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Vol.297 米国のような訴訟頻発社会は避けるべき ~医学生の立場から見た“医療事故調”

医療ガバナンス学会 (2014年12月24日 06:00)


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浜松医科大学医学部医学科1年
山本実果

2014年12月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2015年10月から施行される医療事故調査制度は、全ての患者および医療者にとって全くの無関係ではいられない重要な制度になると思います。今回、私は将来地域医療を担うこととなる医学生の立場で、11月14日に開催された、この重要な制度の施行に関わる厚生労働省の検討会を傍聴する機会をいただきました。置かれた立場は医療者よりは一般の患者の方に近いけれど、医療者の立場にも理解がある学生として率直な感想を述べたいと思います。

議論の冒頭で橋本岳厚生労働大臣政務官は「システムの機能を増やしすぎると、予期せぬ事態が起こりやすくなり、最悪システムそのものが機能しなくなる可能性がある。医療事故調査制度も医療事故の原因究明と再発防止というシンプルな目的を目指して議論を進めていただきたい」といった発言をなさりました。

一つの制度に複数の機能を持たせることは実質不可能である以上、医療事故調査制度の目的はあくまで医療安全を確保するための原因究明・再発防止であり、責任追及はしない。この制度に責任追及的な側面が生じてしまえば、それは医療安全の確保のための制度というよりも、医療者を罰するための制度のなってしまいかねない。冒頭からしっかりと医療安全の確保が制度の目的であると確認された時は、安心したような、私たち学生が将来働く環境が、医療者と患者の双方にとってより良いものになり得るのではないかという期待が生じたような気がしました。

しかしその後、本議論が調査対象に関する議論、それも調査対象を拡張するような意見から始まったことで再び不安にさせられました。医療事故調査を行うには相応のマンパワーと費用が必要になると聞いています。そして調査を行うのは必然的に専門知識を持つ医療者であり、調査対象と件数が増えれば医療者の負担はさらに大きくなってしまう。これは地方県で勤務する医師にとっては由々しき事態です。

例えば私の出身地である静岡県の人口10万人対医師数は全国的に見たら最低レベルな上(2013年12月31日現在の都道府県別に見た医療施設に従事する人口10万人対医師数。厚生労働省データ参照)、一部の地域への医師の偏在が顕著です(2011年の静岡県地域医療再生計画)。もし仮に医師不足に苦しむ地域で調査制度の対象となるような医療事故が生じ、事故調査の仕事が増えることになれば、医療者の医療過疎地域離れが加速し、残された医療者の負担がさらに増大することで事故が生じる可能性がかえって大きくなってしまうという悪循環に陥りかねません。

医療事故調査制度とは、事故の再発防止を目指す全ての国民の安全のための制度です。当然医師も国民であり、制度が正しく働けば再発防止は医師を医療事故から守ることにもつながります。調査対象を拡張する議論を始める前にこの点をしっかりと念頭に入れてもらいたいと感じました。

誰しもが一度違う立場の人間への信頼を失うと、なかなか再びその人間を信頼するのは難しいということを経験していると思います。私はかつて5年ほど訴訟大国であるアメリカ合衆国に滞在しておりましたが、その間に現地の医療に対してこのような経験をしたことがあります。渡米してから慣れない土地や言語に不安があり、私たち家族は、できるだけ病院を忌避していました。

しかし、ある時、私が扁桃炎を発症し高熱と嘔吐に苦しめられて病院を利用せざるを得なくなったため、同じ境遇の日本人に教わった腕の良い医師の病院を訪ねました。その病院の待合室は超満員であった上、順番を飛ばされたらしく、後から来た患者が次々と他の患者さんが診察を受ける中、2時間近く待たされ、その間に2度ほど吐いたという苦い経験をしました。ただの扁桃炎であったから良かったものの、これが急を要する病気であったら大変な目に合っていたかもしれません。この件をきっかけにアメリカの医療全体に言い表しがたい不信感を感じるようになり、私たち家族はその後、帰国までの間で現地の病院を利用することはほとんどありませんでした。

また、前述した通り、アメリカは訴訟大国です。医療者に何らかの支払い責任が生じた医療訴訟の件数は、2013年の1年間だけで1万2141件にも及びます(the National Practitioner Data Bankより)。短絡的な人間ならば、当時の私と同じような経験をしただけでも訴訟に持ち込もうとするでしょう。訴訟を起こされれば、過失の有無にかかわらず金銭的負担がかかる上、信頼を損なう可能性もあります。

アメリカという国では医師は常に訴訟に怯え、膨大な学費のローンを返済するための収入源を絶たれないためにも高額の保険に加入することを余儀なくされていました。医療者は常に患者に怯え、患者もまた医療者に対して疑心暗鬼になってしまっている。このような状況が萎縮医療を誘発し、巡り巡ってさらに患者が医療にアクセスしづらくなるという悪循環が生じていました。

今回の医療事故調査制度は作り方を間違えれば、医療訴訟の増加と患者の不信感の増長を招き、アメリカと同じような状況に陥りかねません。私はアメリカのような医療訴訟が頻発する社会の中で医師として働くのは非常に怖い。それは全ての医療者にとっても同様のはずです。医療事故調査制度は、医療訴訟を増加させるような制度であるべきではないと強く思います。

将来地域医療の一端を担う身としては、これからの議論を通して医療事故の原因究明と再発防止策の検討が正しく行われ、それが大病院に限らず、全ての地域の医療機関までに浸透するような制度を確立してほしいです。そして、今の医療者と患者だけでなく、5年後、10年後に新たに医療者になる人々や患者になり得る人々が、互いに疑心暗鬼になることなく安心して確かな信頼関係を築けるような社会が形成されることを願っています。

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