Vol.224 日弁連、指導監査の改善意見書を採択
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この原稿は『月刊集中』月刊集中9月30日発売号からの転載です。
井上法律事務所 弁護士 井上清成
2014年10月3日MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
1 日弁連・指導監査改善意見書 日本弁護士連合会は、2014年8月22日付けで「健康保険法等に基づく指導・監査制度の改善に関する意見書」を取りまとめ、同月25日に厚生労働大臣と各都道府県知事にこれを提出した。この日弁連の意見取りまとめは、自殺した保険医の遺族らなどによる日弁連・人権擁護委員会に対する救済申立てを契機としたものである。 2 保険医等の適正な手続的処遇を受ける権利 日弁連・指導監査改善意見書は、保険医療の指導・監査の制度に関し、その対象となる保険医等の適正な手続的処遇を受ける権利を保障するため、次の7つの点について改善・配慮及び検討を求めた。 (1)選定理由の開示 (2)指導対象とする診療録の事前指定 (3)弁護士の指導への立会権 (4)録音の権利性 (5)患者調査に対する配慮 (6)中断手続の適正な運用 (7)指導監査機関の分離と苦情申立手続の確立 3 指導監査制度の改善を この意見書は、権利の侵害に直面している保険医にとって、大きな後ろ盾になるであろう。また、指導・監査の改善を求める諸活動の支えにもなり、歴史的な意義が大きい。 厚生労働省地方厚生局と各都道府県は、日弁連・指導監査改善意見書に沿って、保険医と患者の権利擁護と公平公正で公開された指導監査制度の実現のために、 ・運用については、直ぐにも改善できる点は即改善し、 ・制度については、指導大綱・監査要綱などを速やかに抜本的に改め、 ・法的には、患者・保険医の権利条項の全く欠如している健康保険法等の関連法規を、憲法の趣旨に沿って改善する べきである。 4 人権の歴史は手続的保障の歴史 近代から現代にかけて、基本的人権保障の歴史は、大部分は「手続的保障の歴史」であった。人権擁護の歴史というのは、「悪い奴は厳罰に処してしまえ!」「なんで悪い奴をかばうんだ!」という情動的な処罰感情に対し、「そうであったとしても、適切な手続的保障をするのが基本的人権の保障である。」として冷静さを求める積み重ねであったと言えよう。 今も人権侵害の声は消えていない。「なんで不正請求や不当請求をする医者をかばうんだ!」という類いである。実は、この声は一般国民やマスコミからの声ではない。ほかならぬ医療者からの声である。 このような声を発する医療者は今も絶えない。しかし、日弁連の指導監査改善意見書は、このような人権侵害の情動から未だ脱却できていない医療者に対しても、冷水を浴びせかけたのである。 厚労省も都道府県も、そして、一部の医療者達も、日弁連・指導監査改善意見書をきっかけとして、「人権の歴史は手続的保障の歴史である」ということを認識してもらいたい。 5 国民が適切な医療を受けるために 日弁連・指導監査改善意見書は、指導・監査の対象となる保険医等の適切な手続的処遇を受ける権利(憲法31条)を保障し、その人格の尊厳等を守る観点から、現行の指導・監査について改善、配慮及び検討を求めたものである。 しかし、そこで指摘された指導・監査の問題点は、保険医等の権利を脅かすことを通じて、国民の医療を受ける権利に危険を及ぼすことを忘れてはならない。 保険指導の運用が、保険医等に対する診療報酬の自主返還や、監査による保険医資格の取消等の不利益処分に結びつくものであり、手続の不透明性や密室性もあいまって、保険医等が、理由の如何を問わず指導対象に選別されることを避けたいという心理に陥ることは自然である。その場合、たとえば集団的個別指導を受けた保険医等であれば、何とかレセプトの平均点数を下げて個別指導対象に選定されることを避けたいと考えるし、それ以前に、集団的個別指導に選定されないようレセプトの平均点数を抑えることに腐心するということにもなろう。 保険医等が、患者のために何が必要かという観点ではなく、指導対象に選ばれないためにどうすべきかという観点から診療方針を決定するようであれば、患者が本当に必要な医療を受けられなくなるかも知れない。 経済的負担能力による差別なしに適切な医療を受ける権利のためには、国民皆保険制度の維持・拡充が必要であり、そのために指導・監査制度の存在意義がある。しかし一方で、行き過ぎた指導・監査は、保険診療を担う保険医等の人格の尊厳を脅かし、国民の適切な医療を受ける権利を空洞化させる危険を含んでいる。 したがって、国民の適切な医療を受ける権利の保障という観点から、現行の指導・監査について、日弁連・指導監査改善意見書の指摘にかかる改善、配慮及び検討を行うことが重要であろう。 6 指導・監査制度の改善に向けて 日弁連の指導監査改善意見書の内容は、もちろん指導・監査・処分制度のすべての問題点を網羅したものではない。むしろ適正手続保障(憲法31条)の重要なポイントを例示列挙したものと評しえよう。これらを補強し実践していくことは、むしろ医療者自らの課題である。 この意見書は、法律家的な発想には良くなじむ。問題は、違和感を覚える一部の医療者自身である。すべての医療者自らが人権感覚を身に付け、法律家や国会議員・地方議会議員や患者団体と共に、共有した人権意識の下に、指導・監査そして処分制度の改善に取り組んでもらいたい。それこそが患者の適切な医療を受ける機会を保障することになり、国民皆保険制度の維持・拡充につながるものである。