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臨時 vol 157 「いまこそ墨東病院の産科当直体制を見直すとき!」

医療ガバナンス学会 (2008年11月4日 11:20)


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―厚生労働省に求められる役割とは―
高山久美愛厚生病院 産婦人科非常勤医師
野村麻実


■はじめに
厚生労働省が、「社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進、並びに労働条件その他の労働者の働く環境の整備及び職業の確保を図ることを任務とする」省庁であることはいうまでもない。国民の健康を守るという観点から、医療はおおよそこの省庁の監視下におかれ、多くの政策もこの省庁によって統括されていることは当然である。
また同時に厚生労働省は「労働者を守る」という任務をも背負っている。もちろん、我々医師の属する医療界においても、「医療を管理する」し「医療界で働く人間を守る」両方の役割を担い統括する省庁でもある。
■夜間勤務を必要とする医療現場
医療現場や介護現場は、入院患者や入所者がいる限り、24時間365日断続的に人手と勤務の労働者が必要不可欠であるし、病気や分娩は時を選ばないために、救急外来でもやはり夜間労働を必要とすることは致し方ない。仕方がないと言っても、やはり医療技術者も人間であり労働者である以上、施設管理者は一定の基準にのっとって病院を運営している。
ところで、医療者の誰もがこれまで疑いもせずに行ってきた当直・日直という制度は、そもそも「使用者が行政官庁の許可を受けた」場合にしか適応されないというのはご存知だろうか。案外知られていないことだが、当直医を置くすべての全国の医療機関は、「行政官庁」具体的には「労働基準監督署長」に許可を申請し、許可がおりている場合にとどまるのである。
その宿日直勤務の許可条件は、以下のとおりだが、実際の医療現場に働くものにとっては驚きをもって迎え入れられることは間違いない。
(1)原則として、通常の労働は許可せず、定時的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態発生の準備等を目的とするものに限って許可すること
(2)宿直、日直とも相当の手当を支給すること(1回の宿日直手当の最低額は、宿日直につくことの予定されている同種の労働者に対して支払われる1日平均賃金額の3分の1)
(3)宿日直の回数が、頻繁にわたるものは許可しないこと。勤務回数は原則として、日直については月1回、宿直については週1回を基準とすること(宿日直を行い得るすべての労働者に宿日直をさせても不足であり、かつ勤務の労働密度が薄い場合はこれを超えることも可)
(4)宿直については、相当の睡眠設備を条件として許可すること
つまり医師、または救急外来に携わる医療関係者の行っている「当直」はこの基準を考えれば、ただの夜間勤務である。そして許可された届けと現状はまったく違っている病院の方が多いだろう。そもそも電話番の収受、非常事態発生の準備だけなら、母体搬送の場合に限れば「電話を受け」「手術の準備」をするだけで実際に診察も手術しないのが当直任務ということになる。実際、厚生労働省から平成14年3月19日に厚生労働省労働基準局長名で出された通達「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」基発第 0319007 号(http://pediatrics.news.coocan.jp/tsutatsu/Tutatu01.pdf)では「宿日直勤務とは、所定労働時間外又は休日における勤務の一態様であり、当該労働者の本来業務は処理せず、構内巡視、文書・電話の収受又は非常事態に備えて待機するもの等であって常態としてほとんど労働する必要がない勤務である。医療機関における原則として診療行為を行わない休日及び夜間勤務については、病室の定時巡回、少数の要注意患者の定時検脈など、軽度又は短時間の業務のみが行われている場合には、宿日直勤務として取り扱われてきたところである。」と定義されている。
■「宿日直」許可は一度受けた場合、見直しはされない?
