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Vol.261 周産期医療の側面から

医療ガバナンス学会 (2014年11月17日 06:00)


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神奈川県立こども医療センター
北園真希
2014年11月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

みなさんは周産期喪失という言葉を聞いたことがあるだろうか。

現在の病棟に勤務して、今年で4年目になる。
進学後に卒業を控え、教育の道か、臨床かと悩んでいる時、神奈川県立こども医療センターの話を聞き、興味を持った。

神奈川県立こども医療センター母性病棟は、小児専門病院に併設する総合周産期医療センターの産科である。その役割から、健診中に胎児の異常が示唆された女性のケアに深く携わる。いわゆるハイリスク妊娠を扱う産科である。
当病棟で分娩する一番の目的は、子どもに必要な治療を妊娠期から検討し、万全な体制で分娩を迎えることである。しかしながら現在の医療では救命困難な場合もあり、看取りの医療となることもある。当院の年報では、分娩数の約1割を死産・新生児死亡が占め、国内平均を大きく上回る。つまり、当病棟で分娩する女性10人に1人が子どもを亡くしていることになる。

助産師になってすぐは、ローリスク妊娠を扱う病院で働いた。正常分娩についての技術や経験知の多くを、先輩たちから学んだ。ある日、陣痛が始まった女性が来院した。分娩担当の助産師がいつも通り内診をし、胎児心拍を聴取しようとしたが見つけることができなかった。女性はしばらく胎動を感じていなかった。医師のエコーで心臓が動いていないことが確認された。常位胎盤早期剥離だった。
分娩後、女性は個室に移動した。そこは、他の褥婦と新生児が同室する部屋に囲まれていた。亡くなった子どもは分娩後まもなく、埋葬業者と家族に連れて行かれた。女性は子どもに会いたくて仕方がない、このままだとおかしくなってしまう、と涙した。子どもに会うために今すぐ退院させて欲しいと希望し、女性は産後早期に退院した。
その後も死産に遭遇するたびに、女性と子どもは同様に引き裂かれた。心のケアも十分ではなかった。何かが違う。先輩に聞いても答えは出なかった。頭では違うと分かっていても、何をすべきかわからなかった。図書館で何をどう調べるべきか、途方に暮れた。女性たちに申し訳なさを感じ、そんな自分を恥じた。
翌春、私は周産期喪失のケアを大切にしている大学院の門戸を叩いた。

流産・死産、および新生児期に子どもを亡くすことを周産期喪失という。国内では,12週以降の死産・新生児死亡は年間約3万人、全妊娠の約15%に起こる12週未満の流産を合わせるとその数は決して少なくない。医療の進歩によりその数は減少したが、周産期喪失には先天奇形・変形,染色体異常や原因不明が多く含まれ、喪失を体験する女性と家族を無くすことは難しい。
欧米では20年以上前から、ケアのガイドラインが作成されている。代表的なガイドラインとして、イギリスのSands(Stillbirth and Neonatal Death Society)が作成した「Pregnancy Loss and the Death of a Baby: Guidelines for professionals」が挙げられるだろう。その内容は、医療の進歩と時代の流れに合わせて更新されているが、「両親主導」という原則は常に変わらない。意思決定は常に両親主導で行われるべきであり、コミュニケーションや情報提供、両親がコントロール感覚を保つことができるようサポートすること、が必要とされる。両親は選択肢と時間を与えられ、エンパワーメントされ、決定を支援されることを望んでいる。
一方、国内ではケアに対するガイドラインは存在せず、近年まで助産教育でも必須項目ではなかった。当病棟が開棟した20年前、亡くなった子どもを母親である女性から遠ざけることが一般的であった。医療者をはじめ、周囲の人々は子どもについての話題を意図的に避け“無かったこと”にした。当病棟スタッフは、女性とその家族と体験を共有しながら話し合い、古くから入院中の過ごし方を考えてきた。当時、先駆的であったと言えるだろう。その内容は「赤ちゃんを亡くした女性への看護」(山中編,2009)に垣間見ることができる。経過とともにケアの形は少しずつ変化し、現在の形が構築されてきた。

当病棟では、女性に適した環境の提供を大切にしている。入院中は必ず個室を使用できるよう配慮する。プライバシーが保たれた環境の中で、多くの女性が産後の母児同室を希望する。抱っこ、添い寝、授乳、沐浴や、きょうだい・家族と面会、手型・足型やメッセージカード作成を女性が主体で行う。ときには屋上の庭園散歩を行い、子どもと大切な時を過ごす。戸惑う女性も多いが、急かさず女性の気持ちの変化に沿い、過ごし方を共に考える。
子どもに会うことや母児同室を希望しない女性もいる。その際も女性の気持ちを尊重する。誤った情報や迷いによって医療者の後押しが必要な時もあるが、女性の希望を第一にし、考えの押し付けにならないよう、気を付けている。
火葬を大きな節目と考えると、誕生から火葬までの期間は長くて7~10日程度である。当院で子どもを亡くした女性の平均入院期間は分娩後4日程度である。したがって、女性は子どもと過ごす多くの時間を病院で費やしていることになる。失われた時間は二度と戻ることはない。

産後に次のように話してくださった方がいた。
「私はこの環境がすごくいいと思う。母親になったって実感できるし、みなさん普通に声をかけてくれたり、かわいいって言ってくれたり。他の人の心の中にも(子どものことが)残ると思うと嬉しい。」
当事者からの肯定的なフィードバックは、非常に励みとなる。肯定的な言葉を頂くことが多い中、女性の意向に沿っていなかったことに気づき、自分たちを省みる。女性の希望は様々である。医療者は、女性と家族にとって非常に大切な時間を共にしていること、また良くも悪くもその時間に大きな影響を与える存在であることを、心にとどめておく必要がある。

もし、みなさんの中で周産期喪失のケアについて考え、迷いや疑問を感じている方がいたら、ぜひ私たちも一緒に共有させて欲しい。僭越ではあるが、周産期喪失の経験値が高い病院として、国内のケア向上に貢献できるよう、多くの人々と一緒に考えていきたいと願っている。

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