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臨時 vol 162  「医療崩壊」と「医療再生」

医療ガバナンス学会 (2008年11月10日 11:16)


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                虎の門病院 泌尿器科部長 小松秀樹
※初出:月刊「保険診療」2008年10月号

医療の崩壊が続いている。2008年9月時点では,医療再生のための有効な対策は実行されていない。今後も医療崩壊は進むと予想する。
 医療問題解決のための施策は,現実と乖離した規範の実現を目的とすべきでない。人間の特性と現実を踏まえて,実行可能性と結果の有用性を基準に制度設計しなければならない。本稿では,医療再生のための具体策の全体像を俯瞰したい。11項目よりなる「医療再生のための工程表」(図表:文末参照)を作成した。各項目について,簡単に解説する。
1 安全対策
 1999年の『人は誰でも間違える』(アメリカ医療の質委員会/医学研究所)の出版は,世界的なパラダイムシフトをもたらした。新しい考え方は学習改善型であり,「人間は間違いを犯しやすい性質を持っており,その性質を変えることはできない。間違いが起こることを前提に,間違いを起こせない,あるいは,間違いがあってもどこかで修正できるようにシステムを構築する。そのためには,広く事故情報を収集して過去の失敗に学ぶ必要がある」と考える。
 世界保健機関(WHO)は,医療安全向上のためには新しい考え方が有効だと判断している。医療全般を従来の過失責任追及で取り締まると弊害がでる。2005年のWHOの事故報告制度ガイドラインでは,報告と処分が連動されないこと,患者・報告者・病院の個別情報が明らかにされないこと,医療が置かれた環境や背後にあるシステムの問題を熟知した専門家が分析を担当すること,個人の能力よりもシステム・プロセス・最終結果をどのように変えられるかに焦点を当てること,用語の標準化,医療安全を阻害する要因の分類の統一――などが求められている。
 日本で2004年に開始された医療事故情報収集等事業は,WHOの考え方と一致している。事故情報は,日本医療機能評価機構に置かれている医療事故防止事業部に集められ,匿名化されたうえで分析されている。情報が不十分な場合には追加調査が行われることもある。報告書が3カ月に一度出されて,医療安全情報も1カ月に一度のペースで医療機関に周知されている。匿名化が,感情を遠ざけ,対策の科学的検討を可能にしている。今後,医療事故のカテゴリーごとの重要性の評価,対策の優先順位,日常業務全体のなかでの対策の実現可能性の研究が必要である。
 厚労省から,医療事故調査制度に関して第二次,第三次試案が提案された。厚労省案は,広く報告を義務付けて,行政主導で調査と処分を行おうとするものである。中世ヨーロッパでは,権力者が恣意的に処罰を下していた(罪刑専断主義)。市民革命によって,現在のような刑法体系が成立した。罪刑法定主義を掲げる近代刑法は権力の歯止めとなっている。刑事訴訟法も司法当局の暴走を抑制する。厚労省案はこのような歯止めの規定をもたない。歯止めのための規定なしに,膨大な数の医療従事者が処分を前提とした取調べを受けることになる。安全と責任追及をリンクさせると,安全のための報告書が鑑定書として使われる。将来の安全のための改善点の記載が,過失の証拠になりかねない。医療安全のための有用な情報が集まりにくくなり,あらゆる局面で対立が高まる。厚労省案による医療事故調は,医療の安全と,医療サービスの継続的提供の脅威になる。
2 医療費の増額と配分の見直し
 医療を立て直すために,医療費を増額する。同時に,限られた資源の有効活用のために,配分決定方式を見直す。原則として,難易度やリスク,責任の大きさに応じた配分とする。
 崩壊に瀕しているのは病院医療である。数カ月前,慶應大学の権丈善一氏に医療再建のための見積もり書を医療界が用意すべきだと叱咤された。この叱咤に,北海道大学の中村利仁氏が応えた。中村氏による病院医療建て直しのための見積もり書を要約して紹介する。
 日本の病院の平均利益率は小泉政権登場前の段階で3~4%台だった。入院医療は現在,実質的に利益が出ていない。小泉政権前の水準に戻すために,入院医療費15兆円を5%プラスすると7500億円弱必要である。急性期病院については,小泉政権以前から概ね赤字ベースだった。手術点数などを含むKコードを中心に,平均15%程度(メリハリを考えて)の点数引き上げが必要(循環器内科分野だけは,これまでも平均利益率10~20%を維持していたので,値上げの必要はない)。ここで7000~8000億円が必要となる。病院に小計1兆5千億円ほどが必要である。
