「医療関連死」や「異状死(いじょうし)」に変質させて論じてきたことを鑑みれば、本邦の日本医学会のトップレベルの地位にある医師らや日本の学術会の主要メンバーには医師法第21条の拡張解釈が根深く浸透していると推測される。