医療ガバナンス学会 (2015年1月5日 06:00)
http://www.asahi.com/articles/ASGCT31JGGCTUHBI00Q.html?iref=comtop_6_06
そこで元になったと思われるReutersの記事を参照すると、逮捕となった容疑が育児用の粉ミルクの販売規制「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」(WHOコード)に対する違反であることが明らかになります。
Italy arrests doctors suspected of taking bribes to discourage breastfeeding
http://www.reuters.com/article/2014/11/21/us-italy-breastmilk-arrests-idUSKCN0J51TZ20141121
最近は先進国においても母乳で育つ子どもに比べて、人工乳で育つ子どもではずいぶんと肺炎や気管支炎、感染性胃腸炎などに罹患して入院に至るような例が増えてしまうこと、母乳で子育てをすることによって、母親の乳ガンやや卵巣ガン、糖尿病などが予防できること、母子関係にもよい影響があることが明らかになっています。出産前のアンケート調査では95%以上の女性が母乳が十分にでるようなら母乳で子育てをしたいと考えているという結果となり、実際に母乳で育っている赤ちゃんの割合も1ヵ月から4ヵ月で50%を超えるように増加してきました。アメリカ小児科学会はその方針宣言で「赤ちゃんを母乳で育てることは、ライフスタイルとしての母親の選択に委せるだけではなく、公衆衛生の問題として取り組むべきである。」と述べており、CDC( アメリカ疾病管理予防センター )は毎年全米の母乳育児の状況に関して報告書を発表しています。
人工乳も牛乳を原料としながら随分と改良が進み、どうしても母乳を飲ませることができない場合や母乳だけでは足りない場合には貴重な栄養となっていますが、母乳が十分にでているのにも関わらず人工乳を使うと赤ちゃんが母乳を飲まなくなって、たちまち母乳分泌が止まってしまいます。一旦止まった母乳を再び十分に分泌するように戻すことは至難の技です。したがって、人工乳を普通の商品のような販売手法で普及させられるとたちまち母乳育児が圧倒されてしまうので、母乳育児に適した環境を保つためには人工乳の販売規制が必要不可欠であると考えられています。
WHOコードという言葉は普段、日本ではあまり耳にしないのですが、その成り立ちを少し説明します。育児用の粉ミルク(人工乳)に関して、現在はテレビ・新聞などのマスメディアでのコマーシャルがないことはご存知のことと思います。日本では1950年ころから人工乳の販売が増加し、各地で乳業メーカーを中心に赤ちゃんコンクールが開かれ、人工乳で育った大きく太った赤ちゃんが表彰される写真などがマスコミによって宣伝され、急速に人工乳が母乳にとって代わっていった歴史があります。1970年代には発展途上国にも人工乳が導入されるようになり、貧しい地域で人工乳で哺育された乳児の下痢による死亡率が15倍、肺炎による死亡率が4倍になるなど大きな被害が報告されました。対策としてWHO(世界保健機関)とUNICEF(国連児童基金)は、乳業メーカーによる人工乳の自由な販売競争を規制するためにWHOコードを策定し、1981年の世界保健総会で118対1、棄権3(反対はアメリカ、棄権は日本、韓国、アルゼンチン)という圧倒的多数で承認されました。その後日本は1994年の世界保健総会でアメリカとともにWHOコードに賛成しました。
WHOコードは各国の政府が国情に応じて実施する勧告として承認されました。国際法と声明の間に位置づけられるもので直接に法的な縛りが発生するわけではありません。IBFAN※による2011年の調査では、世界197ヵ国の中で完全法制化;33ヵ国、多くの条項が法制化;34ヵ国、政府の方針や任意規定;42ヵ国、ある程度の条項が法制化;17ヵ国、幾つかの条項が法制度に組み入れられている;5ヵ国の計131ヵ国の後塵を拝して、日本国は第6グループの「保健医療施設が任意に規定している」(幾つかの病院が勝手にやっている);23ヵ国に入っています。(※IBFAN; International Baby Food Action Network)
さてWHOコードが法制化されているEUでは冒頭で紹介した記事のような犯罪が成立するのですが、日本では公務員以外は罪に問われません。日本政府はWHO総会でこのWHOコードに賛成しましたが、国内法には何ら反映されおらず、日本の乳業会社は輸出分に関してはWHOコードを守るのに、日本国内ではWHOコードの存在自体にも触れないようにしています。日本政府は、WHO加盟国としてWHOコードに賛成しているので、以下の要約に示したようにWHOコードを遵守できるように国内法を整備し、適応状況を監視する義務を負うはずです。乳業メーカーは、国内法が整備されていない状況でもWHOコードを遵守した行動をとる必要があります。
母乳代用品の販売流通に関する国際規準(WHOコード) 要約
International Code of Marketing of Breast-milk Substitutes