本来ならば「条件付許可」である当直基準なのであるから、条件や状況が変わるごとに、その都度許可を受けなおさねばならないはずだが、日本の医療現場では一度「宿直勤務許可書」が発行されたが最後、そのまま何十年も同じ「許可書」で勤務者を働かせている状況であるらしい。もちろん労働基準監督署には夜間突然の立ち入り検査の権限を持っている機関ではあるが、調査についての話はあまり耳にすることはない。ちなみにこの(3)「宿日直」の回数制限の日直月1回、夜間宿直は週1回が原則という基準は36協定によって左右されることはない。
■墨東病院での当直回数についての疑問
先月末に都立墨東病院をめぐる脳出血妊産婦死亡によって発覚したのは、4人の産科常勤医で、平日はすくなくとも2人の当直医を、休日は1人の当直医をおいていたらしいという事実であった。
墨東病院では夜間当直のための非常勤医がいたというから、実際の所はどうなのか、現場のものでない私にはここの産科医たちがどの程度の当直をこなしていたのかは知る由もない。しかし産科業界においては月8回から12回程度の当直なら「当たり前」であり、死にそうになりながらもこなしている数である。墨東病院でも違法状態が放置されていた可能性が高い。
舛添厚生労働大臣は、事件直後に墨東病院へ視察へ赴き「医師不足が原因」との認識を示した。また過去の医療政策の間違いへの反省や、再発防止のための検討も早急に行いたいとの意向も示してくださって、墨東病院バッシングの方向へミスリードしそうになった報道各社を牽制し、正しい認識や厚生労働省としての反省も示していただけたことを、現場の一医師としてとても感謝している。
しかし、あえて厳しい発言をさせていただくならば、それは厚生相としての一面からの発言であり、労働相としての任務を放棄した片手落ちの対応といわざるを得ない。再発防止に取り組むのであれば、せめて法令順守とまでいかないまでも(夜間当直について、電話番程度の働きでなくともよいから)、すくなくとも当直回数に対する指導も行うべきなのではないだろうか?それが出来るのはおそらく舛添厚労相だけなのではないかと私は考えている。
■今こそ、厚生労働省としての力を発揮すべき!
現在、各地の総合・地域周産期センターで、当直体制について次々と調査が行われている。複数当直体制どころか、人員不足から、オンコール(当直ではなく自宅待機での勤務)を行っていた施設も多く、毎日新聞2008年10月30日付の記事(http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20081030ddlk04040175000c.html)によれば、宮城県では周産期センターに24時間産科医が常駐している施設は50%であったという。
常勤医数を見れば無理もないところだというのが現場の感覚だが、私の周りの周産期センターでも、自治体病院の場合、市議会などから「産科医の24時間当直を!」と迫られて困っているという声が後を立たない。体制や人数の整っていない中で、突然むりやり当直制に移行した場合には、かえって産科体制が長続きしないおそれの方が高い。それほどまでに産科現場はすでに人員に窮している。
地域住民の恐れや安心したいという気持ちもわかる。しかしやっと厚生労働省と文部科学省が手をつけはじめた「医師増員」計画が現場に還元されるのは、ほぼ10年後のこと。それまでに産科・婦人科の臨床技術伝承者がいなくなってしまっていては元も子もない。外国まで勉強に行かなくては基本的手技さえ身につけられなかった明治の最初と同じ状態になってしまってからでは遅いのである。
なにか事件が大々的に報道されるたびに締付けが厳しくなり、労働者としての立場も身体的・精神的圧迫感も強まっている状況が続いている。産科施設もぱたぱたと音を立てて閉鎖していっていて、この1年で8%も減少したという。このままでは世論に使い捨てられ、産婦人科界が消滅する日が間近に迫っている。
産科崩壊がはっきりと顕れはじめた今だからこそ、長期的なビジョンに立って、厚生「労働」省としての責務も果たしつつ、産婦人科医を保護していただけないだろうか。現状以上の締付けは、かえって産科崩壊を不可逆的地点にまで追込んでいるように思えてならない。
著者ご略歴
平成4年4月 名古屋大学医学部入学、平成10年3月同卒業
平成10年 岡崎市民病院勤務
平成13年 名古屋大学附属病院勤務
平成14年 名古屋大学大学院医学研究科産婦人科学入学
平成17年 名古屋大学大学院医学研究科産婦人科学卒業
平成17年 津島市民病院勤務
平成19年 国立名古屋医療センター勤務
平成20年9月より 現職
医学博士 産婦人科認定医

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