 非医療専門職員(無資格者)を医師1人当たり1人として約18万人増やす。1人当たり年間人件費平均500万円程度として小計約1兆円。
 中期的には養成に時間のかかる医療専門職の増員が必要だが,診療報酬の施設基準を通じた政策誘導は人手不足のため機能しない。後期研修医や専門看護師,病棟薬剤師等の養成プログラムに対し,保険者(社保・国保共同)からの直接支出をする。3年間の後期研修医の養成に1人当たり年間平均500万円補助するとして,3年分2万4千人で1200億円。不足が深刻化している産婦人科,新生児小児科は高く,比較的充足している眼科・皮膚科は安くする。看護師や薬剤師の養成プログラムを含めて総額で当初は1兆円程度となる。
 不足が著しい分娩とNICU,あるいは拡充が必要な診療については,やはり保険者からの直接支払い型の固定費補助金が考えられる。これまでの全国一律の厚労省補助金は全廃する。調整はきめ細かく行う。急性期病院2000。平均して5つの診療プログラム(救急,分娩,NICUなど)に対して平均1億円を支払うとして,
1兆円。
 以上,経営安定化に1兆5千億円,非専門職に1兆円,養成プログラムに1兆円,存亡の危機にある診療に対して1兆円。総計4兆5千億円あれば,病院医療を再建できる。
 中村氏による見積書が適切かどうか私には判断する能力がない。専門家による議論が期待される。
3 患者理解支援制度
 医療を保全するためには軋轢を小さくする必要がある。このためには患者理解支援を目的とした制度を創設すべきである。まず,各病院で患者理解支援のための努力を制度化して徹底する。病院での対応による解決が不可能な場合,病院あるいは患者の希望で,新たに創設される相談機関に対応を依頼する。相談機関は,専門のメディエーターを配置し,徹底した理解援助を図る。必要に応じて個別の事例ごとに事故調査チームを結成して,科学的な調査を行う。調査では事実を明らかにするだけで,評価をしない。この過程で患者の理解援助を行う。調査チームは複数設けてもよい。あくまで調査は相対的で個別に限定したものとすべきである。
 この過程で双方に受け入れられれば「対話自律型ADR」1)で紛争の終結を図る。ADRによる紛争解決が不可能な場合は,裁判による解決とする。
4 医師法21条
 医師法21条*1の届出義務を廃止する。あるいは,罰則を除く。
5 医師を代表する公益団体設立
 公益法人制度改革三法の施行を追い風にして,日本医師会を3つに分割する。開業医の利害を代弁する団体,勤務医の利害を代弁する団体,そして,最も重要なものが公益のための医師の団体である。
 利害を代弁するための団体が,その団体の構成員のために活動するのは当然のことであり,誰もまやかしとして非難することはない。開業医と勤務医の利害は明らかに異なる。まとまって内部で調整すると,一方が他方を抑圧することになる。活動が大きく異なるのだから,別々に主張するほうが健全である。現実に即した主張が出やすいし,説得力も強くなる。
 崩壊に瀕した日本の医療を再建するためには,公益のためにのみ活動する専門職団体が必要である。自らを律し,ひたすら医療を良くすることに徹する。「私」を主張しない気位の高い団体とする。この団体は,医療の質向上と医療サービスの公平で継続的な提供のために努力をする。民であることは,活動が柔軟にできるなど大きなメリットがある。地方への医師の配置についても,厚労省にはできない大きな寄与ができると予想する。それによって,医療提供者と患者側との軋轢も軽減する方向に進む。
 厚労省をチェックすることも,この団体の重要な責務である。医療に関するあらゆる情報を収集して研究者に提供することは,最優先課題である。データに基づいて,医療政策の検証や提案をできるようにしなければならない。
6 厚労省改革
 厚労省の医療行政にはいくつかの致命的欠陥がある。第一に,実情認識の努力を怠っている。このため,政策が迷走する。数値で表現される情報と,文章として表現されるべき情報(例えば現場の人間のインセンティブ)のいずれも不足している。特に後者については,完全に欠落しているといってよい。
 第二に,責任回避と組織拡大の性癖を強くもつ。このため,実行不可能な規範の網を考案し,無理を現場に押し付けてきた。これが現場の活力を削いでいる。
 医療政策に大きな影響を与えている医系技官の大半は,実質的に医師としての経験がなく,医療の言語論理体系を理解していない。社会制度についても体系的に学んだわけではなく規範を振り回しすぎる。チェックを失った国家機関がどれほどまでに有害になりうるか,歴史的視点をもっていない。「医」に意味をもたせるとすれば,3年を超えて官庁にとどめず,現場と行き来させる必要がある。
