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Vol.202 甲状腺スクリーニングで過剰医療はあったのか ロンドンから被災地に赴任した内科医は見た~強いコミュニティー力が育まれつつある

医療ガバナンス学会 (2014年9月9日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

相馬中央病院内科医
越智 小枝

2014年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


こういうグラフは読み方に慣れないと誤解をしてしまいますから、ちゃんと説明する必要がありますね」
インペリアルカレッジ・ロンドンのジェリー・トマス教授が、福島県の甲状腺スクリーニングの結果のグラフを見せながら解説を始めました。
「・・・だから、スクリーニングによって向こう数十年に発症する甲状腺がんを1年の間に見つけてしまうということにもなります。このため、現在一見発症率が増えたように見えても、数年後にこの発症率は下がってくると予想しています。チェルノブイリでもそうでした」

●画期的な地域シンポジウム

このレクチャーが行われたのは、福島県の霊山町の山の中。甲状腺スクリーニングに関する地域シンポジウムが開かれた時の様子です*1。
周囲の住民の方が主に参加され、総勢30~40人ほどの小さなシンポジウムでした。

「日本に呼ばれるときはいつも東京ばかりだったので、こういう地域に出かけるいいチャンスになったわ。自然も楽しめるし・・・mosquito bite(蚊に刺されること)もね」
地元の方との交流に、トマス教授はとても嬉しそうでした。この地域シンポジウムで画期的だったことが2点あります。

1つは、海外の専門家に参加いただいたことです。パネリストにはジェリー・トマス教授、オブザーバーには英国原子力公社の名誉議長であり元弁護士でもあるバーバラ・ジャッジ氏が参加されました。
トマス教授はチェルノブイリ事故の後、入国が解禁となった直後に現地に入り甲状腺癌のスクリーニングや遺伝子解析に携わられた方です。バーバラ氏は東京電力原子力改革監視委員会のメンバーでもあり、常に厳しい助言をされていることでも有名です。

もう1つ画期的だったことは、このお二方を含め、女性の参加率が高かったことでしょう。パネリストだけ見ても、男性が3人、女性が3人と、半数が女性。このことについてはバーバラ氏が非常に喜んでいました。

「日本ではいつも男の人ばかり見るから、女の人がディスカッションに参加しているのを見て、すごく嬉しい。これから頑張ってね。私も若い頃随分戦ったのよ」ファイティングポーズを取りながら楽しげに話されていました。
主催されたのは地域メディエーターの半谷輝己さんを中心とした伊達市の皆様。地元の主催、地域の住民の方の参加型ディスカッション、海外の女性パネリスト・・・日本においては非常に先進的な形で行われたシンポジウムは、内容もまた示唆に富んだものとなりました。

●乏しい「先行調査」の認識

シンポジウムはまず共通認識の確認から始まりました。今年の3月まで福島県で行われていた甲状腺スクリーニング検査は、「先行調査」といって、ベースラインの甲状腺疾患の罹患率を確認するためのもの、とされています*2。
本年4月より2年おきに「本格調査」が始まり、5年ごとに生涯にわたり継続される予定です。

これまでの調査が「先行調査」とされていることを知っている人、と住民の方にお聞きしたところ、ほとんどの方が「知らない」と回答されました。
「私たちは放射線の影響を見るための検査と思って受けて(受けさせて)いました」。感情を抑えた声で、1人の住民の方が発言され、全員が大きく頷きました。これに驚いたのは招待されていたパネリストたちです。
「スクリーニングする側と住民の方とのコミュニケーションがそこまで取れていないとは想像していなかった」トマス教授の発言は、外部から来ていた全員の意見を代表していたと思います。

●スクリーニングの「副作用」

「無料で受けられるスクリーニングなのだから別に先行だろうが本格だろうが関係ないではないか」
そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、地元の方々との話が進むにつれ、徐々にスクリーニングの弊害とも言える現状が明らかになりました。

「私の知り合いは震災の時には県外にいて、その後入居してきたので、スクリーニングも出るはずはない、くらいの気持ちで子供に受けさせたんです。その結果がA2で、親御さんも相当ショックを受けていたようでした」というお話や、「『福島だけでスクリーニングをやるってことは、やっぱり福島は危険なんじゃないか』と言う人もいる」と、スクリーニングの存在そのものが風評被害を助長した、という意見もありました。

●「過剰医療」はあったのか?

