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Vol.205 全国医師ユニオン声明「誤った医療事故調査制度が医療崩壊を進めることを危惧する」

医療ガバナンス学会 (2014年9月12日 06:00)


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全国医師ユニオン代表
植山直人
2014年9月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


全国医師ユニオンは8月29日に医療事故調に関する下記声明を発表いたしましたので投稿させていただきます。

http://union.or.jp/98/post_23.html

2014年8月29日 全国医師ユニオン

はじめに

医療事故調査に関する医療法の改正が6月の国会で成立し、医療事故調査に関するガイドラインの策定に向けて公費の研究班による準備が進められています。これまで医療事故調査に関しては、厚労省の検討会等でも議論されてきましたが、その過程において現場医師から多くの批判がよせられてきました。また国会での審議では18もの法案が一括採決されるなど十分な議論が尽くされることもなく法律自体も危惧される点が残されたままです。このように医療事故調査に関する法律は医療崩壊と言われる厳しい現場で診療する医師の意見を反映することなく、不審を持たれたまま国会を通過しました。しかもガイドラインのために作られた研究班の会議には現場医師の意見が反映されるどころか内外からの批判が相次いでいます。会議自体が非公開であるうえ、会議で合意を得ていないことを研究班の代表が合意したかのように記者会見で述べています。このため日本医療法人協会から撤回を求められ、会議に関する厚労省のホームページの修正がなされました。また、研究班の会議では今回成立した法律を逸脱した議論が行われているとの批判も上がっています。そして、この事態に危機感を持つ医師らの「現場からの医療事故ガイドライン検討委員会」が、独自のガイドライン案を発表するに至りました。その内容は、現実に即しており基本的にあるべき姿のガイドラインであると考えます。
私たちは現状のままでは、今回の医療事故調査に関する制度が更なる医療崩壊の進行を助長する危険性が高いと危惧し、以下に問題点の指摘と提言を行うものです。尚、この問題は患者・国民にも理解していただくことが重要であり説明に多くを割いたために、長文の声明となっていることをご了承ください。

1)医療事故調査に関する法律の根本的な問題点

今回の医療事故調査に関する法律には根本的な問題がありました。それは「医療安全(再発防止)」と「患者の救済」という二つの問題です。この二つは全く別の問題ですが、この二つを無理やり一つの法案に入れてしまったことが大きな混乱を生んでいます。
多くの医療事故は複雑な要因が何重にも絡み合って起こるもので、一つの原因で起こるわけではありません。従って、再発防止には事故にかかわる全ての要因を洗い出し分析した上で危険因子を取り除いた何重もの安全策を講じたシステムを作ることが必要です。このためには事故に関連する全ての医療スタッフの自由な発言が前提条件となります。一方、患者の救済は患者や遺族への説明及び経済的保障が課題となるので、どうしても責任問題が出てきます。事故に関する保険は医療機関や医師個人が入っているために個人の責任を特定しなければ保険金はおりません。一般的に「原因究明」という言葉が使われますがこれは「個人責任の特定」と同じ意味を持ちます。医療機関や医師と患者・家族の関係が悪い場合や説明に納得が得られない場合には医事紛争となり刑事や民事での争いに発展します。
WHO(世界保健機関)はこの点を考慮して、再発防止のための事故調査には関係者全員が自由に問題点を話し合うことができる環境が必要であるとし、事故調査のガイドラインの中で調査資料や結果の秘匿性が必要であること、また罰則に使用しないことが重要であることを強調しています。自分の発言が自分または他の医療スタッフの個人責任の追及や逮捕につながるとなれば、自由な発言や議論は望めません。従って、この矛盾を生まないためには再発防止と患者の救済を別の制度に分ける必要があります。もちろん患者の救済は重要な問題なので、正面から議論を行い必要な制度を作るべきです。

2)医療安全に関する法律とすべき

今回の医療法改正では「医療事故調査・支援センター」(以下、支援センターと呼ぶ)が新設されることになっており、その目的は「医療の安全の確保に資すること」とされています。本来は医療安全の問題なので法律としても医療安全に関する法律を作り、その中に医療事故調査が含まれるべきでした。しかし実際には医療安全の問題を議論せずに事故調査の議論だけが行われてきました。その証拠に厚労省の事故調査の委員会には安全の専門家が一人も入っていませんでした。事故調査の目的は再発防止とされながらが、調査の結果をもとにどのように再発防止を実現するのかは全く議論されていません。
最近、脊髄の造影剤を間違えたことから死亡事故が起こりました。同様の脊髄造影剤の事故はこれまで日本で少なくとも7件あり全て該当医師に刑事責任が問われ全員が有罪になっていますが、再発防止に全く生かされず再発が続いています。ダブルチェックの徹底は当然として、薬剤のパッケージ表示の大幅な改善や専用キットの使用などは有効性が高い方法ですが、これらの方策は取られていません。にもかかわらず、今回の医療法改正ではこのような改善策を考え実施させるシステムがありません。法律では支援センターの業務のなかに「医療事故の再発の防止に関する普及啓発を行うこと」と書かれているだけです。通達だけでは、何も変わりません。安全対策には多大なマンパワーやコストがかかりますが、この点には全く触れずに何の対策もありません。必要なのは、医療安全を阻むものは何かを明らかにし、これを防ぐ手立てを考えて実行することです。