 厚労省の果たす役割について,徹底した見直しが必要である。現場の医師が何を望んでいるのかを細かく調査し,長いスパンで対応するような方策を採らないかぎり,医師を僻地に派遣することはできない。これには当該地域の病院の人事権の一部を掌握し続ける必要があるが,官にできることではない。その地域での広い合意と調整が必要になる。
 厚労省が全国一律に支配するのでなく,それぞれの地域の事情に合わせた対応ができるように,可能なものは,地方に譲る,民間に任せる,あるいは権限をなくすべきである。残った役割についても,現場から厚労省をチェックできるような制度を設ける。チェックのない権力は,制度を壊すのみならず,自ら堕落する。
 厚労省のもっている統計情報を,加工前のものを含めて専門家が利用できるようにすべきである。現在はデータを外部に出していないので,専門家による政策の提案や厚労省のチェックができない。
7 病院と専門職団体による医療の質保証
 現時点で,病院における医療の質向上の努力は総論的努力であり,個々の診療内容の質を扱うものではない。往々にして,病院管理者は自分の病院の医療の質を知らない。個々の医療の質については,病院団体は診療科ごとの学会が担うべきことだと思っている。学会は大学の連合体という側面があり,医療水準の低い大学への配慮のため,医療の質の本格的管理に踏み込めていない。
 病院団体ができることは大きい。例えば,国民の大きな関心事は手術である。手術は大きな効果があるが,同時にリスクを伴い,技量差があるからである。実際,かなり水準の低い手術が行われている可能性がある。もしそうだとすれば,医療界として座視すべきではない。そこで,外科系各診療科の代表的な手術について,病院団体が麻酔記録から統計をとることを提案したい。対象病院は研修指定病院とする。泌尿器科ならば,根治的腎摘除術と前立腺全摘術だけでよい。病院名を暗号化して手術時間と出血量を集計し,分布状況を明らかにする。これを各病院長に知らせる。病院長は自分の病院の成績だけについて,どの位置にあるかを知ることができる。容認できない成績ならば,院長に相応の責任が生じる。院長は,人事で改善を図ることができる。
 医師の適性審査とその後の措置は,病院と専門職団体の共同作業となろう。医師の適性審査を医師の専門職団体が行う場合にも,現時点で,立法措置なしに,医師に対し何らかの実質的なペナルティを加えられる可能性があるのは,医師を雇用している病院だけである。
 厚労省主導で医師を処分することにはいくつかの問題がある。第一に,厚労省の行政官は,政治の支配を受ける。政治はメディアの影響を受ける。日本のメディアの感情論が行政処分に影響を与えるようになると,医療の安定供給は困難になる。第二に,日本やドイツでは政治の命令で医師が国家犯罪に加担した歴史がある。第三に,行政官は現行法に反対できない。第四に,処分機関をもつことで厚労省と医師の関係が変化して,行政に支障を来たしかねない。
 厚労省は医学と医師の良心によって動いているわけではない。厚労省は,政治やメディアの影響を押し返すための権威ある哲学を,組織としてもてない。
 イギリスのGeneral Medical Councilの活動が一つの参考になる。すべての臨床医が参加を義務付けられており,健康状態のチェックを含めて,医師が診療を行うのに適しているかどうかの審査を責務の一つとしている。自ら規範を定め,これを基準に再教育を主体とした処分を行っている。
 医療の質保証のための努力は,一元的だと,機能しない部分が生じるだけでなく,暴走のリスクを伴う。自律的処分を行うにしても,暴走に対する歯止めを用意しておく必要がある。私は,複数の主体が,複数の手段で互いにチェックしあいながら目的を達成していく制度を期待している。今後,制度設計の専門家と多様なバックグラウンドの医師による研究が望まれる。
 自律的処分制度がうまく機能すれば,司法側の業務上過失致死傷の考え方に影響を与えられるかもしれない。
8 司法への医療側からの情報提供
 医師からみると,司法は,医療の一部を取り出し,理念からの演繹で罰を科し,あるいは,賠償を命ずる。この理念が適切かどうか,医療全体からの帰納で検証する方法と習慣をもたない。一部の法律家は全体を検証していると主張するが,検証の量が少なく,習慣がないため方法が発達していない。このため,医療についての厚みのある認識をもてない。メディアの感情論を論理的に評価するための知的準備がないため,その影響が不安定に発現する。