なかでも、問題になったのが過剰医療の可能性です。医療者側が過剰に手術をしている、と取られる傾向にあるのですが、実際のところは、
「お子さんは癌です、だけど小さいから待ちましょう」という方針に納得できず、早めに手術を受けさせたがる親御さんも多かったとのことです。統計で見ると、癌が見つかった中で、手術を行った症例は1年目が87%、2年目が67%、3年目が10%と、急速に下がっています。

「これは徐々にコミュニケーションができてきて、親御さんのパニックも少し落ち着いたためかもしれません。福島県立医大の努力の成果も認めるべきですね」と、パネリストの1人、浦島充佳先生から、医大の努力をフォローする発言も聞かれました。
「しかし、まずは手術せざるを得ない、という状況自体をもっと深刻に考えなくてはいけません」

●スクリーニングに必要なコミュニケーションとは?

参加者の方々の話を聞いた限りでは、甲状腺スクリーニングを行う前に、少なくとも以下のことを親御さんに説明すべきだったのではないか、というのが私の感想です。

・普通行わないスクリーニングを行うことで、甲状腺癌が偶然見つかる可能性があります。
・もし癌が見つかった場合、手術しなくてはいけない、という意見が主流です。
・しかしそれは、スクリーニングをしなければ見つからなかった癌である可能性もあります。
・手術には合併症や傷痕の残る可能性があります。
・もし、「本来見つからなかった」癌を手術しなかったら何が起こるのかは、分かりません。
・「A2」です「再検査です」と言われた時には、次の検査まで不安で過ごさなくてはいけません。

それでもお子さんにスクリーニングを受けさせますか?
そのようなコンセンサスを得ずに始まってしまった甲状腺スクリーニングが、「まさか自分の子供が」と考えていらした親御さんの心を深く傷つけています。
高い受診率を示す甲状腺スクリーニングですが、最近では考えたうえで受けさせない、という選択肢を取る方もいるようで、その理由も様々です。今は先行調査だから受けなくてもいい、原発の影響の出る5年後から受けさせる、という方もいらっしゃいますし、「1年目大丈夫だったからしばらく受けなくていいでしょ」と、1回だけは受ける、という選択をされる方もいます。
なかには、「今の先行調査のうちに癌を見つけておいて、本格調査での検出率を下げて、原発の影響は少ない、と言おうとしているのかもしれない」などという穿った見方をされる方もあり、本来はこの一つひとつにコミュニケーションが必要だな、と感じました。

●2つのコミュニケーション不足

「一応住民の方の不安に応えるための機関もあるんですよ。『ふくしま国際医療科学センター放射線医学県民健康管理センター』」*3
司会の半谷さんがスライドを見せると、聴衆の方から失笑が漏れました。

「名前からして難しすぎるし、こっちが探さないと出てこないんじゃだめだよ」
「こういう人たちは自分の専門のよく分からないことを延々と話して『説明』したつもりになっている。多くて分かりにくい情報はなお悪いです」
「私は携帯電話関係の技術者ですが、お客さん相手に、内部の構造を専門用語で説明したりしませんよ」などと、甲状腺や癌、放射線の専門家たちの説明能力不足を厳しく指摘する声も上がりました。

つまりコミュニケーション不足には2種類あると思われます。
1つは事前のコミュニケーション努力の不足。もう1つはコミュニケーションの方法や言語能力の不足です。事前のコミュニケーション不足は、主に行政側の、ある活動が社会に与える影響への認識の乏しさに起因すると思います。決して悪気ではなく、無料で全員に提供するスクリーニングに害があり得る、そのようなことに事前に思いいたる方が少なかったのではないかな、と思います。
「科学者の悪い癖です。社会へのインパクトを考えずに調査をしてしまう。これはどこの国でも共通しています」と、チェルノブイリを知るトマス教授も反省も込めてコメントされていました。

