vol 20 「医療/公衆衛生×メディア×コミュニケーション」
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第14回 公衆衛生のプロフェッショナルとヘルスコミュニケーション
ハーバードでの勉強を開始してから、2か月がたとうとしている。来て間もない学生たちに、シャワーのように降り注ぐ二つのキーワードがあることを発見した。それは「公衆衛生」と「リーダーシップ」とは何かということである。この二つを中心に、どういったシステムでヘルスコミュニケーションの学びが組み立てられているのかを書いていきたい。
【公衆衛生のプロフェッショナルとは?】
公衆衛生とは何かということに関しては、前回(9月号)でも述べたとおり、入学式からの話題でもある。アメリカの非営利組織であるInstitute of Medicine (通称IOM)は”Fulfilling society’s interest in assuring conditions in which people can be healthy”(人々が健康でいられるような状態を確保することで社会の利益を満たすこと)と定義している。*1医学が、個人を対象にした治療をベースにするのに対し、公衆衛生は人々全体をターゲットとした予防をベースとする。
治療を対象にする医療においては、医師やその他臨床従事者は、一定のトレーニングを経て資格を持つ必要がある。これは日本に限らない。しかし、こと、公衆衛生においては、”人々の疾患予防をするプロフェッショナルという定義しかなく、医療の分野のプロフェッショナルに比べてあいまいなイメージとなっている”*2。
実際に、皆さんは、「公衆衛生のプロ」という言葉を聞いて、どのようなイメージを連想するだろうか?
疫学者や、生物統計学者であったり、もしくは、医療政策に従事する政策立案者やヘルスコミュニケーションのプロであったりなど、人によって思い浮かべるものは異なるだろう。そして、どの職業もが正解である。そして、公衆衛生の守備範囲が、医学、法律なども含む多岐にわたるため、この分野のリーダーとなるべきプロフェッショナルに求められることも幅広くなるとのこと。具体的には、「自分の専門性を持つと共に、幅広い、まるでオーケストラの指揮者のように全体のメロディーを奏でられること」が必要とされるとある。*3
【ヘルスコミュニケーションのカリキュラム】
公衆衛生の分野のプロフェッショナルは、多くの場合、仕事を通じて養成され、必ずしも公衆衛生大学院が必要であるとは限らない*3としながらも、そのようなリーダー養成を目指し、ハーバード公衆衛生大学院は、1922年にアメリカ最初の公衆衛生大学院として設立された。*4
そして、2007年、ヘルスコミュニケーション専攻という新しい分野がこの大学院に設立されることになった。この専攻は、二年間のMaster of Scienceに在籍する学生か、博士課程の学生に門戸が開かれている。ヘルスコミュニケーションに関わる既定の単位数を取得し、認定書が与えられることになっている。
具体的には、以下のようなコースが用意されている。(一例)*5
・Health Promotion through Mass Media
・Media & Health Communication: Practical Skills
・Developing Radio Communications
・Future of Health Communication: New Media and Emerging Technologies
・Managing a Media Campaign
特徴的なことと言えば、ヘルスコミュニケーション専攻と言っても、修士課程のはじめからコミュニケーションのコースが始まるわけではないことである。ハーバード公衆衛生大学院全体に言えることだが、最初の秋学期は、ほとんどの生徒が、疫学・生物統計学・社会疫学等の公衆衛生の基本と、それぞれの専門となる授業(国際保健や経済学等)を並行して履修していく。そして、次の春学期(日本でいう第二学期にあたる)から、より専門度の高い授業を履修していくような形になっている。前述の”公衆衛生のプロ”として求められるものが、専門性に加えて全体を幅広く見てコーディネートできる能力であるとすると、これらの必修授業は、将来のコーディネート力を深める上でも、有意義である。
また、「あいまいさというのは、公衆衛生の分野におけるある意味での”友達”である。公衆衛生の分野は、常に部分的な知識と定かではない結果によって特徴づけられる」という言及があるように*3、ヘルスコミュニケーションも例にもれず、常にあいまいさや不確実性との戦いの分野でもある。これに対し、ヘルスコミュニケーション専攻長でもあるDr. Vish Viswanathは、「信頼のおけるエビデンスをコミュニケーションの分野で普及していくこと」を大きなテーマに掲げ、以上のカリキュラムを組み、ヘルスコミュニケーションの学問分野としての確立に力を注いでいる。*6
講師陣は、アメリカNational Cancer Instituteで1997年よりDCCPS(Division of Cancer Control and Population Sciences)を立ち上げ、同Divisionで50名を超す研究者を率い、ヘルスコミュニケーションの研究を進めてきた前述のDr.Viswanath氏を筆頭に、研究者、ニューヨークタイムズやワシントンポストで記者として勤務していたジャーナリスト、広告代理店やコンサルタント出身の講師陣などがそろっている。
大学院では、コミュニケーションや、疫学等の知識のほか、前述の「公衆衛生におけるリーダーシップとは」というような”精神論”的なレクチャーも多くある。疫学や生物統計でしっかりと基礎を固めながら、常に「リーダーシップ」論やディベートを通して、一人一人が遂行すべきミッションを意識させる教育カリキュラム。今後の展開に胸を躍らせている。
*1 Institute of Medicine (2003a) The future of the public’s health in the 21st century, Washington, DC. National Academy Press
*2 Turnock, B.J. (2004) Public Health : What it is and how it works, Sudbury, MA: Jones and Bartlett
*3 Howard K. Koh and Michael McCormack, Public Health Leadership in the 21st Century
*4 Harvard School of Public Health http://www.hsph.harvard.edu/about/departments-degree-programs/
*5 Health Communication Concentration at Harvard School of Public Health
http://www.hsph.harvard.edu/health-communication/forms/index.html
*6 Viswanath Lab
http://www.hsph.harvard.edu/viswanathlab/index.htm
林 英恵(はやし はなえ)
早稲田大学社会科学部卒業。ボストン大学教育大学教育工学科修了後、株式会社マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンにて、アソシエイトプランナーとして勤務。2008年秋よりハーバード大学公衆衛生大学院修士課程(ヘルスコミュニケーション専攻)進学。