 司法の,規範(実体法)と対立(手続法)のなかに実状を押し込める習慣は,問題解決のための,普遍的というより一つの特殊的態度のように思える。紛争解決手段としての裁判制度は,対立を高める。患者側,医療側の双方を疲弊させるため,両者から低い評価しか受けていない。
 裁判官は,社会についての情報源がマスメディアに限られる傾向が強い。マスメディアを通して,患者側の感情を規範化した意見が大量にインプットされる。しかも,司法の思考様式は規範との親和性が高い。バランスを取るためには,どうしても,医療について実情認知を高めるような仕組みが必要である。司法が医療を知るための材料を提供するのは,医療側の責務である。
 一つは,司法判断を医療側が組織的に網羅的に分析して医療側の見方を伝えることである。
 二つ目は「鑑定」である。これまで,鑑定を引き受ける医師のなかには,必ずしも医療現場を熟知していない者がいた。医療現場を熟知した医師が鑑定を引き受けて,司法が適切な判断ができるよう援助すべきである。このような医師の推薦を,公益のための専門職団体が行う。
9 無過失補償制度
 患者側の納得を高める努力は,患者の納得の閾値も高める。閾値が高くなることへの対応は,無過失補償しかない。示談金,和解金や賠償金の金額を現在の水準のままにしておいて,公平に救済しようとすると,診療報酬を大幅に引き上げざるをえなくなる。現在の国民皆保険制度を維持しつつ,公平な補償を実現するために,無過失補償制度を医療に組み込む必要がある。無過失補償とは,過失の有無を明確にせずに,定められた基準に従って迅速に補償する制度である。補償すべきものかどうかの判断は,事実がグレー部分を含めて認識されていれば,過失の判定なしに比較的容易に決められるような体系にする。補償の対象に関しては,スウェーデンでは,実質的に日本での民事裁判での賠償の対象と類似の事例が補償の対象となっている。
 ただし,無過失補償も医療費を引き上げる。補償対象を広くして補償額を大きくすると,医療費の上昇幅が大きくなる。補償金額の基準の決定と患者側への支払いは,医療側ではなく国民の代表が行う。
 補償という考え方ならば,被扶養者を抱える働き手や,生きていくのに多額の費用を要する障害者については,補償額を多くすることも可能である。また,生活に困っていない遺族に多額の賠償を支払うことがなくなる。
10 医療契約の明確化
 無過失補償制度を導入するとすれば,民法709条*2による賠償との関係が問題となる。この両者が並存すると,賠償金の上乗せを求めて,訴訟がさらに多くなる。先進国で最も低い費用で,アクセスを制限することなく,しかも質の高い医療を提供してきた日本の国民皆保険制度が維持できない。井上清成弁護士の,民法709条の規定の対象から保険診療を外すとする提案が注目される2)。保険診療については,契約を明確にして,医療過誤を含む事故の補償の方法を無過失補償に限定する。
 無過失補償は,恨みを冷静に扱う考え方や習慣がなければ,受け入れられにくい。本邦では,「弱者」の恨みが検証されることなく,容易に社会的に承認支持されることを考えると,無過失補償制度もやり方によっては医療制度の存続を脅かす。
 日本弁護士連合会は,2007年3月16日に「『無過失補償制度』の創設と基本的な枠組みに関する意見書」3)を発表した。この文章を読むと,「大半の医療事故は適切な対策をとれば防止可能である。したがって,医療事故は起きてはならないことであり,医療事故に際して医療提供者が最初にとるべき行動は自らの非を認めることである」という考えが根底にあるように思える。現実には,医療と人間の生命の性質上,医療者がいかに努力しようと,事故は根絶できない。この意見書の実際的な問題は,無過失補償で紛争を終了させることについての言及がないことである。何らかの制限がなければ,無過失補償が,かえって民事訴訟を惹起して,医療は大混乱に陥る。
 実際に無過失補償制度導入の議論が始まったとしても,現時点で,患者側弁護士が民事訴訟を抑制するような意見を受け入れるとは思えない。無理な規範でも言い募るのが法曹の特徴である。逆の立場からも無理な主張をして初めてバランスがとれる。二当事者対立構造を前提にした議論のやり方である。しかも規範だけを論拠にする。それによって社会にどのような影響がでるのかを考えない。病気は自然現象であり,医学では規範より事実を正確に認識することが基本になる。医療側は,無理な規範を振り回す法律家を,自然災害のように所与の条件として受け入れる。
 このような言語論理体系上の特性のため,論争になると医療者側は常に負ける。医療の不確実性についての認識が変わらない限りは,医療契約で民法709条を抑制することは承認されそうにない。
11 刑法211条の見直し