もう1つのコミュニケーションの能力不足は、人材や教育への投資の乏しさに起因するように思います。甲状腺スクリーニングにおいても、スクリーニングの技術者の講習会はあっても、結果説明者やコミュニケーターの人材育成にはほとんど手間がかけられていないようです。
「僕は自分がやっているような地域メディエーターをとても重要な仕事だと思ってやっているんです。だけど誰も投資してくれない」半谷さんが苦笑しておっしゃることです。

コミュニケーション能力をあまり重視しない結果、例えばホームページのレイアウトなどを見ても、住民の方にやさしいとは言いがたいものとなっています。県民のためのページに国連の報告書などを載せられても、県民の方はきちんと説明された、とは思わないでしょう。
甲状腺スクリーニングが本当に住民の安心のために行われているのであれば、やはりコミュニケーションや人材育成にもう少し予算を割かなくてはいけないのではないかと感じます。

●コミュニティー力を育んだ災害

一方、素晴らしかったのは、霊山の方々の論理力と倫理観です。
「チェルノブイリでは最初の3年間、ソ連の方針で被災地に入ることができなかったと聞いている。それなのに5年後まで癌が増加しない、と言っていることに根拠はあるのか」という鋭い質問にはトマス教授も大きく頷かれました。

「自分たち、英国の科学者もその時期まで入れなかったことを悔やみます。また、チェルノブイリと福島は食生活も含めていろいろな面で全く異なりますので比較はできません」また、「先行調査がベースラインのデータを収集するための調査だったのであれば、全例調査である必要があったのか」という質問に対し、トマス教授が、「統計学的に見れば、サンプル数は多ければ多いほど良いのは確かです。しかし、福島で甲状腺癌が増えた、と言うためには、福島の外で同じ背景、かつ同じ規模の調査を行って比べなくては分からない」と答えられた時のことでした。ここで半谷さんが多数決を取りました。

「福島県だけ調査されるのがフェアでない、ということは、他の県でも同じ調査を行うべきだ、と思う方」大多数の方が賛成、と挙手する中、数人の方が反対票を挙げました。その中のお一人が、発言を申し出ました。
「福島が偏見で見られるのは悲しい。だけど、このスクリーニングで受けた親御さんの苦悩を、他の県の方にまで味わってほしくない。だから私は反対です」この発言には、賛成に挙手された方々からも大きな拍手が送られました。

この苦境において、即座にそう考えられるお母さんがいらっしゃる。そしてそれを感情的になることなく、人々の前で伝えられる。この地域力に私はとても感動しました。このような議論をできる地域力、それを育んだのは、皮肉にも今回の放射線災害だったのかもしれません。

●災害の生んだ倫理

エボラ出血熱の流行、各地の紛争、将来必ず来るであろう自然災害・・・来たるべき危機、いまだに正解のない危機に面した時、それはコミュニティーの論理力・倫理力が試される時だと思います。
福島では3年もの間、コミュニティー全体が回答のない疑問を必死で考え続けました。その成果が、今徐々に現れようとしている。今回のシンポジウムはそう感じさせるに十分な会であったと思います。
霊山のシンポジウムのすべてを伝えることはできませんが、住民の皆さんが終始冷静であり、個人を責める発言は一度も聞かれなかったこと、文句を言うのではなく「ではどうすればいい」という将来のことについて必死で考えていらっしゃる様子がうかがわれました。
災害の生んだ倫理、あるいは災害哲学とも呼べるものの萌芽が確かに被災地には存在します。被災はまだまだ終わったわけではありません。しかし自然が再生するかのように、明らかに福島のコミュニティー力は未来へ向かう力を持ち始めています。

来たるべき災害・来たるべき高齢化社会へ向け、この新しいコミュニティーの発展をどのように国内に、世界に伝えていくか。メディエーターの力が試されています。

(1) http://dr-urashima.jp/fukushima/
(2) https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/71417.pdf
(3) http://fukushima-mimamori.jp/

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