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Vol.265 「医療事故」を恣意的に解釈してはならない

医療ガバナンス学会 (2014年11月21日 06:00)


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この原稿は『月刊集中』11月末日発売号からの転載です。

 

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2014年11月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.橋本岳政務官「簡潔、コンパクトに」
厚生労働省の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が11月14日から始まり、会議の冒頭、橋本岳厚労大臣政務官がこの検討会の方向性を示した。コンピュータープログラミングに例えて、「欲張ってさまざまな機能を追加すると、予期せぬ挙動、バグが生じることがあるため、システムは簡潔、コンパクトにすべきと言われる。医療事故調査制度についても、10年以上、さまざまな議論があり、今日に至っている。」「医療は複雑なものであり、多様。また、事故という不幸な状態が始まりなので、理性的ではなく、感情的に動くこともあり得る。その中で制度を考えなければならず、『あれも、これも』となりがちで、最終的に合意ができず、今に至っている。しかし、先に成立した改正医療法による医療事故調査制度の目的はシンプルで、原因分析を行い、再発防止を行うことにある。このことを目指して議論をお願いしたい。」とのことであった。
「あれも、これも」となりがちではあるが、それでは駄目で、「簡潔、コンパクトに」すべきということである。まさに、そのとおりであろう。

2.「諸々の思い」から脱却して
例えば、入口論である「医療事故」の定義を議論すると、ついつい「遺族の納得」だとか「医療者の思い」だとか「実質的に考えて」などというフレーズで、「あれも、これも」となりがちである。しかし、既に長い期間の政策論議の積み重ねの上で、6月18日に改正医療法が成立した。この改正医療法はそれこそシンプルに、「予期しなかった死亡」のみを「医療事故」と定義したのである。この改正医療法の施行の段階である今に至ってまで「あれも、これも」ではよくない。「患者の納得」「医療者の思い」「実質的に考えて」などの諸々の思いから脱却して、医療事故調査制度の手堅い施行を目指すべきである。
現に、改正医療法の附帯決議においても、「調査制度の対象となる医療事故が、地域及び医療機関毎に恣意的に解釈されないよう、モデル事業で明らかとなった課題を踏まえ、ガイドラインの適切な策定等を行うこと」と明示された。

3.「恣意的な解釈」の抑止を
改正医療法は、それこそ長い間の「諸々の思い」を総合考慮し、一つの妥協点として、シンプルなものとして成立したのである。にもかかわらず、また今になって、地域や医療機関ごとに「諸々の思い」で得手勝手に解釈されてはならない。恣意的な解釈が許されないのは、検討会においても同じである。つまり、できるだけ法律の文言のとおりに、法律にのっとって、簡潔に「医療事故」を定義しなければならない。
なお、誤解してはならないことは、抑止すべきは「恣意的な解釈」「諸々の思いによる得手勝手な解釈」であって、「区々の判断結果」「バラ付きのある結論」ではないということである。たとえ類似の事例であっても、個々の症例、個々の医療機関・管理者・医療従事者の状況などの個別的事情に応じて、「区々の」又は「バラ付きのある」結論に至るのは、複雑系の医療においては当り前と言ってよい。逆に、複雑な実情を「諸々の思い」によって捨象して、一律に決めたいという態度こそが「恣意的な解釈」態度なのである。

4.モデル事業で明らかとなった課題
医療事故の定義に関して、「モデル事業で明らかになった課題(問題点)」はひと口に言えば、「あれも、これも」と取り込み過ぎたことにあるであろう。
もともとモデル事業の対象は、その要綱によれば「診療行為に関連した死亡について、死因究明と再発防止策を中立な第三者機関において検討するのが適当と考えられる場合」とされており、極めて広範で包括的なものであった。そのため、「明らかに誤った医療」による死亡を基軸として、「当該死亡事案の発生を予期しなかったもの」、「再発の防止に資すると認める事例」、「管理上の問題にかかる事例」、「医薬品・医療用具の取り扱いにかかる事例」、「遺族の強い希望」事例、「ハイリスク状態」事例など、余りにも幅広く取り込み過ぎてしまったのである。
したがって、「モデル事業で明らかとなった課題」を踏まえると、もっと範囲を限定して、医療安全の確保のための事故調査として丁寧に行うに値するものに絞り込まなければならない。

5.シンプルな医法協ガイドライン
この点、10月に発表された「日本医療法人協会 医療事故調ガイドライン(現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会最終報告)」は、医療事故の定義に関して、「地域及び医療機関毎に恣意的に解釈されないよう、モデル事業で明らかとなった課題を踏まえ」たシンプルなものとなっている。この医法協ガイドラインは、既に11月14日の検討会において、厚労省事務局より資料として提示された。
「『予期しなかった』というのは、法律用語というよりもむしろ、日常用語である。したがって、『予期しなかった死亡』とは、常識的に『思ってもみなかった死亡』即ち、『まさか亡くなるとは思わなかった』という状態である。死亡という結果を予期しなかったものであり、定義するとすれば、『通常想定しないような死亡』ということであろう。」(検討会資料。日本医療法人協会常務理事の小田原良治構成員作成の「『予期しなかった死亡』についての見解」より抜粋)
これは、「予期」を過失概念たる「予見」と峻別し、規範評価的な概念とは区別された現場実情的な医療者の主観と捉え、予期の「主体」を管理者個人的にではなく当該医療機関という組織の現場管理者として考えて、当該医療従事者の主観を踏まえて構成し、予期の「対象」を死亡原因とか死亡に至る経緯ではなく死亡という結果そのものとしたものである。まさに「諸々の思い」から脱却して、改正医療法の文言に素直にシンプルに解釈したものであると言えよう。

6.現場を混乱させない手堅い施行を
いよいよ医療事故調査制度が歩み出す。現場を混乱させずに着実な一歩を踏み出すべく、手堅い施行を目指した検討会での議論が望まれる。

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