 将来,刑法211条*3(業務上過失致死傷罪)を見直す必要がある。これは,医療に限らず,航空運輸,鉄道など他の分野でも同様に問題になっている。医療だけの問題として議論すべきではない。ただし,過失犯罪の規定をいくら工夫しても,すべての分野を制御できるとは思えないので,最終的には分野ごとの個別の議論が必要になる。
 現在の日本の状況では,医療における過失犯罪について,すべての人に受け入れられる案が出せるとは思えない。まず,専門職団体が,医師の適性や医療行為を自律的に制御する必要がある。刑法の検討は医療側の努力の後になる。医療側の努力が定着すれば,立場ごとの認識も変化する。刑法については,認識の変化の後に議論を本格化すればよい。現時点でこの議論に参加している人たちは対立が大きすぎる。一部は論拠を感情に置きすぎている。議論の参加者が入れ替わるまで,結論を先延ばしにすればよい。それまでは,業務上過失致死傷罪はそのままで,個別の事件ごとに議論を深めるしかない。最終的に,運用が決定的に変化して,刑法を変える必要がなくなる可能性も否定できない。
*1:医師法第21条 医師は,死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
*2:民法第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
*3:刑法第211条第1項 業務上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も,同様とする。
文献
1)和田仁孝:医療事故死因究明制度とADRの方向性をめぐって。事故調の機能を考える。医療安全,No.12,36,2007
2)井上清成:国民のための公的医療―その再建策と具体案。総合臨牀,56,3208,2007
3)日本弁護士連合会:「医療事故無過失補償制度」の創設と基本的な枠組みに関する意見書。2007年3月16日
図表 医療再生のための工程表
(1) 安全対策:現在の日本医療機能評価機構による医療事故報告制度を主体とする。匿名化した情報を元に安全対策を考える。
(2) 医療費の増額と配分の見直し:医療費を増額する。同時に,限られた資源の有効活用のために,配分決定方式を見直す。原則として,難易度やリスク,責任の大きさに応じた配分とする。
(3) 患者理解支援制度:メディエーターが主役となる。患者・家族の感情面を慰撫し,冷静に事態に向きあえるようになることを支援する。必要に応じて事故ごとに調査チームを結成する。患者・家族,あるいは,病院の依頼で活動を開始する。調査では事実を明らかにするだけで,評価をしない。調査チームが複数になることも可。
(4) 医師法21条の廃止
(5) 医師を代表する公益団体設立:公益法人制度改革を利用して,日本医師会を開業医の利益団体,勤務医の利益団体,医師を代表する公益団体に三分割する。重要なのは医療問題に対応できる医師を真に代表する専門職団体である。この団体は公益を目的として,私益を主張しない。厚労省のチェック機関としての機能を充実させる。研究者のために生の統計情報を集めて提供する。
(6) 厚労省改革:政策の根拠を規範ではなく,実情認識にする。
(7) 病院と専門職団体による医療の質保証:個別の診療行為の質向上を学会だけに任せず,病院団体も実施する。事故そのものを医師の処分の入り口としない。倫理的に不適切な行為,能力不足に対し,適性審査をする。適性審査は,一元的ではなく,複数の制度と複数の主体が互いにチェックしつつ関わるようにすべきである。
(8) 司法への医療側からの情報提供:現場で医療を引き受けている保守本流の医師が責任をもって鑑定を引き受ける。これによって司法における医学的判断をコントロールする。
(9) 無過失補償制度:過失の有無を争わず,一定の条件に当てはまる事故に対し迅速に補償する。
(10) 医療契約の明確化:保険診療に関しては,医事紛争処理方法を無過失補償に限定する。民法709条による紛争解決を制限せずに,無過失補償制度を創設すると民事訴訟が多発する。産科の無過失補償の推移が今後に影響する。
(11) 刑法211条の見直し実施の順序:(1)は今までどおりでよい。(2)(3)(4)は今の流れのままでも実現可能かもしれないが,政権の組み換えがあるほうがやりやすい。(5)は再生のかなめであり3年以内に達成。これは大きく流れを変える。(6)(7)は(5)が前提。(9)(10)はセット。(11)は航空運輸,鉄道,発電,化学工業など他の分野を巻き込む必要がある。刑法211条を正面から議論する。現時点で医療問題にかかわっているステークホルダーが,すべて入れ替わった後に結論を出すことが望ましい。
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