3)医療現場の実情と医療崩壊進行の危惧

私たちがおこなった「勤務医労働実態調査2012」によれば、現場の医師からみた医療過誤の4大原因は、「医師の負担増」(57.5%)、「時間の不足」(57.5%)、「スタッフの不足」(55.7%)、「過剰業務による疲労」(55.0%)となっています。医事紛争の経験についても調査していますが、20.9%の医師が経験「ある」と答えています。年齢別では20歳台の1.6%に比べ60歳以上は38%で、長く医師を続ければ多くの医師が医事紛争を経験することを示しています。また、医療トラブルによる精神的ストレスに関して「診療に支障をきたすストレスがある」と答えた医師は16.4%に上ります。この実態を真摯に受け止めるべきです。
そもそもスタッフ不足や過重労働による医療事故は国として予見できるものです。EUでは安全性の視点からも医師の労働は例外なく週48時間が上限とされています。人口当たりの日本の医師数は世界で64番目であり、先進国最低の医師数となっています。医療費抑制政策で作り出された絶対的な医師不足の下で、日本の医師は過労死ラインを超える過重労働を担っています。日本の救急専門医は人口あたりアメリカの十分の一に過ぎません。スタッフ不足の中で様々な診療科の医師が自分の専門を超えて懸命に救急医療を支えています。しかし現在の法律では、過酷な長時間労働を行った結果により医療事故を起こしたとしても、事故の責任は善意で働いた医師個人が負わされることになっています。医療従事者を追い込めば追い込むほど、リスクの高い患者は取れない、リスクの高い治療は行えない、スタッフが十分にそろわない場合は救急車を断るしかない、などの委縮医療が進行します。またリスクの高い診療科には医師が集まらなくなり医療現場が荒廃し、結局は患者の医療を受ける権利が失われていきます。

4)求められる支援センターのありかたとガイドラインの内容

まずは、ガイドラインの議論がオープンとなること、また病院内の調査と支援センターの調査のいずれにおいても、改正医療法と憲法が遵守されることが前提であり、WHOのガイドラインが尊重されることが求められます。支援センターは、医療機関から依頼があった場合に院内の事故調査を支援することになっていますが、支援センターは捜査機関ではなく裁判所でもありません。法律上、「医療安全の確保に資すること」を唯一の目的とした機関です。一方で「医療事故が発生した病院等の管理者または遺族から当該医療事故について調査の依頼があったときは、必要な調査を行うことができる」とされています。一般的に考えて、遺族が支援センターに調査を依頼する場合は、医療機関とすでに対立状態にあると考えられます。支援センターは「管理者に対し、・・・説明を求め、又は資料の提出その他必要な協力を求めることができる」また医療機関側は「これを拒んではならない」とされ、実質的な捜査権限を持っています。このために、遺族は医療機関側とは異なる説明を支援センターに期待することになりますが誤解を防ぐためにも、支援センターは医療安全の組織であり、捜査機関や司法機関としての役割を担っていないことを明確にする必要があります。
また、支援センターは目的のために「収集した情報の整理及び分析を行う」となっています。ガイドラインでも支援センターは医療事故の「整理及び分析を行う」のみであり、事故の原因特定について判断する組織ではないことを明確にするべきです。同時に事故報告書は、「医療安全の確保に資する」ことに限定して書かれるべきで、決して紛争に利用されない内容としなければなりません。
産科医療には保障制度がありますが、その第三者機関(支援センターにあたるもの)は、ほとんどの場合において該当医師に全く話を聞くことなく調査報告書を作成していると聞きます。これでは事故の本質やその背景を知ることはできません。再発防止には個人の責任を問うことではなく診療環境やシステムの改善が重要です。その医療機関で安全対策がどのようにとられていたのか、2重・3重のチェックの実態、スタッフの体制(適正にスタッフが配置されていたか)、スタッフの労働条件や健康状態、スタッフの教育や研修状況などは最低限でも調査され再発防止に生かされるべきです。

5)医師の人権に関する憲法違反の懸念

医師は一国民であり、憲法に保障されている基本的人権を有していますが、医療現場においては医師の人権が踏みにじられている実態があります。そもそも労基法が全く守られていません。今回の医療事故調査制度では、医師は無条件で調査に協力しなければなりません。このことは一見当然のようですが、これがもとで逮捕されるような環境下では憲法に反することになります。どんな犯罪者に対しても例外なく黙秘権や弁護士を付ける権利が保障されています。これは権力の行き過ぎを防ぎ冤罪などから国民を守るために作られている人権擁護のための制度です。今回の医療事故に関する制度では憲法に守られた医師の人権を侵害する恐れが懸念されていますが、憲法に保障されている権利や最高裁判決を無視した法律や通達・ガイドラインなどは許されません。医師の人権は、病院内の調査でも、支援センターの調査でもしっかりと守られなければなりません。
一部に医師に対してだけ甘いとの意見も見受けられますが、冤罪を起こした警察官や検察官は訴えられることはありません。裁判官が誤った判決を出しても訴えられることはありません。さらに公務員も過ちを犯しても犯罪ではない限り個人が訴えられることはありません。これらの人たちは仕事の委縮を防ぐために、法律によって個人責任が問われないよう保護されているからです。医師を守るこのような法律はありませんが、最低限、憲法で保障されている人権を守ることを強く求めるものです。

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