http://www.jalc-net.jp/dl/International_code.pdf
1.消費者一般に対して、母乳代用品の宣伝・広告をしてはいけない。
2.母親に試供品を渡してはならない。
3.保健施設や医療機関を通じて製品を売り込んではならない。これには人工乳の無料提供、もしくは低価格での販売も含まれる。
4.企業はセールス員を通じて母親に直接売り込んではならない。
5.保健医療従事者に贈り物をしたり個人的に試供品を提供したりしてはならない。保健医療従事者は、母親に決して製品を手渡してはならない。
6.赤ちゃんの絵や写真を含めて、製品のラベル(表示)には人工栄養法を理想化するような言葉、あるいは絵や写真を使用してはならない。
7.保健医療従事者への情報は科学的で事実に基づいたものであるべきである。
8.人工栄養法に関する情報を提供するときは、必ず母乳育児の利点を説明し、人工栄養法のマイナス面、有害性を説明しなければならない。
9.この「国際規準」の適用状況の モニタリング(監視)は政府が、国としてそしてWHOの構成員として、果たさなければならない義務である。
10.母乳代用品の製造業者や流通業者は、その国が「国際規準」の国内法制を整備していないとしても、「国際規準」を遵守した行動をとるべきである。
日本では小児科や産科医師、保健師など母子保健に携わる現場の専門職においても、WHOコードに関する知識や関心は低く、「乳業メーカー」、「産科」でGoogle検索してみると「新規開業するときの乳業メーカーへの援助要請」とか「乳業メーカー栄養士による栄養指導」など明らかにWHOコード違反と思われる情報に溢れています。
中でも国内での乳業メーカーと産科医院の関わりは最も深刻なWHOコード違反です。産科医師に対する開業時の援助、開業した参加病院でのメーカーのマーク入りの哺乳瓶と乳首の使用、ミルク缶とポットの常備、メーカーの栄養士による調乳指導(ドラッグストアでの体重チェックへの誘い)、退院時のお土産としてミルク缶・哺乳瓶・乳首・メーカーのパンフレット(離乳食品などの案内)などや調乳契約金としての継続的な経済的支援が行われています。契約によって、経済的支援の金額や期間が定められ、その期間内は院内での人工乳と宣伝物が当該メーカーの供与物のみに限られます。退院後も母親が同じメーカーの人工乳の購入を続けることを期待した販売戦略の一環に組み込まれた周産期施設が日本国内には多く存在しています。
世界最大の食品企業ネスレは、発展途上国で多くの赤ちゃんが亡くなった責任を問われ、Baby Killerとして1977年からボイコット運動の対象になりました。しかし、現在ではWHOコード「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」遵守をアピールしています。日本の乳業会社のWHOコード破りはWHOコードを遵守する外国企業から国内市場を守る非関税障壁として機能しています。ネスレ日本社長の高岡浩三氏の著作「ゲームのルールを変えろ」には、日本の乳業メーカーのWHOコード破りの前にネスレが日本での人工乳の販売を断念する経過が書かれています。
経済的な利害が絡む医療側と乳業メーカーの思惑、行政もことを荒立てないようにWHOコードの存在を無視しています。国内では法制化されていないが、曲がりなりにもWHO加盟国でWHOコードに賛成した日本国の行政、乳業メーカー、医師として、母子の健康を守るために、この現状は改善する必要があります。
ネスレ synopsis_2013 24頁より引用
http://www.nestle.co.jp/asset-library/documents/csv/csv_synopsis_2013.pdf
責任ある母乳代替品の販売
母乳育児の推進に継続的に取り組んでおり、 母乳代替品の責任ある販売についての進捗を一般に公表しています。 2014年までの目標-新規に取得したワイス乳児用調製粉乳事業が FTSE4Good(フィッチフォーグッド)指標の基準をクリア
私たちの進捗状況
私たちは、母乳代替品(BMS)の販売に厳格 な基準を持つ世界で唯一の指数であるFTSE4Good (フィッチフォーグッド)責任投資 株価指数に登録されています。2013年には、 私たちの活動は31カ国で内部監査員の監査を受け、3カ国でビューロー・ベリタスの監査を受 けました。 これらの助言により、透明性と企業統治の仕組みを改善し、コンプライアンス体制を強化しました。
私たちの視点
乳児には母乳が最適であると確信していますが、育児に関する法律の不備など、母乳育児には まだ数々の障害があります。医療従事者と相談の上、母親や家族が最適な母乳育児が実施できないと判断した際には、WHOに認められた唯一の母乳代替品である乳児用調製粉乳が、乳児に必須栄養素を提供する重要な役割を果たします。ネスレは母乳代替品の責任ある販売に関する厳格な基準を満たし、各国政府が施行するWHOコードを順守することに尽力しています。 主要なステークホルダーを継続的に巻き込んで協力を強化し、責任ある行動を推進し母乳代替品の商業化を評価するための受容度と透明性の高い手法を確立していきます。